相互添削
単に「添削」といえば、提出されたレポートや作品について、内容の不備や過不足を指摘することだ。先生に当たる人が教育目的で加筆修正をする。通信学習では一般的な手法である。
本日のお題のように「相互」が付くと、少々ニュアンスが変わる。同格にある2人の意見交換という側面が強まる。
1856年2月。ブラームスは親友でヴァイオリニスト兼作曲家のヨーゼフ・ヨアヒムと「相互添削」を始めた。対位法上の課題を盛り込んだ作品を定期的に送り合って意見交換をしようという趣旨だ。ここから4年も続いたのだ。頻繁に交換されていたのは実質2年だったとはいえ素晴らしいことだ。定期的というからには提出期限があった。ヴァイオリニストとして既に著名だったヨアヒムは、滞りがちでしばしば罰金を支払ったという。
この罰金は使い道が書物を購入することに限定されていた。ブラームスの遺品にはヨアヒムの罰金から購入したことを伺わせる書き込みを持った書籍が数点含まれていた。有意義な罰金である。
1856年2月というタイミングに注目したい。ロベルト・シューマンの没する5ヶ月前の話だ。ということはつまり、ブラームスがシューマン一家のために献身していた時期だ。そのために作品の出版が滞っていたことは既に昨年7月29日の記事「出版の空白」で述べた。シューマン一家の力になってやっていたことで作品の出版どころではなかったという論旨だ。その一方でヨアヒムとこうした取り組みをしていたことは注目に値する。ロベルト・シューマンの絶望的病状の中、自己研鑽だけは怠らなかったということだ。ヨアヒムの提出が途切れがちだったことを責めてはなるまい。むしろ過酷な境遇にいるブラームスの気分転換をヨアヒムが助けたと見るべきではなかろうか。
結果としてこの取り組みは無駄ではなかった。円熟期のブラームスが当代最高の対位法の泰斗となって行くのは周知の通りである。
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