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2008年2月12日 (火)

宗教的

思うに難解。単に「静かで遅い作品」であることの遠回しの表現に過ぎない可能性はいつでも心に留めておきたい。

我々日本人がクラシック音楽と呼びならわしている音楽は、キリスト教と密接な関係があることは周知の通りだから、断り無く「宗教的」という言葉を用いれば即「キリスト教的」という意味と解することが自然である。宗派はさまざまあろうが、キリスト教を信仰し同時にクラシック音楽を育んできた欧州の人々が「宗教的」という言葉を使うのと、我々日本人が使うのとでは、基盤になる共通認識に大きな違いがあると感じている。

10月末のハロウィーンでお菓子をゲットした子供の一部は、その約2週間後に七五三を祝う。そこからまた約40日後には、サンタクロースをあてにする。そしてそのわずか1週間後には、お年玉を手に「初詣」と称して寺社仏閣に押し寄せる。さらにおよそその1ヶ月後にヴァレンタインデーの喧噪に加わる日本人の宗教観が、欧州人のそれと明らかに違うことに異論はあるまい。

日本語で書かれた音楽評論文の中に「宗教的」という単語がしれっと現れるのがあまり好きではない。モテットやミサあるいはレクイエムのように明らかにキリスト教との関連が想定出来る作品は安心して見ていられる。そうした作品以外に「宗教的」という文言を用いるときの定義は、毎度のことながら明らかではない。ブラームスの作品解説にもしばしば現れる。ピアノ協奏曲第1番の第2楽章はその代表格である。

「キリスト教的」と言わずにもっぱら「宗教的」という言い回しをされることも謎の一つだ。宗教が限りなくキリスト教と同義に近い人々ならいざ知らず、日本人の平均的な宗教観の持ち主としては、「宗教的」という言葉を深い顧慮なしに使うことは相当に後ろめたい。

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コメント

<どら様

私は臆病者ゆゑ、迂闊に使えない言葉の一つになってしまっております。

二十歳のとき、モーツァルテウムのセミナーに参加したとき、ツアーでどっかの教会で、ガイドさんが、教会はオルガンにしろ音楽もステンドグラスも壁画も天国を再現するために大勢で真剣に作るあげたものだと話してくださった。その時宗教なんてわからない私は、わからないけどなんか涙がボロボロ止まらなくなってしまったのをおぼえてます。
宗教的ってよくわからないけど、一緒にいるとハッピーで気持ちよくて、いわゆる天上にいる気分、きっと天国にいる気分になれるものって、私にとっては宗教的な音楽ってことなのかな~~?天国っていうのが宗教的な話なのかしら?
同時に音楽は宇宙だと感じるし・・・スピリチュアル江原さんに聞いた方が早いかな?(笑)

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