Tail to nose
カーレース系の用語。抜きつ抜かれつの大接戦のことだ。先行車の後端に、追い上げ車の先端がくっつかんばかりの状態を「尾と鼻」になぞらえたと思われる。日本語で言うなら「つばぜり合い」といったところか。
著書「ブラームスの辞書」の中でこの言葉が使われている。ピアノ四重奏曲第3番第1楽章177小節目から始まる一連のフレーズだ。全体を引っ張るのはヴィオラだ。同じ旋律をヴァイオリンが1小節つまり4分音符3個分遅れて模倣する。8小節後またヴィオラが同じ旋律を、まるで追いつかれまいと逃げるかように放つと、続くヴァイオリンは何と4分音符2個分遅れて追いすがる。つまり4分音符一個分差が詰まったということだ。3度目にはその差が4分音符一個になる。そして、ヴァイオリンがヴィオラに追いつく瞬間に、ピアノ、チェロまで全て動員して3連符の連打になる。196小節目のことだ。
繰り返すごとに追う側のヴァイオリンが4分音符1個分ずつ差を詰めて行き、やがては追いつく様子を「Tail to nose」と表現した。ブラームスの対位法的技法の粋を集めた見せ場である。追われるヴィオラ、追うヴァイオリンがこの部分のこうした構造を知っておくことは有意義である。フレーズの切れ目でピチカートの合いの手を差し挟むチェリスト氏にだってこのデッドヒートを味わう権利がある。もちろんピアニストまでもが、この理屈を知った上でこの曲に挑むべきである。
味わいが数段深まることをお約束する。全員が参加する3連符強打の意味が身にしみるはずである。
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