方程式「Con moto」
もっぱら「andante」を修飾して若干のテンポアップを志向する「con moto」は、しばしば気紛れな振る舞いをする。「andante」を修飾する限りにおいては単なる「煽り系」なのだが、厄介なことに無視しえぬ数の「con moto」単独使用例が存在する。ブラームスは、しばしばベートーヴェンとの類似性が指摘されるのだが、この「con moto」単独使用例は、ベートーヴェンには一例もない。
「con moto」単独使用例は生涯で15回。うち13回が声楽曲だから、ブラームスの声楽曲に親しむ人々にとっては、なじみの表現だけれど、器楽奏者にとっては唐突感がある。
クラリネット五重奏曲ロ短調の第四楽章に問題の「con moto」単独使用例が出現する。モーツアルトのクラリネット五重奏曲に挑戦するかのような変奏曲が、「f espressivo」で立ち上がる。楽曲冒頭に「f espressivo」が置かれるというのも、他に「Nachtigall」op97-1に見られるだけの貴重なケースだ。
異例ずくめのフィナーレは、「はたして正解のテンポは?」という疑問が解決しないまま淡々と進んでゆく。途中161小節目で8分の3拍子に変化するが、テンポを変える表示は一切現れない。そして193小節目、第一楽章第一主題が8分の6拍子で回帰する。8分の3という拍子が、布石であったことが明かされる。同時に楽章中はじめて「un poco meno mosso」という速度転換系の指示が置かれる。これは「いくぶんテンポを落として」と解される。
ここが謎解きの瞬間である。第四楽章冒頭の謎のテンポ「con moto」は、「un poco meno mosso」されることで第一楽章冒頭のテンポになるということなのだ。
「Con moto」=「Allegro」-「un poco meno mosso」という式が成り立つことに他ならない。「Con moto」は「un poco meno mosso」分だけ「Allegro」より遅いと解しうる。
第四楽章161小節目8分の3拍子からの1小節は、第一楽章冒頭の付点4分音符1個より少し速いテンポという解が求められる。161小節目のテンポを作るのはヴィオラであることは、何にも勝る喜びである。同時にここ161小節目は、一旦ロ長調に転調していた音楽が、ダブルバーを合図にロ短調に復帰するところであり。旋律的にも気分的にも第四楽章冒頭が強く暗示される場所である。
この161小節目をどう弾くかを予習してから、第四楽章冒頭のテンポを決めるべきであるというブラームスからのメッセージが、「むき出しのCon moto」の意味であると思われる。ブラームスに頻発する「初見じゃ無理」のパターンだ。
あさってのテンポで開始できるわけが無いというニュアンスが感じられる。
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