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2008年1月31日 (木)

芥川也寸志先生の思い出

1989年1月31日が先生の命日だそうだ。

思い返せば、大学3年の春。ブラームスの第一交響曲が定期演奏会のメインプログラムだった。このときサブプログラムとして芥川先生の「交響管弦楽のための音楽」を取り上げた。当日会場においでいただいたばかりか、アンコールでは、自らタクトをとって「交響管弦楽のための音楽」を指揮して下さった。ヴィオラのトップサイドにいた私は目の前で先生の指揮を仰ぎ見た。

このやりとりが縁で、その年の暮れの定期演奏会では客演指揮者として出演していただいた。私はといえばヴィオラを始めて2年と少々でパートリーダーデビューの演奏会だった。曲目はオールチャイコフスキープログラムだ。

  • イタリア奇想曲
  • ヴァイオリン協奏曲 Vn独奏:古澤巌
  • 交響曲第6番「悲愴」

嵐のような半年だった。練習は厳しかったけれど楽しかった。ゲネプロから先生が突然優しくなったのが印象的だった。

先生はいくつかの本も書いておられる。「音楽を愛する人へ」と題されたエッセイの中で、古今の名曲に挟まれてブラームスの歌曲がひっそりと紹介されていた。「いかにおわすか我が女王」op32-9だ。曰く「いやになるほどロマンティック」とある。20歳そこそこの私は、さっそくレコードを買い求めて聴いてみたが「どこがロマンティック」なのかさっぱりわからなかった。

ところがだ。あれから25年以上経った今、その「いやになるほどロマンティック」という言葉の意図がわかってきた。先生のおっしゃりたいことがやっと理解出来たような感じだ。既にオヤジの域に突入して久しい私のブログも、きっと若い人には理解されにくいのかもしれない。25年経ったら解ってもらえると信じる。

さて、19年前の今日、お亡くなりになった先生の最後の言葉は「ブラームスの一番を聴きたい」という趣旨の言葉だったらしい。

私は、そのブラームスの第一交響曲を芥川先生の見ている前で演奏したことがあるのだ。少し自慢である。

2008年1月30日 (水)

バッハのアンダンテ

昨年12月は意図的にバッハに関する記事を集中させた。そこで一段落するつもりだったが、なかなかそうも行かない。今年1月6日の記事「バッハのスラー」にも書いたとおり、このところ平均律クラヴィーア曲集に首ったけである。ブラームスが暗譜していたというので、どれどれとばかりに手に取ったがこれがどうもいけなかった。

1巻2巻それぞれ24曲ずつで、各々が前奏曲とフーガに分かれているから合計96曲。このうち冒頭に発想記号が書かれているのは下記の通りわずか3曲だけだ。

  • 第1巻24曲目ロ短調前奏曲Andante
  • 第1巻24曲目ロ短調フーガLargo
  • 第2巻16曲目ト短調前奏曲Largo

バッハ作品の多くは元々自作自演が目的だから、書く必要が無かったらしい。あるいは当時は演奏者と作曲者の間で同じ常識が共有されていて書かんでも判る曲が多かった。メヌエット、クーラント、サラバンドなどなどの舞曲については、テンポは自明だったのだ。

それにしても、平均律クラヴィーア曲集は、調性においてこれだけ多彩でありながら、テンポにほとんど言及しないのは、発想記号があることに慣れてしまっていることを差し引いても不安である。逆に全ての曲に発想記号なしのほうがスッキリしていたと思う。何故この3曲にだけ発想記号を書いたのか。そしてその際に選ばれたのが、何故AndanteやLargoなのか興味は尽きない。

どなたか「バッハの辞書」を書かないものか。

2008年1月29日 (火)

改訂の方向性

ブラームスは、作曲過程の物証を残さなかったことにおいては出色の存在だ。未完の楽譜やスケッチ帳の処分が完璧だった。完成した作品の改訂は数少ない。

  1. 歌曲「愛と春Ⅰ」op3-1
  2. ピアノ三重奏曲第1番op8
  3. 交響曲第1番op68

上記のうち3番目の第1交響曲は、初演後出版前の改訂だ。上記の改訂に共通するのは、規模の縮小だ。1と2には用語の簡素化も観察出来る。

もちろん作曲の過程では、加筆、削除の両方が行われたことは確実だが、一旦形になった後の改訂においては、規模の縮小が主たる目的であったと想像する。作曲の過程で推敲が不十分であったと後に認めた作品だけが改訂を施されたと解したい。それは大抵縮小だ。上記の通り実例が極端に少ないので、断言はいささか後ろめたいが、そんな気がする。

音一個で足りるところに複数の音を書いてしまったことが改訂を思い立たせる要因になっているようなイメージだ。こうした姿勢は、作品のみにとどまらずに、編曲や演奏にも反映していたと思われる。

2008年1月28日 (月)

カデンツァもどき

1月22日の記事「独奏する弦楽器」の中にヴィオラの晴れ舞台は現れなかった。そしてブラームスはヴィオラのための協奏曲を残していないので、ブラームスにおいてはヴィオラためのカデンツァは存在しない。

厳密なカデンツァの定義からはずれるものの、いわゆる「カデンツァっぽい場所」でよければ、実例が無い訳ではない。

  1. 弦楽四重奏曲第3番第3楽章106小節
  2. 弦楽五重奏曲第2番第2楽章66小節

どちらも室内楽だ。共に長くはないが、ヴィオラが他の楽器を半ば沈黙させた中で、ソリスティックに動く点が共通している。譜例を掲載できなくて残念だが、ヴィオラ弾きとしては相当カッコいい場所である。偶然なのだろうと思うがこの両者には共通点がある。どちらもニ短調だということに加え、楽章の冒頭で旋律を奏するのがヴィオラになっている。

前者は楽章冒頭のみならず、全曲を通じてヴィオラが大活躍をする。音域も第3ポジション止まりで手頃だ。後者は第5ポジションの4の指のBが最高音だ。厄介ではあるが挑戦する価値は十分の見せ場だ。

2008年1月27日 (日)

大陸移動説

1912年ドイツの気象学者アルフレッド・ヴェーゲナー(1880~1930)によって提唱された。地球上に散らばる大陸が、元は一つの大きな大陸だったという説。

欧州中心の世界地図は大西洋が中央に来る。彼は大西洋を挟んで向かい合う両大陸の海岸線が似ているという直感から、大陸移動説を提唱した。彼の専門が気象学だったこともあり、当時の学会からは攻撃された。現在ではほぼ確実視されているのだが、当時は無視または失笑または攻撃の対象だった。彼は自説を立証すべく赴いたグリーンランドで遭難した。

今から思えば「大陸を動かすメカニズム」を十分に説明できなかったことが彼の主張の弱点だった。地球内部のマントル対流など想像も付かぬ時代だった。よってたかってヴェーゲナーを攻撃した学者たちの側が、困ったことはただ一つ、大西洋を挟んで向かい合う両大陸の海岸線の形が似ていることを合理的に説明できなかったことだ。「偶然」と決め付けるのが関の山だった。

地球物理学の門外漢の直感は捨てたモンではなかったのだ。

1月20日の記事「似ているの分類」で「似ているの定義が甘い」と述べたが、「定義は出来ないけど何となく似ている」という直感は捨てたモンではないのだ。ブログ「ブラームスの辞書」はこうした直感で出来ている。ただの直感ではない。愛ある直感だ。

もし自説のいくつかが証明出来るなら、ウイーンでもハンブルグでも飛んで行きたいくらいである。グリーンランドよりは遭難の危険は低いと思う。

2008年1月26日 (土)

ありがた迷惑

ipodに親しんで2年が過ぎた。「神様、仏様、ブラームス様、ipod様」くらいな有り難味なのだが、一つだけ困ったことがある。

変奏名人ブラームスはたくさんの変奏曲を作っている。当然ipodに取り込んでいるのだが、ほとんどのCDメーカーは一個一個の変奏ごとに1つのトラックをあてがっている。ヘンデルの主題による変奏曲は主題に25個の変奏が連なり、最後にフーガで締めているから合計27個のトラックの集合体という扱いを受けている。

これをCDで聴く場合は何の支障も無いのだが、ipodに取り込んでから再生すると、各々のトラックの継ぎ目がかぶって再生されてしまうという現象が起きる。前の変奏が終わっていないのに、次の変奏が無理やり始まってしまう感じである。気になりだすと止まらない。交響曲の楽章間ではこういうことは起きないから、トラックの継ぎ目が違っているのだろう。ipodの設定一つで解決する問題なのかもしれないが手付かずでいる。

そもそも変奏曲の一つ一つを取り出して、そこだけを聴くニーズがあるのか疑問である。希に変奏曲全曲を1つのトラックとしているCDに出会うが、かえって好感が持てる。せっかく全曲を取り込んでも、聴くのはそうした配慮のある演奏ばかりになってしまっている。

2008年1月25日 (金)

誕生祝い

いやはや何とも偶然とは恐ろしい。

昨日、誕生日当日に「ブラームスの辞書」に2件の注文が舞い込んだ。2008年初荷である。しかも注文主は、古くからの知人ではないのだ。つまりブログ「ブラームスの辞書」が言うところの他人様受注第20号と第21号である。これで通算の販売数は45冊になった。お買上げまことにありがとうございます。

まるで私の誕生日を狙い撃ちしたかのようだ。日ごろから偶然を大切にしていると、たまにはこういうことも起きるのだと思う。そういえば昨日のアクセスは今年初めて300を超えた。

ブラームスからの誕生祝いに違いない。

2008年1月24日 (木)

四十歳にて

作品94-1に「Mit vierzehn Jahren Mit vierzig Jahren」という作品がある。「四十歳にて」と訳される。作詞者はFriedrich Ruckertである。意訳委員会風にいうと、ここは是非とも「不惑にて」として欲しいところだ。

本日話題にしたいのは詩の内容だ。第一節で「40歳にして人生の坂を登りきったところで、過去を振り返ってみよう」というフレーズで始まっている。第二節では「振り返ることで再び前に進む元気が出る」と歌われる。結句となる続く第三節では「もはや息を切らして登る必要はなく、平坦な道が待つのみ」「いつのまにか休息所(死)へ導かれる」と結ばれる。

作詞者は1788年生まれの1866年没のドイツ人だ。日本で言えば幕末の人で明治維新を待たずにに没したといったところだ。当時のドイツ人の人生観を垣間見ることが出来る。40代ではなく40歳で人生の坂を登りきったと歌っていることは注目に値する。寿命50歳を前提とした物言いではないか。信長愛用の「人間五十年、下天のうちに比ぶれば」と見事に呼応している。40歳という年齢が、現代の日本で言うなら60歳か65歳に相当すると考えられる。40歳と言えば「働き盛り」の形容がピッタリなのだが、このあたりの感覚のズレを修正して聞かないと味わいが変わってしまう。「四十にして惑わず」と詠んだ中国人より数段老け込んでいるように感じられる。

今日48歳になる私としては苦笑するほかはない。

2008年1月23日 (水)

毎日が正月

古くからの友人と話す機会があった。

「あんたのブログは毎日が正月みたいだから」と言われた。一種の誉め言葉である。

けれどもブログ「ブラームスの辞書」開設以降3度迎えた元日のうち、二度は気合いの入った記事になってしまった。

何が問題かというと、これで正月はおバカなイベント記事という流れが出来てしまうことだ。さすがに毎日この手のイベント記事では身が持たないことは申すまでもないが、ネタの発掘という意味では年に一度でもしんどいのだ。来年2009年用の記事だけは既に用意したが、いつまで続くか心配である。

その意味でも先の「毎日が正月」は誇張だと判る。あるいは「毎日が正月」というのは非日常性を指していると思われる。「白髪三千丈」の例を持ち出すまでもなく、明らかに嘘とわかるフレーズは時として優秀な誇張表現にもなるのだ。サラリーマンの日常なんぞ、どんなに律儀に記事にしても面白くはあるまいという私の考えに合っている。わずかの期間に80000アクセスに届くのも、「非日常性」のおかげだと信じる。

2008年1月22日 (火)

独奏する弦楽器

管弦楽曲において、弦楽器はいつも合奏させられている。同じ楽譜を複数の奏者が弾くという意味だ。もちろんヴァイオリン協奏曲やチェロ協奏曲の独奏者は独りで弾くが、そうしたケースを除けば基本的に弦楽器は合奏である。独奏した場合と合奏とでは、明らかに音色が違う。やがて作曲家たちはその音色の違いに着目し、管弦楽作品中に弦楽器の独奏を意図的に配置するようになる。時代が下ってオーケストラの編成が大きくなればなる程、音色の落差が大きくなって行くから、変化をつけたい作曲家に重宝されるようになった。

ベートーヴェンの交響曲には見あたらなかったと思うが、「ミサソレムニス」にヴァイオリン独奏がある。シューマンの第4交響曲にもドヴォルザークの8番にもヴァイオリン独奏がある。新世界交響曲には弦楽器のトップ奏者たちによる繊細なアンサンブルも用意されている。マーラーの五番にはヴィオラ独奏とヴァイオリン独奏が出てくる。忘れてはならないシエラザードの超絶な独奏ヴァイオリンも有名だ。ラロ「スペイン交響曲」やベルリオーズ「イタリアのハロルド」などはもはや協奏曲の域だ。

もちろんブラームスにもある。

  1. ドイツレクイエム第5楽章49小節目 チェロ独奏
  2. 交響曲第1番第2楽章90小節目ヴァイオリン独奏
  3. ピアノ協奏曲第2番第3楽章冒頭チェロ独奏
  4. ピアノ協奏曲第1番第2楽章99小節目ヴィオラ独奏

これらの曲では演奏終了後、ヴァイオリン奏者やチェロ奏者が特別な拍手を受ける場合もある。ラヴェルのボレロの演奏後スネアドラムの奏者がそうされるようにである。CDによっては名前が別記されているケースもあるから相当な出番だと認識されていると判る。

管弦楽に出現する独奏弦楽器の出番を見渡したとき、そのカッコよさにおいて上記2番3番は図抜けているように思う。プレイヤーのテクニックの披露という側面よりも、その場所が独奏でなければならぬ必然の方が勝っているという意味で絶妙のソロだと思う。そしてそれでもやっぱりカッコいいというのが最大の魅力である。このあたりのバランス、勘違いが起きがちであるが、ブラームスは踏み外していない。

2008年1月21日 (月)

先取り

後世主流になる傾向を世間に先んじて取り入れていること。総じて良いニュアンスの論評の中で用いられる。

ブラームスの作品についての論評の中でもしばしば用いられる。「一般に保守的なイメージの強いブラームスだが、イメージに反して進歩的な作曲の手法も使っていたのですよ」という文脈の中で現れる。たとえば「後期のピアノ小品群で用いられている和声法は、20世紀の新ウイーン楽派を先取りしている」という具合である。

「先取り」という言葉を使っている側に他意も悪意もないのだとは思うが、疑問無しとしない。ブラームス本人にはそのような意図など無かったと思う。自分がこの世を去った後も自作が愛されるように祈ったことは確実ながら、後世の音楽の傾向なんぞ予知する意図などなかったと思う。「先取り」という言葉には、何やらある種の意思、ある種のベクトルが感じられるのだが、そんな意思はブラームスには無かったと思う。

その証拠に「ベートーヴェンやバッハがブラームスを先取りしていた」という論評にはお目にかかったことがない。もっぱら、「ブラームスがベートーヴェンやバッハから影響を受けた」という表現ばかりだ。ベートーヴェンの意図であることなんぞハナから想定に入っていない。ベートーヴェンやバッハに比べてブラームスが低く見られているような気がする。この論調で言うなら、「新ウイーン楽派がブラームスから影響を受けた」という表現でなければなるまい。

「先取り」という表現にはある種の賞賛が込められているのだとは思うが、私にとって読む際には少々身構えが要る言葉の一つになっている。

2008年1月20日 (日)

「似ている」の分類

ある旋律が、別楽曲の中の旋律に似ているケースがある。別の作曲家の旋律であるケースまでも存在する。「似ている」については基準が存在しない。聴いた人が似ていると思うかどうかにかかっている。多くの人がそれに賛同すればそれがブラームス関連書物に記載されるまでになることもある。ベートーベンの第九交響曲第4楽章の主題と、ブラームスの第1交響曲第4楽章の主題が有名である。

聴く人によっては似ているとは思えないこともある。世の中で似ている言われているケースのうち私がそうとも思えないケースもある。

  1. ラプソディーロ短調op79-1の第2主題と「さくらさくら」 リズムのパターンが似ていることは似ている。
  2. 歌曲「調べのように」冒頭とヴァイオリンソナタ第2番第2主題。立ち上がりの分散和音風なところなのだろうが、これを似ているにカウントしたくない気持ちだ。

ブラームスが自作を引用した場合は似てて当たり前なので、取り立てて騒いではかえっておかしいケースもある。ヴァイオリンソナタ第1番のフィナーレと歌曲「雨の歌」がその代表だ。

逆にあまり話題にされないが私は似ていると聞こえてしまっているのは以下の通りだ。

  1. ドイツレクイエム第3曲39小節とドヴォルザークのチェロ協奏曲の冒頭。瞬間芸みたいな似方である。
  2. 弦楽六重奏曲第1番冒頭と、管弦楽のためのセレナーデ第1番第4楽章の39小節目。片や4分の3拍子、片や4分の2拍子なのに何故か似て聞こえる。弦楽六重奏の側が冒頭一瞬2分の3にも聞こえたりする実質変拍子であることに起因すると思われる。
  3. またまた瞬間芸的な似方で恐縮だが、弦楽六重奏曲第2番第2楽章17小節目の「tranquillo」は、バッハの平均律クラヴィーア曲集第2巻フーガ6番ニ短調の冒頭に似ている。

このように似ているの定義は曖昧だ。酒呑み話で盛り上がるネタとしては大いに結構だが、曖昧な基準または、単なる主観で似ていると感じたことが、作風の影響判定の根拠にされていないか心配である。

2008年1月19日 (土)

あかんべー

子供が舌を出しながら下まぶたを引き下げるあの動作ではない。私が入団した大学オケのクラリネットの先輩が語ってくれた昔話の題名である。昨日の記事「移調楽器」を書いていて思い出した。

昨日クラリネットにはA管(アーかん)とB(ベーかん)の2種類があると書いた。「アカンベー」の伝説はそうした背景の許に生まれた話だ。

われわれの先輩クラリネット吹きが、A管で吹くべき場所なのにB管で吹いてしまったという他愛のないものだ。普段から音程が悪いので誰にも気づいてもらえなかったというオチが付く。その話が「ホラーコメディ」めかして語られていたものだ。大抵は「だからちゃんと練習しなさい」という勧善懲悪調になって結ばれる。元々「A管B」というタイトルだったのだろう。それが語呂合わせ的に「あかんべー」になったらしい。

どこのパートにも代々伝えられているそうした伝説が1つや2つは必ずあった。そのうちいくつかを生で目撃したこともある。あたかも見てきたように語る先輩も一人二人はいつもいてくれた。大抵は大げさに脚色されているのが常だった。

それらもオーケストラの伝統のうちなのだ。

2008年1月18日 (金)

移調楽器

オーケストラを構成する管楽器には「移調楽器」と呼ばれる一群が存在する。理屈は難しいのだが、幸い見分け方は簡単だ。総譜を見て、弦楽器と違う調号が付いている楽器が移調楽器である。クラリネット族、ホルン、トランペットがその代表だ。

クラリネットにはA管(アーかん)とB管(ベーかん)の2種類がある。♯も♭付かない調号でドレミファソラシドと吹くとAdurになってしまうのがA管で、同様の条件でBdurになってしまうのがB管だ。楽器に元々♯3個や♭2個が刷り込まれているような感覚である。Cdurの曲を演奏する場合、A管には♭3個を、B管には♯2個を付加することになる。A管はB管より約1cm長いそうだ。

A管B管2種のうちどちらを使うかは大抵作曲家が指示する。演奏家はその指示に従って持ち替えるという訳だ。

作曲家がA管B管のどちらを指定するかについての基準はあったのだろうか?考えられる基準を以下に列挙する。

  1. 「シャープ系の調の曲はA管、フラット系の調の曲はB管」演奏が楽になる。
  2. 「曲想が渋目、しっとり目はA管、華麗系はB管」曲想と音色がマッチする。

上記の併用もある。クラリネットが主役を張る曲では、使いたい管種に合わせて調性が選択されていた可能性も高い。ブラームスのホルン三重奏曲にはホルンにEs管の指定がある。同三重奏曲の調性は第1楽章から順にEsdur、Esdur、Esmoll、Esdurだ。Es管のホルンに配慮した疑いがある。

1番の基準はとても明快だが、曲の途中での持ち替えも頻繁になる他、ハ長調、ヘ長調あるいはト長調あたりは悩ましい。2番の基準は判ったようで判らない。「音色と曲想のマッチ」と言われても実は、判断基準が曖昧である。

そこでブログ「ブラームスの辞書」名物の実地検証を試みた。ブラームス作品でクラリネットに出番がある作品64曲についてA管B管どちらが使われているかを検証した。楽章で1曲とカウントした。一応クラリネットが降り番の第1曲を除くドイツレクイエムもカウントの対象とした。

対象64曲で弦楽器に対する調号の合計は133個である。ト長調は♯1個なので1。ヘ長調も♭1個なので1だ。ハ長調とイ短調はゼロ。ロ長調だと5になる。133というのはこうしてカウントした数の合計だ。対象曲に対してクラリネットに与えられた調号は81となった。このことは上記の仮定1番を裏付けている。クラリネットの管種は調号が少なくなるように選ばれている。原曲より調号が増えてしまうのは、以下の通りだ。

  1. 管弦楽のためのセレナーデ第1番第4楽章ト長調のB管(♯3個)
  2. 管弦楽のためのセレナーデ第2番第3楽章イ短調のB管(♯2個)
  3. ドイツレクイエム第5曲ト長調のB管(♯3個)
  4. 交響曲第2番第3楽章ト長調のA管(♭2個)
  5. 交響曲第3番第2楽章ハ長調のB管(♯2個)
  6. 交響曲第4番第1楽章ホ短調のA管(♭2個)
  7. 交響曲第4番第4楽章ホ短調のA管(♭2個)
  8. 二重協奏曲第1楽章イ短調のA管(♭3個)
  9. クラリネット三重奏曲第1楽章イ短調のA管(♭3個)
  10. クラリネット三重奏曲第4楽章イ短調のA管(♭3個)

思った通り「♯1個」か「♯♭無し」の調に集中している。

ドイツレクイエムは面白い。ニ短調の第3曲とハ短調の第6曲では、平行長調のニ長調やハ長調に合わせて調号を設定し、実処理は臨時記号で逃げることで調号増を抑制している。

創作史の前半、第1交響曲までは、多楽章曲の同一曲中で必ずA管B管の持ち替えが発生している。逆に第2交響曲以降は、同一曲中での持ち替えがヴァイオリン協奏曲を例外として発生していない。

面白いことはまだある。管弦楽のためのセレナーデ第3楽章、交響曲第4番第3楽章、二重協奏曲第3楽章の3箇所において、なんとクラリネットinCで書かれている。昔はC管のクラリネットがあったのか、AでもBでも可能の意味なのか判然としない。64曲からこの3曲を除いた61曲の内訳はA管29曲に対してB管が32曲だ。数も拮抗している上に時期的な偏在や長調短調に起因する偏りも見られない。

最晩年のクラリネット入り室内楽に目を移す。三重奏曲と五重奏曲はA管、ソナタはB管になっている。リヒャルト・ミュールフェルトは両方持っていたようだ。

最近最大の疑問は、例によってコミック「のだめカンタービレ」だ。単行本12巻の表紙に描かれたクラリネットはA管だろうかB管だろうか。

2008年1月17日 (木)

交響曲の中の4分の3拍子

第2交響曲についてのブラームス自身の言葉がいくつか残っている。

そのうちの一つに「陽気で、どうということのない一組のワルツからなる作品」という表現がある。ワルツは申すまでも無くウイーンの名物で、急ぎ過ぎない4分の3拍子の舞曲である。「一組の」というからには2曲のハズだ。つまり4分の3拍子の楽章を2つ含むという、ブラームス独特の遠まわしな表現なのである。

言われてみると納得だ。ブラームスの4つの交響曲の中で4分の3拍子の楽章を2つ含むのは第2番だけだ。1番と4番には1つずつ含まれるが、3番には1つも含まれない。

ハイドン、モーツアルト、ベートーヴェンに代表されるいわゆるウイーン古典派によって完成された交響曲というスタイルは、総楽章数で4を標準とし、中間の2つの楽章のうちのどちらかに舞曲を含む。多くの場合メヌエットだが、ベートーヴェンにおいてはスケルツォにすりかわる。拍子はと申せばこれが本日話題の4分の3拍子だ。

田園交響曲が5楽章あるため、総計で37を数えるベートーヴェンの交響曲楽章を例に取る。このうち4分の3拍子の楽章は15個、40.5%だ。ブラームスにおいては16の楽章のうち4つが4分の3拍子で25%となる。この差はつまり舞曲楽章にメヌエットやスケルツォを採用するかどうかの差である。

この差こそがベートーヴェンとブラームスを隔てている。ブラームス側から見ればベートーヴェンとの差別化だ。

ところが、交響曲からせっかくメヌエットやスケルツォを追い出しておきながら、第2交響曲には4分の3拍子が2つも復活してることを自嘲気味に述べたのが、先のブラームスの言葉なのではあるまいか。「復活させはしたけれども、メヌエットやスケルツォではなくてワルツなんですよ」という気持ちが込められていると思う。そしてそれは第2交響曲がしばしば「ウイーン風」と表現されることとも呼応する。さらに第2交響曲の第3楽章には曲中で8分の3拍子も現われる他、4分の4拍子の第2楽章は、途中で何やらワルツっぽい8分の12拍子に切り替わる。

ベートーヴェンの第2交響曲ニ長調、シューベルトの未完成交響曲と共通する3拍子の密集はブラームスの交響曲においてはやや異例である。一番早くそれに気付いたのはもちろん本人に違いない。

2008年1月16日 (水)

リトマス紙

溶液が酸性かアルカリ性かをお手軽簡便に判定出来る紙。初登場は小学校の理科室だった。おかげで酸性は「赤」アルカリ性は「青」という色のイメージが刷り込まれてしまっている。この色分けに何か根拠はあるのだろうか。とりあえず細かいことはいいから、酸性かアルカリ性かを知りたい場合の判定ツールとしては便利らしい。

今年1月12日の記事「音楽における影響」の中で、作曲家間の影響を論じる際には、先に関係する作曲家の作風を確定させておくべきだと述べた。世の中にはその手続きを経ていない議論もあるのではないかという危惧も表明したつもりだ。

私の著書「ブラームスの辞書」は、まさにその作風確定に寄与したいと願って書かれたものだ。どこぞの物好きが同様の手法で「ベートーヴェンの辞書」や「シューマンの辞書」を書いてくれたら、興味深い比較が出来ると期待している。さらにこのブログ「ブラームスの辞書」もブラームス節、ブラームスの癖に深く踏み込むことで、作風確定に貢献したいと願っている。偶然を拾い上げることも多いが、偶然をおそれるあまりの見逃しの方が深刻だ。

もちろん作風などというものは、酸とアルカリのような二元論で理解出来るものではないし、口で言うほど簡単ではない。私ごときの手には余る部分が多いが、希望は持ち続けたい。

2008年1月15日 (火)

刷り込みの成果

昨日はヴァイオリンのお弾き初め会だった。

ヴァイオリンの練習について我が家にはささやかな決まりがある。発表会の翌日練習を休まないということだ。だから今日も練習をした。昨日のお弾き初め会を無念の欠席となった長女と練習した。

「秋の発表会が11月1日に決まったよ」とさりげなく伝えると。予想外の反応があった。今年中学校に進学して、自分と同じバドミントン部に入部予定の妹は、大会と重なるのではないかと真剣に心配しているのだ。何食わぬ顔をして、「お前は出られるのかよ」と訊くと、これまた怪訝そうな顔をして「何で?だってそのころ私は部活は引退だから」と即答された。

嬉しい。

中学3年の11月にあるヴァイオリンというお稽古事の発表会に出る気でいるのだ。受験生がそろそろナーバスになる時期だから、これからどうしようか作戦を練らなければと考えていたところだ。受験生である長女が11月の発表会に出ることを当然と考えていることは明らかだ。

中学入学後から折に触れて「勉強とヴァイオリンを両立せよ」と言い聞かせてきた。時にはケンカもしたが、それがキッチリ刷り込まれていたということだ。パパのことだからどうせさぼらせてもらえないと考えてのことかもしれないが、顔つきがアッケラカンとしていたことに、希望の光を感じた。

油断は禁物だが、希望が持てる。

2008年1月14日 (月)

お弾き初め

ヴァイオリンのお弾き初め会があった。

部活動の大会が重なったお姉ちゃんは欠席。次女のみの出演となった。ゴセックのガヴォットをピアノ伴奏で弾き、ベートーヴェンのメヌエットをヴァイオリン2本とヴィオラで演奏した。欠席のお姉ちゃんに代わって先生が弾いてくださった。私がヴィオラだ。

娘たちがヴァイオリンを始めた頃、まわりは大きなお兄さんやお姉さんばかりだったのに、今や次女でさえ大きい方だ。発表会と違って、父母の参加もありで、くつろいだ雰囲気だ。母と娘、母と息子、父と娘のアンサンブルなど盛りだくさんだ。

ピアノのイスによじ登らんばかりの子供たちの演奏が続いて、休憩を挟んで出番。ガヴォットはキビキビとした演奏が出来た。キュッキュッっとよく鳴るんで驚いた。明るくて天真爛漫な音だった。ベートーヴェンのメヌエットは、楽しく弾けた。あっという間に終わってしまった感じだ。娘とのアインザッツは最高である。こうなるとお姉ちゃんの欠席が残念だ。

次女は昨年5月にバッハを弾いた。今回ベートーヴェンだったから、3大B制覇にブラームスを残すのみとなった。

2008年1月13日 (日)

献呈のお作法

クラシック音楽関係の書物を読んでいるとしばしば「献呈」という言葉に遭遇する。作曲家が作品を特定の個人に捧げる行為だ。作曲家が貴族の手厚い保護無しには生きて行けなかった時代には、パトロンたる貴族への献呈は日常茶飯に見られる。献呈相手が作品のニックネームの由来になっていることも多い。「ラズモフスキー四重奏曲」「大公トリオ」がその例だ。ブラームスの時代になると献呈相手が貴族というケースは、さすがに希になって行くが、「献呈」の習慣自体は廃れた形跡がない。

献呈には一定の手続きが必要だったのだろうか。たとえば以下の通りだ。

  1. 作曲家から被献呈者への事前の打診
  2. 被献呈者の受諾の意思表示
  3. 楽譜表紙への明記
  4. 初版楽譜の被献呈者への贈呈(おそらく献辞付き)

登記所の類への申告は、不要だったのだろうか。公正証書を組んだという話は聞かない。被献呈者には何か特典が発生したのか。たとえば印税の一部が支払われるというようなメリットはあったのだろうか。

誰かに献呈された作品の楽譜を重版する際、献呈者の了解が必要とされたのかどうか。さらに重版はまだしも、作曲家自身が改訂の必要性を感じた場合、献呈の有無は手続きに影響するのだろうか。献呈済み作品の改訂には何らかの手続きが発生したかもしれないとウスウス感じている。法的なものはないと思うが、心情的には一言挨拶くらいは要りそうだからだ。

ブラームスの作品は時代が新しくなるほど献呈されない作品が増える。つまり初期ほど献呈される傾向が高いのだ。10番までの10作では、9つの作品が献呈されている。唯一献呈されていないのが、作品8を背負ったピアノ三重奏曲第1番だ。

まさかとは思うが言及しておきたいことがある。ピアノ三重奏曲第1番はブラームスの作品で唯一、後になって本人が改訂を施しているのだ。本当は初期の作品のいくつかを改訂したかったのに、献呈作品であったために、思いとどまったなどということは無いのか、というのが、「まさか」の中身である。

誰かに言われる前に言っておきたいという程度のノリである。今年もこの手のまさかを大切にして行きたい。

2008年1月12日 (土)

音楽における影響

作曲家の位置付けを論ずる際にしばしば用いられるフレーズ。曰く「AはBの影響を受けた」「CはDに影響を与えた」等々である。A、B、C、Dに当てはまる作曲家は理論的には有名無名様々だが、音楽史はもっぱら有名作曲家相互の影響に多くの記述を割く。大作曲家どうしのそうした話は、愛好家として興味があることはには違いないが影響の有無を決定する際の判定基準は曖昧に見える。あるいは執筆者にとっては、個々に厳密な基準が存在していたとしても、その検証の過程が明らかにされることは希で、もっぱら結果だけが記述される。

本来、関係する作曲家全てについての作風の分析が先行して確定しているべきだ。分析済みの傾向が後発する作曲家の作品に、偶然とは言えない濃度で現れた時初めて影響を云々出来る。その前段の部分のロジックが明かされないままの議論が、多いと感じる。

ブラームスの愛好家を長く続けていると、そうしたことにも慣れてくる。創作の現場において過去の作曲家からの影響をどの程度の重みと位置づけるかは厄介な問題だと思うが、ブラームスの場合についてだけ言うと、過剰に位置付けられているかもしれない。

よく言われる「ドイツ音楽の統合者」「古典派の完成者」という評価には言い得て妙な側面もあるが、「これで一つの時代が終わった」あるいは「ブラームスの作風に継承者が居なかった」というニュアンスを濃厚に含む。あたかも「受けた影響>与えた影響」であるかのような感じである。バッハ、モーツアルト、ベートーヴェン、ワーグナー、ショパン、ドビュッシーあたりは、これが逆転する。日頃の作曲家たちの語られ方を観察していてそう思う。無論、他者からの影響を受けるだけ受ける一方で、他の誰にも影響を与えなかった作曲家も多いことは申すまでもない。他者からの影響を受けるだけ受けておいてなお、音楽史に埋もれないところがブラームスの真価とさえ思えてくる。

人類が魚類の遠い子孫であることは確実視されているが、かといって人類を「肺呼吸で、直立歩行の陸生の魚類である」と言う人は誰もいない。

ブラームス自身、他の作曲家特に先輩作曲家への関心を隠していない。ブラームスのそうした傾向を嬉しくも思うが、ブラームスはブラームスであって、他の誰でもないとも感じている。

2008年1月11日 (金)

暗譜の謎

12月1日の記事「平均律クラヴィーア曲集」でブラームスが全48曲を暗譜していたということに言及した。おそらくは少年時代恩師マルクセンやコッセルの指導の元で寝ても覚めてもバッハ漬けだったのだろうと推定した。

師匠に言われるままに夢中で練習していたら、いつの間にか暗譜していたというのは、とても健全だと思う。ある日急に楽譜を取り上げられて「暗譜で弾いてみろ」と言われて試してみたらあれよあれよと弾けてしまったというシーンを想像する。

けれどもマルクセンやコッセルの指導は「平均律クラヴィーア曲集」の暗譜が目的ではあるまい。暗譜は目的ではなく後からついてきた副産物だと信じたい。

暗譜は音に現われるのだろうか?暗譜しての演奏と楽譜を見ての演奏には結果として発信される音楽に違いが発生するのだろうか?私にはそれを聞き分ける自信はないが、判る人には判るのだろうか?超絶技巧の難曲に挑むピアニストの目の前に楽譜が置かれていないか、閉じたままになっているのを見た聴衆に与える心理的効果は小さくないと思うが、私は今までその違いを感じたことはない。複数の演奏の微細な相違を感じることがあっても、それが暗譜の有無に起因すると断言出来たことが無い。目の前に楽譜を置いて開いていながら見ていない演奏の位置付けも曖昧に感じる。

一方で多くのコンクールや発表会が演奏者の暗譜を前提にしている事実もある。それは暗譜の有無が音楽の出来に影響するからなのか、単に「凄いでしょ」の意味なのか答えを見つけきれていない。

算盤の名人は、暗算をするとき頭の中に算盤が浮かぶという。頭に浮かんだ算盤を弾いているのだ。将棋名人にしても数十手先を読む際には頭の中に盤面が浮かんでいると聞いた。同様に考えると暗譜は頭の中に楽譜が思い浮かんでそれを見ながら弾いている状態だろう。だから事実上楽譜を見ているのと同じなのだと思う。楽譜を思い浮かべることもなく、指が勝手に動くのが本来の意味の暗譜かもしれない。

毎度軽々と暗譜出来てしまう娘たちから、この点を質問されたことがないのは幸いである。

2008年1月10日 (木)

上方修正

大抵は良い意味に使われている。当初の予定に比べて実績が良い方向に変わりそうだという見込みの修正のことだ。売り上げや利益が上がる場合であることはわかりやすいが、経費については下がる場合でも、大きく見れば上方修正だ。逆に経費がふくらむことを上方修正と呼ぶ習慣は無さそうだ。

昨年9月11日の記事「この調子で行くと」で、通算10万アクセスを「来年の今頃には」と予想した。当時のアクセスの勢いから年間4万アクセスをアテに出来そうだというのが根拠だった。さる1月4日、当初の予想を上回るペースで80000アクセスをクリアした。さらにまさにその1月4日から昨日まで、1日のアクセス件数が6日連続して200を超えた。従来の記録は昨年12月10日に始まった3日間だったから、大幅更新である。「のだめ欧州編」放映の影響もあると思われる。

よほどのことが無い限り10万アクセス到達が9月ということは無さそうだ。もっと早まる。つまり「上方修正」である。

油断は禁物だが、ブログ「ブラームスの辞書」3周年の5月30日までに達成できれば素敵だ。欲を申せばきりがないが、5月7日のブラームスのお誕生日に間に合えば、なおよろしい。

2008年1月 9日 (水)

影響と先取り

別作曲家による2つの音楽作品AとBがあったとする。AはBに先立って作曲されたがAB両者には明らかな作風上の共通点がある。

上記のような事実を前にして現代の音楽書は下記のような表現を用いる。

  1. AはBに影響を与えた。
  2. BはAの影響を受けている。
  3. AはBを先取りしている。

上記の例からも解るとおり、「影響」と「先取り」は同一の事実に対する別の表現である可能性がついて回る。「影響」や「先取り」の定義を明確にしないまま、解説やアナリーゼと称する文章に頻繁に現れるが注意が必要だ。

同じ事実に対して、文章表現が複数あることはよくあることだ。むしろそれがライターの腕の見せ所である場合も多い。誰を主語に据えるかによって微妙に使い分けられているのだ。

ブラームスはバッハやベートーヴェンから影響を受けた。しかしその逆はない。因果律に反する。かといって「バッハやベートーヴェンがブラームスを先取りした」という言い回しも見かけない。

一方で新ウイーン楽派はブラームスから影響を受けた。無論その逆はないのだが、「ブラームスが新ウイーン楽派を先取りした」という言い方にはしばしばお目にかかる。

無意識あるいは故意かは別として「影響」と「先取り」の使い分けには、書き手側のある種の意識が反映すると感じている。

2008年1月 8日 (火)

シェヘラザード

ご存知「アラビアンナイト」のヒロインだ。リムスキー・コルサコフに有名な交響組曲がある。

あるところに王がいた。后が不貞に走ったトラウマのせいで、初夜の後に王妃を殺害してしまう癖がついてしまった物騒な王である。王に召された彼女シェヘラザードは、寝物語に一計を案じた。「つづきはまた明日」というエンディングにしたのだ。話自体が面白かったことと、彼女の語り口が上手かったことが功を奏して、王は続きが聴きたいと思い彼女を殺さなかった。この調子で彼女の死は延期に延期を重ねて千一夜になったという物語だ。

彼女は大の男を飽きさせないというあっぱれな話術の持ち主だ。ブログ「ブラームスの辞書」の管理人としては、師匠にお迎えしたいくらいの方である。「明日も読みたい」と思わせることが出来るかはブログの死命を制すると考えている。

ブログ「ブラームスの辞書」がアラビアンアイトに匹敵するかどうかは別として、今日のこの記事は開設以来1001本目の記事である。つまり「千夜一夜物語アラビアンナイト」に並んだということだ。単に1001回も話を継続したことだけが助命の理由ではあるまい。その間、王は彼女の人柄に触れたに決まっているのだ。彼女の命をかけてのストーリーテラーぶりに惚れたのだ。それはきっと全人格を賭してのチャレンジだったに違いない。ブログが愛されるかどうかは、つまりそういうことだと思う。自分のキャラを全てさらけ出すくらいでないとダメなのだ。

明日は1002本目だ。内容はともかく数だけは師匠を上回ることになる。途切れても命までは取られないという境遇に安住してはなるまい。その一方で単に続けたいがために記事の内容の濃さが減じられることも厳に戒めねばならない。

2008年1月 7日 (月)

記事千本

今日のこの記事がブログ「ブラームスの辞書」開設以来1000本目の記事である。

1000本というと何だかまとまった数という気がしてくる。古来そうだったようだ。

「千客万来」もその一つだ。料理店などで額の中に収められているのを見たことがある。商売繁盛の願いがこもっていると思われる。これを見て「1人10回来たのか」と言った友人を知っている。頭がいいのか悪いのかよく判らない。

他にもある。「千年一日」「千差万別」「一刻千金」「値千金」「一日千秋」「一攫千金」などきりがない。必ずしも実数が「1000」であることを意味してはいないのは明らかながら、「数が相当多い」ことを意味する誇張表現と考えてよい。

「指切りげんまん」というある種の願掛けがある。相手は子供の時が多い。約束を守ることを誓わせる意図がある。万が一嘘をついた場合のペナルティが提示されているのだ。そのペナルティは「針を1000本呑むこと」だ。針はいかにも痛そうだ。それを1000本なのだからいかにもという感じがする。「嘘ついたら針呑ます」では飽きたらずに「1000本」というところが微笑ましくも健気である。やはりここでも「1000本と言えば大量である」という認識に立脚しているのだ。

今日以降「嘘ついたら記事千本読~ます」といって指切りが出来るという訳だ。

2008年1月 6日 (日)

バッハのスラー

バッハの楽譜に親しむ人には既におなじみの話だ。バッハの楽譜はスラーを含むアーティキュレーションの密度が低い。書いていないのだ。様々な理由が推定されている。バッハ自身楽器演奏の名人であり、多くは自作自演の目的で書かれたから、アーティキュレーションが無くても済んだからというのが、一応の定説だ。最初の方には、記入があっても曲が進むに連れて律儀には書かれなくなって行くこともある。

現代市販の楽譜は、元々書かれていなかったアーティキュレーションを書き込んであるものもある。だから、逆にバッハ本人に由来するアーティキュレーション記号には、その旨注意書きが施されていることが多い。

この冬休みはバッハの作品に親しんだ。特に平均律クラヴィーア曲集を楽譜を見ながらじっくり聴きこんだ。

第1巻24曲ロ短調のフーガの冒頭に一群のスラーがある。2小節目の間に6個のスラーが密集している。そのどれもが短2度の下降になっている。このスラーには注釈が振られ、バッハ本人によるスラーであると明記されているのだ。

昨年12月13日の記事「音の抑揚」の中で述べたスラーの機能に関するシューマッカー先生の見解と呼応しているように感じていた。ブラームス至高のインテルメッツォop118-2冒頭の2音「Cis-H」に付与されたスラーは「音の抑揚」を表すという見解のことだ。

書かんでも判るアーティキュレーションを省くことの多かったバッハが、敢えて執拗に書き込んだスラーが、偶然にも短2度の下降なのだ。これはフーガ主題だから曲中何度も再帰する。まさに平均律クラヴィーア曲集第1巻をしめくくるフーガの性格を決定付ける、欠くべからざるスラーだと考える以外に道は無い。

休み中、ずっとそのことを考えていた。

2008年1月 5日 (土)

pp ma ben marcato

「きわめて弱く、しかし十分はっきりと」と解される。ブラームスは生涯で2回用いている。

  1. 交響曲第4番第1楽章110小節目
  2. 交響曲第4番第3楽章168小節目

つまり、2回しかない用例がともに第4交響曲になっているということだ。「pp」と「ben marcato」の両立を要求しているということだが、ブラームス自身注意が必要と考えた証拠に「ma」が挟まれている。「ピアニシモで弾かれねばならないが、十分に聞こえねばならない」という確固たる意思表示と考える。同時に、この2箇所が「よっぽどの場所」だということが容易に推定出来る。

はじめは提示部の中だ。再現部における該当箇所354小節目では、「pp ma marcato」になって、「ben」が脱落する。1回目は「第1楽章を代表する動機の萌芽を大切にせよ」というメッセージだと解したい。

2番目は第3楽章の中だ。159小節目から弦楽器が、第一主題の亡霊を奏でる。多分嬰ハ短調だ。「pp」がさらにディミヌエンドを要求され「ppp」に達する。全弦楽器がたどり着くのが嬰ハ短調の象徴たる嬰ハ音のピチカート2発だ。その2発目のピチカートに重なるように木管楽器が走り出す。まさにその走り出すところに本日話題の「pp ma ben marcato」が置かれているのだ。驚いてはいけない。木管楽器が出すのは「変ニ音」だ。つまりこの場所「嬰ハ音」と「変二音」が同時に鳴る仕掛けになっている。まさに「異名同音」だ。

木管楽器が奏するのは第一主題の草書体だ。調性は変ニ長調である。嬰ハ短調は一瞬にして変ニ長調にすり替わるという訳だ。粛々と音楽が進む。やがて199小節目に鎮座する「Tempo Ⅰ」によって第一主題がはっきりと回帰する。ことここにおよんで聴き手は、実はあの時の「pp ma ben marcato」の木管楽器が、再現部の始まりだったことに気付くという寸法だ。ブラームスお得意の再現部隠蔽だ。隠蔽されはするのだが、さりげない痕跡を残すことも忘れないのがブラームス流だ。それが「pp ma ben marcato」ということなのだ。

とても大切だということが判る。

2008年1月 4日 (金)

祝80000アクセス

本日未明、ブログ「ブラームスの辞書」開設以来のアクセスが80000件に到達した。

  • 10000アクセス 2006年 3月 8日 283日目
  • 20000アクセス 2006年 8月30日 458日目(175日)
  • 30000アクセス 2006年12月30日 580日目(122日)
  • 40000アクセス 2007年 3月28日 668日目( 88日)
  • 50000アクセス 2007年  6月21日 753日目( 85日)
  • 60000アクセス 2007年 9月 7日 831日目( 78日)
  • 70000アクセス  2007年11月 8日 893日目( 62日)
  • 80000アクセス 2008年 1月 4日 950日目( 57日)

70000アクセスは昨年11月8日だったから、アクセス10000の所要時間が2ヶ月を切ったことになる。もちろんブログ開設以来初めてのことだ。それもそのはずで、昨年11月12月の月間アクセスがともに5000を超えた。9月27日に始まり、11月21日に56を数えた1日アクセスの100突破は、昨年の大晦日に途切れるまで95日連続となった。1日100のアクセスをアテにしても鬼に笑われなくなったようだ。これにより2007年の年間アクセスは50000にあと一息まで迫ることが出来た。

次々と湧き上がるブラームスネタの備忘と、著書の宣伝のつもりだが、ブログが読まれることはにはジンワリとした喜びがある。今年もブラームスを仲立ちにした交友が少しずつ広がりそうな気がする。

2008年1月 3日 (木)

駅伝の舞台裏

日本人は駅伝が好きだ。「駅伝」という言葉の持つ語感も何だか重々しくていい。律令時代の駅家制度にも遡る言葉だ。恐らく「リレー」が好きなのだと思う。運動会でもリレーは花形競技である。個人が速いことも大事だがそれだけでもないところが日本人向きである。中でもバトンパスの優劣はしばしば勝負を分ける。100mのタイムでは劣る日本が400mリレーになるとアメリカあたりといい勝負になることも多い。そのバトンは駅伝では「たすき」になる。「たすきがつながる」ことは駅伝を象徴している。個人競技ならとっくにリタイアしてしまうようなアクシデントに見舞われたランナーが、無茶を承知で完走を目指すのは、ひとえにこの「たすき」のせいだ。チームへの帰属意識は否応なくはねあがる。

作曲家たちを国別に分けるという単なるお遊びに、駅伝の要素を無理矢理加味してしまったのが、本年1月1日の記事「8カ国対抗駅伝」だ。昨年のカルタに続いて何か正月らしいことを探していて思いついた。

やってみるとこれがなかなか面白い。いきがかり上、ドイツを本命にしたが、フランスやロシアは何だか強そうである。イタリア、オーストリアがそれに続く。欧州選抜には侮れない雰囲気が充満している。アメリカ、イギリス、日本はやや苦しい。何をもって「強い」とするのかという定義が全く無いのだが、雰囲気は十分伝わる。

今年もまたがんばろうという決意表明に代わる企画だが、「元日はおバカな企画」という流れが出来上がってしまったことが今後の課題である。

2008年1月 2日 (水)

同主調

同じ音を主とする調性をお互いにこう呼びあう。ハ長調にとってはハ短調であるし、イ短調にとってはイ長調である。和声の世界では近親調の一つと理解される。同主調間の転調は、同一の楽曲の中において割と高い頻度で見られる。

特に短調で始まった作品が、曲の末尾で同主調の長調に転ずるのは常套手段である。ベートーヴェンの2つある短調の交響曲は、どちらもこのパターンだ。「苦悩を克服して歓喜へ」というシナリオを手軽に仄めかすことが出来る。ブラームスのソナタ系諸作品においてもこのパターンの踏襲が広く観察できる。ソナタ以外にまで実例を求めることも可能だ。たとえば「4つの厳粛な歌」の第3曲はホ短調がホ長調に転じて結ばれる。

短調から長調に転ずるパターンは実例が多いのに対して、長調から短調へのパターンとなると途端にレアケースになる。ソナタ系に絞って考えてみる。終楽章が第1楽章の同主短調になっているケースは以下の通りである。

  1. ピアノ三重奏曲第1番op8ロ長調→ロ短調
  2. ヴァイオリンソナタ第1番op78ト長調→ト短調
  3. 交響曲第3番op90ヘ長調→ヘ短調

せっかく探した上記3例ではあるが、終楽章が最後まで短調で貫かれるのは1番のピアノ三重奏曲だけだ。2番と3番ではせっかく短調で始まった終楽章なのに、同主長調に転じて曲が結ばれている。その意味でもピアノ三重奏曲第1番は異例の調選択だと申し上げて良い。ましてやそれは、1890年版でも改訂を免れて保存されている。

実はピアノ小品の中に興味深い実例がある。最後の作品作品119-4のラプソディは変ホ長調だが、曲の末尾で変ホ短調に転じている。

同主調間の転調と言っても、「短調発長調」のパターンと「長調発短調」のパターンとでは、扱いがかなり違っている。

2008年1月 1日 (火)

8ヵ国対抗駅伝

あけましておめでとうございます。

新春といえば駅伝ということで、ECU(Europe Composer Union)欧州作曲家連合主催の駅伝のスタートである。

<大会概要>イギリス、イタリア、オーストリア、ドイツ、フランス、ロシアの6ヵ国に特別招待のアメリカと開催国日本、さらには各国の有力選手を集めた欧州選抜の9チームが参加し箱根駅伝と同じコースを使って順位を争う。

<出場チーム>

【アメリカ】監督:バーンスタイン

  1. バーバー
  2. ガーシュイン(キャプテン)
  3. コープランド
  4. フォスター
  5. グローフェ
  6. コルンゴルト
  7. アンダーソン
  8. ケージ
  9. アイブス
  10. ウイリアムス

【イギリス】監督:バルビローリ

  1. ヘンデル
  2. エルガー(キャプテン)
  3. ブリテン
  4. ホルスト
  5. マッカートニー
  6. ディーリアス
  7. ウォルトン
  8. ケテルビー
  9. フィールド
  10. パーセル

【イタリア】監督:トスカニーニ

  1. パガニーニ
  2. ヴェルディ(キャプテン)
  3. スカルラッティ
  4. レスピーギ
  5. モンテベルディ
  6. プッチーニ
  7. ボッケリーニ
  8. コレルリ
  9. ヴィヴァルディ
  10. ロッシーニ

【オーストリア】監督:カラヤン 注意▲

  1. シェーンベルグ
  2. モーツアルト
  3. ベルグ
  4. ハイドン(キャプテン)
  5. ブルックナー
  6. ヴォルフ
  7. Jシュトラウス
  8. ウェーベルン
  9. マーラー
  10. シューベルト

【ドイツ】監督:フルトヴェングラー  本命◎

  1. シューマン
  2. ベートーヴェン(キャプテン)
  3. ウェーバー
  4. ヒンデミット
  5. Rシュトラウス
  6. ワーグナー
  7. テレマン
  8. メンデルスゾーン
  9. バッハ
  10. ブラームス

【日本】監督:小沢征爾

  1. 水野修好
  2. 武満徹
  3. 山田耕筰
  4. 近衛秀麿
  5. 滝廉太郎(キャプテン)
  6. 伊福部昭
  7. 芥川也寸志
  8. 小山清茂
  9. 団伊久麿
  10. 黛敏郎

【フランス】監督:ミュンシュ 対抗○

  1. ベルリオーズ
  2. ドビュッシー(キャプテン)
  3. サティ
  4. ビゼー
  5. サンサーンス
  6. プーランク
  7. クープラン
  8. メシアン
  9. フォーレ
  10. ラベル

【ロシア】監督:ムラヴィンスキー 注意▲

  1. ショスタコーヴィッチ
  2. チャイコフスキー(キャプテン)
  3. ハチャトリアン
  4. リムスキーコルサコフ
  5. ムソルグスキー
  6. ストラヴィンスキー
  7. ボロディン
  8. スクリャービン
  9. プロコフィエフ
  10. ラフマニノフ

【欧州選抜】監督:クライバー 穴×

  1. リスト
  2. ドヴォルザーク
  3. ニールセン
  4. コダーイ
  5. フランク
  6. スメタナ
  7. バルトーク
  8. グリーク
  9. シベリウス
  10. ショパン(キャプテン)

<大会展望>ドイツ、フランス、ロシアが3強を形成する。この3チームは初日2日目ともに勝負の出来るメンバーを揃えている。ドイツは3本柱のうち2人を2日目に回す余裕の布陣である。アルプス慣れしたRシュトラウスを5区山登りで起用し万全を期し本命視されている。これに対抗するのがフランスだ。本命のドイツと全く遜色の無いメンツが揃った。フォーレ、ラベルの9区10区で最後の勝負も可能だ。フランス同様僅差でドイツを追うのがロシア。1区から10区まで隙がない。はげ山得意のムソルグスキーが5区山上りの箱根山でブレーク出来れば面白い。

3強を追うのが、イタリア、オーストリア、欧州選抜だ。まずイタリアだ。モンテが名前につくからというだけで5区を任されるモンテベルディがベテランだけに心配の種。松並木に強いレスピーギと東海道は相性がいい。初日2日のバランスもいいので、パガニーニが悪魔と話をつけて駅伝に棲む魔物を抱き込めれば大化けもあり得る。オーストリアの登録メンバーを見ればどこのチームにも引けをとらないが、残念ながら控えの選手層が薄い。モーツアルトは各組エースが揃う花の2区でも抜けた存在だけに、ここで貯金しアクシデントなくマーラー、シューベルト勝負に持ち込めれば面白い。欧州選抜は不気味な存在である。川下りが専門のスメタナを山下りに起用する策も余裕の現れと見える。

さて残るアメリカ、日本、イギリスは先の6チームに比べるとやや見劣りする。3位なら上出来だろう。アメリカは前半に勝負をかける。グランドキャニオンで鍛えた5区グラーフェの山登りが見物だ。バーンスタイン監督の現役復帰も取り沙汰されている。イギリスもまた初日に勝負をかける。あっと驚くマッカートニー起用でギャンブルに打って出た。迎え撃つ開催国日本は、バランスがとれたまとまりのいいチームだが、絶対的なエースが不在で苦戦は免れない。ここは天下の険・箱根八里を知り尽くした滝廉太郎を起用する5区山登りに期待したい。

まもなくスタートの時間である。

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