In stiller Nacht
「静かな夜に」と訳される民謡。「49のドイツ民謡」WoO33の第6巻の7曲目で全体の42曲目に相当する。この民謡集の最後の7曲は合唱用なので、独唱用の大トリを飾っていることになる。
ところが、民謡としていろいろな意味で異例なことが溢れている。まずは拍子。民謡としては大変珍しい2分の3拍子になっている。それだけでも相当異例なのに、さらに8分音符5個分が第1小節目の前に飛び出す弱起になっている。「8分音符5個分のアウフタクト」は民謡では他に例が無い。最初から2小節目の終わりまで、2分音符5個の間、「molto legato」と記されたピアノ伴奏が8分音符1個分だけ声のパートに先んじるフレーズが続く。ピアニスト、声楽家どちらにも完璧なリズム感を要求している。この8分音符一個のズレが、手を替え品を替えこの先もずっと付いて回る。
テキストの内容も珍しい。何が悲しいのかは明らかにされないまま、ひたすら詩人の悲しみが描写される。この悲しみと若干の甘ささえ孕んだ夜の情景の対照が、作品の狙いなのではないかと思われる。Langsamの指定に乗ってゆったりと歌われるホ長調が、かえって悲しみの深さを印象付けている。
一般に民謡の世界では、恋の表現を意図するテキストが多い。好いた惚れたが割とストレートに歌われる。失恋や別れを扱うにしてもどこかユーモラスな雰囲気が漂う。この曲のように何だか得体のしれない悲しみが、甘美な夜の描写とマッチングされるのは作品43-2の絶唱「五月の夜」に通ずるものがある。
民謡らしからぬ凝った内容を持っていると思うが、ただ聴いている分には耳に心地よい甘美な夜の描写だ。テキストの意味がわからずに聴いていた頃、「聖しこの夜」に似た雰囲気なのでクリスマスソングかと思っていたほどだ。
実は正直なところ、ブラームスの民謡中で一番のお気にいりである。15小節目から歌のパートにはクララのテーマ「A-Gis-Fis-E」まで現われて曲が結ばれている。
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