ソミシド
ブラームスはハ短調のソナタを以下の通り4つ書いている。
- 弦楽四重奏曲第1番op51-1
- ピアノ四重奏曲第3番op60
- 交響曲第1番op68
- ピアノ三重奏曲第3番op101
一昨年11月5日の記事「踏ん切りとしてのハ短調」にも書いている。
この中でも言及しているピアノ四重奏曲第3番の話である。第3楽章アンダンテは、思い込みの部分を含めるとブラームスがチェロに与えた最高の旋律だ。「最高の旋律の一つ」のような腰の砕けた表現では役不足である。批判覚悟で断言せねば私の思いは伝わらない。付け加えるとすれば、これがヴィオラではない無念さだけだ。
ハ長調で終止した第2楽章スケルツォを受けて鳴るGisのなまめかしさを味わいたい。調号はシャープ4つを背負っているがチェロは「Gis-E-C-A」と始まる。つまり放置するとCisになってしまう音にナチュラルが付与されている。ホ長調とイ短調の境目をさまよう旋律だ。試しにピアノで「Gis-E-Cis-A」と弾いてみて欲しい。悪くはないが単に甘いだけの長調である。続いて「Gis-E-C-A」と弾くとたちまち私の言いたいことが判るはずだ。一瞬「C」に触ることで広がる世界の奥深さを味わうべきだ。甘さに加えて切なさも同居している。
「Gis-E-C」というこの音型は、「ホ長調発イ短調行き」を暗示する一方で「C」を「His」と読み替えると、たちどころに嬰ハ短調の色彩を帯びる。もし終着が「A」でなく「Cis」ならば「Gis-E-C(His)-Cis」となるからだ。このことはやがて来る第4楽章で重要な鍵となる。
第3楽章の冒頭にこの音型を採用したブラームスの頭にはそのことがあったと推測できる。謎解きは第4楽章にある。ピアノのシンプルな伴奏に乗って走り出すヴァイオリンの旋律の冒頭が「G-Es-H-C」になっている。第3楽章冒頭の「Gis-E-C」という音型をそっくり半音下にずらした形になっている。こちらの「H」は強く「C」を求める音になっていて、ハ短調を強く印象づける。
実は、密かに確信していることがある。バッハの無伴奏チェロ組曲第5番ハ短調の第4曲の冒頭との関係だ。このサラバンドもまた「ソミシド」で立ち上がっている。「G-Es-H-C」だ。ここでは重音奏法が使われないことに加えて、「シド」に代表される半音の進行が随所にちりばめられていて、さめざめとした空気を作り出す。
あるいは、ジンクアカデミーデビューの演奏会で取り上げたカンタータ21番の第3曲の冒頭もオーボエが「G-Es-H-C」と奏して立ち上がる。
この音列の中央に鎮座する「Es-H」はハ短調の第3音と第7音が作る長3度である。実は昨日の話の続きになっている。
« 長3度のトリック | トップページ | ほととぎす三題 »
コメント