カンタータ150番
1707年22歳のバッハはミュールハウゼンという街の教会オルガニストに着任する。約1年の間いくつかのカンタータが作曲された。バッハの創作史を概観する立場からはミュールハウゼン時代はわずか1年ということもあり、後年のケーテン、ライプチヒ時代ほどの取り扱いを受けてはいないが、カンタータの作曲が始まったという意味では重要である。
その成果の一つが150番「主よあなたを求めます」である。音楽の友社が刊行する作曲家別作品辞典の「バッハ」では取り上げられていないが、私のようなブラームス好きにとっては避けて通れぬ事情がある。
終末合唱のベースラインが、第4交響曲のフィナーレ・パッサカリア主題の原型になっているのだ。ブラームスは親しい知人にバッハの主題を指して「変奏曲の主題に使えそうだ」という見解を示す一方で「少し手を加えねばならない」という見通しも明らかにしている。
原曲となった低音主題は4小節で、ブラームスの第4交響曲では8小節になっていることからも手を加えたことは明らかながら、最初の4小節の歩みは嬉しくなるほどそっくりである。近年のバッハ研究によると、この作品が現存最古のカンタータかもしれないという。その一方でこの作品には偽作説を唱える学者も存在する。
本年8月17日の記事で言及したように、ブラームスは「ルカ受難曲」については、親友であり当代屈指のバッハ研究の泰斗フィリップ・シュピッタの真作説に真っ向から反対する意見を述べ、後年にブラームスの主張が正しいことが実証された。
http://brahmsop123.air-nifty.com/sonata/2007/08/post_9ecd.html
それほどの見識を持ったブラームスがカンタータ150番の偽作性に言及していないのは何故だろう。この先もし偽作であることが判明したらブラームスはきっと悲しむと思う。偽作とわかっていても第四交響曲のフィナーレにこのテーマを採用しただろうか。
超有名なカンタータは他にいくらでもあるのに、偽作の疑いがあるさほど目立たないカンタータの終末合唱の低音主題を引っ張り出してくるとは、この主題そのものによほどの魅力を感じた証拠だろう。作曲当時は偽作の疑いなど微塵もなかったか、ブラームス本人が真作だと確信していたからかもしれない。
いけない想像が一つ。ブラームスが「これならオレの方がうまく書ける」と思ったなどということはないだろうか。親しい知人に対してもけして口に出すことはなかったと思うが。
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