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2008年2月 2日 (土)

背番号13

中学時代バスケットボールをしていた。3年になって12名のレギュラーに選ばれた。レギュラーにはユニホームが貸与される。4番から15番までの12個の整数が割り当てられる。私の背番号は13だった。昭和49年のことである。1974年だからワールドカップ西ドイツ大会の年だ。優勝した西ドイツにはゲルト・ミューラーが、準優勝のオランダにはヨハン・ニースケンスという主力が13番をつけていたこともあって嬉しかった覚えがある。

中学入学時に144cmしかなく、2年になっても大して伸びなかった私のポジションはガードだ。チビはそれしかないという感じだった。ところが2年から3年の丸2年で30cmも身長が伸びた。結果チームの背番号5を付けてセンターだった男と肩を並べるようになった。身につけたスキルはガードのスキルなのに、サイズだけはセンターと同等ということだ。

市の大会の戦歴としては昭和42年と39年に優勝の経験があったが、43年以降6年間一回戦負けが続いていた。私たちの代は強かったのだが、5月の市民大会では不覚にも2回戦負けを喫した。生徒だけで話し合ってレギュラー全員が自主的に頭を丸めた。もちろん私もである。3年生最後になる夏の大会では、3位になった。市の大会といっても3回勝ってようやくベスト4というなかなかの規模だった。中途半端な位置付けだった私はもちろん控えだ。4試合全てに出場したが、得点は3である。まだ「3ポイントシュート」の無かった時代の話だ。

同じ釜の飯を食った仲間のうち私を含む3名がクラシック音楽に走った。キャプテンで4番をつけていた男は大学に入ってコントラバス、センターで5番をつけていた彼がチェロを始めた。その縁で私は某大学オケの演奏会でエキストラに呼ばれた。演奏会当日のお弁当だけで引き受けた。

曲はブラームスの第2交響曲だった。

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コメント

<ひふみ様

上手い選手がつけるとカッコいいンですが、へたくそがつけると様になりませぬ。

ブラームスのop13は、重カッコいいですね。

背番号13は、私にとっては何よりも大事な番号です。
ある意味では、ブラームスの作品番号よりも。
勿論私の場合は野球選手の背番号ですが。

でも、サッカーでは、ドイツのバラックやイタリアのネスタも13番でしたよね。
やっぱり名選手がつける番号なんですね。

ブラームスの作品13は、何とも重々しい曲ですよね。

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