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2007年12月 4日 (火)

熟田津

これで「にきたつ」と読む。万葉集中1、2を争う名所だが、現在のどこにあたるか不明な点も多いという。おそらく今の愛媛県松山市付近というのが学会の定説らしい。この地名を有名にしているのは、天武天皇の妃である額田王の御製だ。

熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな

熟田津で、船出しようと月を待っていたら、潮の具合も良くなった。いざしゅっぱーつ。

くらいの意味だ。中学生の頃初めて習った万葉集の歌だった。歌の意味を教えられて少し腑に落ちなかった。一言で言うと「月を待ってたんだろ」である。「月を待つ」と言いながら、「潮がかなった」といって勇んで出港とはこれいかにと感じた。10代の頃は疑問で仕方がなかったが今は何となく解る。

月の運行と潮の満ち干には密接な関係があることを、歌の詠み手も聴き手も共通に認識していることがポイントだ。

熟田津は待ちの港でもあるのだ。待ったのは照明としての月あるいは後押しとしての潮だ。流れの速い瀬戸内海だから、逆流にさからうのは避けるが賢明だ。

  1. 月を待つ
  2. 潮を待つ
  3. 月が出た
  4. 潮が良くなった

額田王は月と潮を待ったのだ。そして月も潮もOKになった。けれども上記1から4までを律儀に歌に盛り込んでいたら57577に収まらない。だから1番4番だけを抽出して歌ったのだ。月と潮の密接な関係を皆知っているから、2番「潮も待つ」3番「月はOK」は歌わなくても解るのだ。いやむしろそのキッパリとした省略ぶりこそが、描写の肝になってはいまいか。だからこの歌は「潮の具合が良くなったから、月は今いちだけど思い切って出港するぞ」という見切り発車の歌ではない。「月も潮もOK」と解するべきなのだ。歌に横溢する満を持したような響きが何よりの証拠だ。結句が「潮はかなひぬ」でも「潮がかなひぬ」でもなく「潮かなひぬ」になっていることもこのことを雄弁に物語っている。このあたりの省略全てを背負った「も」なのだ。

描写の贅肉を落とし、表現を切り詰めることが芸術作品の価値を高めることは、ジャンル、洋の東西を問わぬ真理だと信じる。

私は去る2006年10月19日の記事「作品8初版調査報告」でブラームスのピアノ三重奏曲第一番が作曲の35年後に本人の手により改訂されたことを話題にした。その両者をブラダスに取り込んで比較対照したのだ。改訂の真意に迫りたいと願ってのことだった。

そして最近またその改訂について考えさせられることがあった。あれこれを思い巡らせているうちに熟田津の歌にたどりついた。

熟田津の歌にたとえれば、1から4までを律儀に詰め込んだのがピアノ三重奏曲第1番の初版だ。35年の創作経験を積み「月と潮」の関連も知るに及んで、表現の無駄な重複に気付いたというのが真相ではないだろうか。ブラームスの行った改訂は上記の2と3を削る行為に相当するのであるまいか。

だから1890年ピアノ三重奏曲第1番に施された改訂では、規模の縮小が大きな特色になっている。音楽表現上の「も」を発見したのだと思う。

音楽学上の詳細、作曲技法上のあれこれを論じる知識は持ち合わせていないが、万葉の昔、額田王の脳内で起きたことがブラームスにも起きたと確信している。

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