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2007年8月27日 (月)

弦楽六重奏という響き

1873年に弦楽四重奏曲第1番が出版される前に約20曲もの弦楽四重奏曲が書かれては破棄されていたことはよく知られている。室内楽が書かれなかった訳ではない。1854年のピアノ三重奏曲第1番を筆頭にピアノ四重奏曲2つ、ピアノ五重奏曲、ホルン三重奏曲、チェロソナタ各1曲、そして弦楽六重奏曲2曲が発表されていた。

弦楽四重奏曲は、ベートーヴェンの創作の3本柱の一角を形成している。どうやらブラームスはベートーヴェンのホームグランドの弦楽四重奏曲を特に意識していたと思われる。弦楽器だけのアンサンブルが六重奏曲として初めて世に出たのは1862年のことだ。弦楽四重奏曲の形態を避けていることが既に意識をしていることの裏返しである。2つの六重奏曲の各楽章冒頭で演奏に参加する楽器をリスト化してみた。

<六重奏曲第1番>

  • 第1楽章 1stヴィオラ1stチェロ2ndチェロ
  • 第2楽章 1stヴィオラ、2ndヴィオラ1stチェロ2ndチェロ
  • 第3楽章 1stヴァイオリン2ndヴァイオリン1stチェロ2ndチェロ
  • 第4楽章 2ndヴィオラ1stチェロ2ndチェロ

<六重奏曲第2番>

  • 第1楽章 1stヴィオラ
  • 第2楽章 1stヴァイオリン2ndヴァイオリン1stヴィオラ、2ndヴィオラ
  • 第3楽章 1stヴァイオリン2ndヴァイオリン1stヴィオラ
  • 第4楽章 1stヴァイオリン2ndヴァイオリン1stヴィオラ

全部の楽器が参加する楽章は1つも無い。せっかく6本の弦楽器を起用して音の厚みを追求しながら、どの楽章も冒頭では総動員を避けている。5本が参加しているケースもない。1番では全部の楽章において2本のチェロが参加して立ち上がっている。つまり弦楽四重奏曲では絶対に再現不可能な響きが実現していることに他ならない。実のところ第1楽章5小節目でF音が出現するまで、チェロの奏する旋律をヴァイオリンが演奏することは可能だ。しかしそれは音域的に可能だというだけである。チェロの高音域とヴァイオリンのG線では響きとしては全くの別物である。

翻って2番では楽章の冒頭でチェロが徹底して省かれている。この対比振りは鮮やかだ。こちらの方はヴィオラ2本を要する第2楽章を除いては弦楽四重奏でも表現可能な響きだ。低音担当のチェロを省くことで、さめざめとした響きが実現しているように思う。と同時に、ここにチェロが満を持して加わる瞬間の腹に逸物座るかのような感触がブラームスの狙いであるとも思えてくる。現代においてマーケティングと呼ばれている手法に通ずるところがある。

2つの弦楽六重奏の響きにこうしたキャラクターを設定していたと推定される。弦楽器だけの室内楽を四重奏曲に先駆けて発表する以上、その響きが弦楽四重奏と差別化されねばならぬというブラームスの明確な意図を感じる。つまりそれはベートーヴェンとの差別化に相違あるまい。「四重奏曲とは響きが違うンですよ」というブラームスの名刺代わりのお伺いが透けて見える。

とりわけ弦楽器だけによる最初の室内楽でもある1番は面白い。六重奏曲である以上、全部の楽器が参加してしまったら、四重奏曲で表現不能になるのは当たり前だ。ところがブラームスは、冒頭で演奏に参加する楽器を4つ以内に抑えるという制約を自らに課した上で、やはり四重奏曲で再現不可能な響きで全楽章を立ち上げたのだ。

ついでに五重奏曲で同じ事を調べた。

<五重奏曲第1番>

  • 第1楽章 1stヴァイオリン1stヴィオラ、2ndヴィオラチェロ
  • 第2楽章 全楽器
  • 第3楽章 全楽器

<五重奏曲第2番>

  • 第1番 全楽器
  • 第2番 1stヴィオラ、2ndヴィオラチェロ
  • 第3番 全楽器
  • 第4番 1stヴィオラ、2ndヴィオラチェロ

見ての通り、五重奏曲の方は全楽器動員が多い。もっと重要なのは、どの楽章も弦楽四重奏曲では表現不可能だ。6本使用の六重奏曲よりかえって響きが厚い印象だ。五重奏曲の発表はブラームスが作曲家としての地位を確立した後だ。ベートーヴェンに配慮する必要は無くなっていたと解される。それがかえって六重奏曲における工夫ぶりを際だつものにしている。

話は少し変わる。五重奏曲と六重奏曲の計4曲を見渡すとヴィオラ以下の低音側の優勢が伺える。楽章冒頭だけの分析とはいえ、我々が演奏や鑑賞を通して得られる実感を裏付けている。

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