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2007年10月26日 (金)

音楽史

歴史についてしばしば語られる切り口がある。「敗者の歴史は残らない」である。断言には慎重を期さねばならないが、なるほどと思わせるものもある。古来中国では皇帝の特権として歴史書の編纂があった。新しく成立した王朝は、その一つ前の王朝の歴史書を編纂するのが常だった。平和的に王朝が交代する「禅譲」は希だったから、大抵は変り目に戦争が起きている。その戦いに負けていれば単なる反乱軍だったのが、勝ったために新王朝の開祖となるという構図である。勝った側は、その戦争がいかに大義に満ちたものだったかを宣伝しなければならない。歴代中国の歴史書は王者の支配の根拠を確認することが主眼の一つになっている。前王者が残忍に描かれていたりするのもその延長線上にある。

日本の歴史を見ても悪役扱いの人物にはこうしたフィルターがかけられていた可能性もある。正史というものは古今東西を問わず常にそういう性格を帯びる。

他にもある。「成功した侵略は侵略と書かれない」である。侵略が成功してしまえば、歴史書を作る権利は侵略した側になるから、大義名分を作り上げることは容易だし、少なくとも侵略の言い訳をすることが出来る。語感の悪い「侵略」という言葉をわざわざ用いる王者はいない。歴史を細かく見れば、「侵略」という用語を注意深く回避している例がいくつか散見される。

「音楽史」を音楽の歴史と捉えるとき、そうした意味の「勝者」は誰なのだろう。全ての民族には独自の音楽がある。それぞれが独自の発展を遂げているのだから民族の数だけ音楽史があることになる。一方で断り無く「音楽史」という言葉を用いた場合、特定の国への偏りが見られること周知の通りである。発信側も受け手も自然にそれを受け入れているが、妙な話である。日本の学校で教える「音楽史」に限れば勝者は「ドイツ音楽」に見える。

「民族音楽」「民俗楽器」「国民楽派」「民謡」などという言い回しは、ある意味で勝者の傲慢さに通ずると思う。一部の、というよりおそらくキリスト教の教会音楽が「楽譜の発展」「天才の出現」「産業革命」等の恩恵を受けて興隆したことは事実だが、音楽史とイコールで結びつけられる程のことではあるまい。

図らずもその勝者たるドイツ音楽の中にあって、図らずも「3大B」のアンカーという位置付けにあるブラームスが、「民謡」を愛していたことはある種の救いと感じる。

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