ジプシー音階
ジプシー音楽で用いられる音階。Dを起点に考えると下記のようになる。
D-E-F-Gis-A-B-Cis-D
シャープ2個のニ長調から考えると、Fにナチュラル、Gにシャープ、Hにフラットが必要になるが、フラット1個のニ短調から考えると、Gにシャープ、Cにシャープで事足りる。ニ短調においてCにシャープは違和感がない。旋律的短音階をベースに第5音を半音で囲んだと見ることも出来る。属音の強調と言ってしまうと少々理屈っぽくなる。第6音が半音下がるのは、ブラームスお好みでもある。素直に音階、特に短音階を駆け上らないのはブラームス節の特徴かもしれない。
ブラームスは無名時代レーメニとのコンビを組んでいた頃からハンガリージプシーの語法を積極的に取り込んで来た。ハンガリージプシー音楽の痕跡はブラームス作品を印象的に縁取っている。
最も劇的な用例と考える場所を一つだけ挙げる。
ヴァイオリン協奏曲第1楽章90小節だ。独奏ヴァイオリンが颯爽と登場するところである。先ほど示したDを起点とするジプシー音階を駆け上る。厳密に言うとAの後のBが省略されいきなりCisに至る。その後の三連符の展開でBが現れるので、ここでブラームスが省略したのがHではなくてBだと推定できる。
ニ長調の作品なのに、この部分明るいとはお世辞にも言えない。難しい割にスカーッとしない立ち上がりだ。臨時記号も多い。ニ短調とも少し違う。なんだか訳が分らないというのが素直な感想だ。この協奏曲に挑もうかというヴァイオリン弾きに音程不安があろうはずもないが、ただ楽譜通りに音をトレースすればよいという訳ではない。短調でも長調でもない変な音階だと感じていたら、それは必ず音に現れる。ブラームス渾身の大コンチェルトの立ち上がりが、その程度のノリで弾かれては困るのだ。
「Dを起点とするジプシー音階」を弾くんだという意志を込めて弾かれるべきだ。そう意識した瞬間から考えなくても指が勝手に動くことが望ましい。訳の分らぬ音階を、言われたたまに駆け上るという意識では困る。音階から除かれていた「B音」が三連符の中にキチンと現れた瞬間の幸せを感じたいものだ。
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