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2008年4月30日 (水)

なんたる演奏

ブラームスのピアノの腕前は微妙な位置にある。10代前半から公の場で演奏し高い評価を得ていたことは知られているが、しからばピアノ演奏のヴィルトゥオーソかというとうなずき難いという。演奏に関してはリストやショパンあるいはクララに並ぶ才能とまでは言えなかったらしい。レパートリーも壮年期以降はもっぱら自作の演奏に限られていたという。

ピアノ協奏曲第2番でブラームス自身がピアノ独奏をした演奏を聴いたチャールズ・スタンフォードの証言がある。音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第3巻177ページだ。

「両手にあまるミスタッチの山」「タッチが固くコントロールが出来ない」「遅い楽章では ビロードの肌触りだがその他は疑問」

こんな演奏だったのだ。コンクールだったら本選にさえ進めないだろうし、新聞の演奏評に書かれてしまっては致命的でさえある。

しかし筆者の主眼はそこにはない。「威容と解釈においてこんな演奏は聴いたことがない」と続くのだ。「どうせ楽譜には正しい音が書いてあるのだから、間違えた音を弾くことなど些細なこと」「音の間違いなど弾き手も聴き手も気にしていない」

これがブラームスの故郷ハンブルグでの演奏会だったことを差し引いても異例である。筆者を含む聴衆が皆、作曲者自らの演奏という状況に酔っていたのかもしれない。

ああ聴いてみたい。

2008年4月29日 (火)

部室使用料

「まずは休まず学校に行く」ということが我が家の教育方針であったことは3月26日の記事「トリプル皆勤賞」で述べた。小学校から高等学校までは、「学校に行くことイコール授業を受けること」と考えてよかった。授業中に寝ている可能性は棚上げして、そこを見ていればよかった。

ところが大学になると、自由度が格段に高まる。つまり「学校に行くこと」と「授業に出ること」が必ずしもイコールではなくなるのだ。

私もそうだった。大学入学と同時にオーケストラの門を叩き、程なくのめり込んだ。初心者のヴィオラ弾きとしては、個人練習が必須だった。幸い当時の我が家はオーケストラの部室から徒歩5分だった。下宿がではない。自宅がである。毎朝部室に直行して、人のいない部室で練習だ。授業に出る時間よりも圧倒的に部室にいる時間の方が長かった。

単位を落とさない程度に授業もさぼった。そのあたりの微妙なさじ加減の読みだけは上達した。親が払ってくれた授業料だが、実質上「部室使用料」と呼ぶにふさわしい実態だったという訳だ。親は判っていたと思う。留年や就職浪人さえしなければ、という暗黙のボーダーラインがあった。

部室に集う仲間とのコミュニケーションこそが全てだった。部室にいる理由は練習だけではない。後輩をさそって喫茶店、悪友と連れだってインヴェーダーゲーム、バイトまでの暇つぶし、文字通り部室は学生生活の拠点だった。住民票を移してもいいくらいだったと思う。

ブラームスも、生涯の友も、嫁もそこで見つけた。

2008年4月28日 (月)

5度ハンター

ヨハネス・シュライヤーという人がいる。20世紀初頭のバッハ研究家で業界ではちょっと知られた存在だ。真贋論争が存在するバッハ作品のいくつかについて、論争に決定的な結論をもたらしたこともある。

真贋判定についての彼の手法は、バッハをとことん信頼するという姿勢から出発している。

  1. バッハは天才である。
  2. 天才は作曲上の初歩的なミスを犯さない。
  3. 初歩的なミスが存在する作品はバッハの真作ではあり得ない。

というような三段論法を駆使したのだ。ここでいう「作曲上の初歩的なミス」とは4月24日の記事で言及した「禁則違反」である。彼は論争のある作品についてこの「禁則違反」とくに「平行8度」と「平行5度」を片っ端からリストアップした。そこでつけられたニックネームが本日のお題「5度ハンター」である。禁則違反を見つければ即刻偽作と判定したという。

バッハの鍵盤楽器奏法ではトリルのかけ方は厳格に定められている。記音の2度上の隣接音からかけるというのが大原則だ。ところがいくつかの作品ではこの原則を守ると、左手と右手の間に「平行8度」が発生するとして、記音からトリルをかけることさえあるという。つまりこれら「平行8度」や「平行5度」はそれほど忌避されているということだ。

もちろん現在では彼の手法は「行き過ぎ」と評価されている。彼の手法に沿うならばブランデンブルグ協奏曲第5番が偽作ということになりかねない。まずは真贋判定の指標に初めて「禁則違反」という客観的な事実が用いられたという歴史的意義を確認するにとどまるべきだという。つまり「バッハといえどもときたま禁則違反を犯す」ということである。コミック「のだめカンタービレ」第12巻185ページで、リュカくんの祖父が「バッハだって結構いい加減なところがあったんだよ。ガハハハ」と言っていたことを思い出す。

この人と同じく、先輩作曲家の「禁則違反」をリスト化していたブラームスは、いったい何に使ったのだろう。「効果的な禁則違反」がありはいないかと探していたのかもしれない。反則スレスレの美しさを追求するには、反則の境界線を熟知しなければなるまい。

2008年4月27日 (日)

詐欺だと思われぬよう

昨今何かと物騒である。「オレオレ詐欺」など手口は一段と巧妙になっているらしい。銀行の窓口にも注意を喚起するポスターが貼ってある。それでも人間の心の動揺に付け込む方法を次々と思いつく不心得者がいるようだ。

著書「ブラームスの辞書」はネットを媒介にした通信販売が唯一の購入ルートだ。販売要項を真剣に読むと「先に代金を払え」と読める。ド素人の駄文にしてはお高く止まった態度である。払う側からすればさぞや不安だろう。実際にはメールを通じて購入の意思を確認させてもらえば、振込みを待たずに発送の手配をするケースが多い。それでも現物が手許に無いのに代金を振込むのは勇気がいると思うが、みなさんキチンと振り込んでくれているので恐縮する。

だから私は「ブラームスの辞書」の販売を詐欺だと思われないよう、ブログで真剣にアピールしている。この点がブログの大きな目的の一つになっている。ブログは著書「ブラームスの辞書」の紹介であるとともに、今や私という人間の縮図にもなっている。「こいつなら詐欺などするまい」と思ってもらえるよう毎日真剣にブログの記事を更新し続けているという訳だ。

今日のこの記事がブログ開設以来1111本目の記事である。

詐欺にしては手が込んでいると思ってもらえれば幸いだ。

2008年4月26日 (土)

96分の1

ブラームスがバッハの「平均律クラヴィーア曲集」を全部暗譜していたことは既に述べた。

オクターブ内に存在する12の音全てについて長短それぞれでプレリュードとフーガを書いた。これだけで48曲だ。さらにそれらが1巻2巻2セットあるからしめて96曲である。

今年の大型連休は娘たちの部活もあって、どこにも行かずに過ごす。例年ブラームスネタの発掘を兼ねた調べ物をしているのだが、今年は風向きが変わった。

実は平均律クラヴィーア曲集第1巻のハ長調BWV846の前奏曲を暗譜しようと思い立ったのだ。グノーのアヴェマリアで名高いあの曲だ。というより、ピアノを習った経験の無い私に手が届くのはこの曲しかないと思いつめた結果のチャレンジだ。右手と左手が同時に動くことが無いから、とても都合がいい。

というわけで大型連休中電子ピアノをチェンバロモードにして、コツコツと練習する予定だ。目標は途中でつっかえずに通せるようにするという程度である。

全部暗譜していたブラームスの96分の1である。

2008年4月25日 (金)

トロンボーン

ブラバンに入った次女の楽器が第一希望のトロンボーンに決まった。キラキラとこぼれるような笑顔で報告があった。

3年生1人、2年生2人、1年生4人というトロンボーンパートの陣容が固まったそうだ。どうせがんばるなら希望の楽器がいい。

  1. 埋葬歌op13
  2. ドイツレクイエムop45
  3. カンタータ「リナルド」op50
  4. 「運命の歌」op54
  5. 「勝利の歌」op55
  6. 交響曲第1番op68
  7. 交響曲第2番op73
  8. 「大学祝典序曲」op80
  9. 「悲劇的序曲」op81
  10. 「ネーニエ」op82
  11. 「運命の女神の歌」op89
  12. 交響曲第3番op90
  13. 交響曲第4番op98

ブラームスでは上記の13曲にトロンボーンの出番がある。

ブラームスへの長い道のりに、トロンボーンという第二のルートが出現したことを喜びたい。

2008年4月24日 (木)

禁則

一般に「禁則」といえば、「してはならぬこと」と解される。「禁じ手」である。

和声学にも「禁則」という概念がある。「あってはならぬ和声進行」のことだ。「平行5度」「平行8度」という言葉が実はそれにあたる。「和声学」の習得を志す者にとっての一種の鬼門を形成しているとさえ思われる。私とて深入りはとても出来ない。たくさんの種類がある上に例外も多いから、人によっては「あれも出来ぬ、これも出来ぬ」という厄介な制約としか映らない。ひとつだけ忘れてはいけないことがある。こうした禁則は、気紛れに存在している訳ではないということだ。禁則になるかどうかの基準は「そのように進行したら不快だった」という事実の積み重ねだということだ。「不快」の定義は人により時代により変化することもあると思うが、経験則に基づく決まりであることは覚えておきたい。

もっと大切なことがある。これらの禁則を膨大な例外まで含めて完全にマスターし、禁則を全く犯すことなく作曲された音楽が、ただちに名曲かというとそうでもない。おそらく「ルールを完全に守ったつまらぬ曲」が数の上では一番多いのだろうと思う。一方、いわゆる天才作曲家たちの作品の中に、禁則を守っていない部分があることもまた事実である。有名なところでは、バッハだ。ブランデンブルグ協奏曲第5番の第1楽章11小節目、ブランデンブルグ辺境伯に献呈した自筆スコアの段階ではここに平行8度が存在していたという。しかも、元々あった平行5度を修正した結果、平行8度が出来てしまったという曰く付きである。現在市販のスコアでは跡形もなく修正されている。一度修正前の楽譜に基づいた演奏が聴いてみたいものだ。

さてさてブラームスは、古典派の先輩作曲家たちの作品中のこうした「禁則発生箇所」をリスト化していたという。どういう目的なのかは断じかねるが、遊び半分や興味本位ではあるまい。自分の創作活動の一助であることは確実だ。「禁則」の存在自体を容認しながら、その深刻度に差があると感じていたのではないだろうか。深刻度の判定のため、過去の作曲家の作品に現れる禁則箇所を集計分類してた可能性を考えたい。何が何でもダメと決めつけていたら集計などしないはずだ。更に申せば、禁則箇所を1箇所2箇所と数えていただけとも思えない。どのような局面でのどのとようなパート間でどういう種類の禁則が起きていたかを具体的に把握していたと思われる。

エクセルがあったらきっと上手に使いこなしていたと思う。

2008年4月23日 (水)

指先

クララ・シューマンの弟子の女流ピアニストがブラームスのレッスンを受けた時のエピソードだ。

「左手の3,4,5の指の音の出し方について、何を考えて音を出すのですか?」という問いかけに対するブラームスの答が質問者本人によって証言されている。

「まず第一に音を出してくれる指先のことを考えなさい」とある。

このエピソードを知って愕然とした。何て凄いことを言うのだろう。何せピアノ演奏には疎いので、こうした言葉の効能は判らぬが、確かに考えるキッカケになるだろう。誰あろうブラームスに言われるのだから、言われた側のインパクトは相当なレベルだと思われる。何か大切なことを伝えたくてこう言ったに決まっているのだが、それは何だろうと底まで考えさせられる凄みが感じられる。誰しもが「ここまで考えていない」と舌を巻いた後、真剣に考えること請け合いである。誰もが同じ結論に至るとは思えないが、考えることは無駄ではないのだろう。

このところすっかりバッハのインヴェンションの室内楽版にはまっているおかげで、楽器に触る時間だけはやたらに増えたが、もっと指先のことを考えて弾かなければならない。ピアノとヴィオラで演奏上の共通点がそうそうあるとも思えないが、先のブラームスの言葉には、一笑に付せない含蓄がある。

練習不足で無くなりかけていた指先の「弦ダコ」がこのところ厚みと堅さを増している。今のところ人差し指、中指、薬指だが、これが小指にも出来てくればしめたものだ。

2008年4月22日 (火)

美しいハーモニー

世の中広い。海の向こうには凄いマニアがいると以前に書いた。

「ブラームス性格作品 演奏の手引き」(全音楽譜出版社)という本の著者トマス・シューマッカーという人だ。ジュリアード音楽院を出たピアニストで教育者でもあるらしい。

その本の104ページ中ほど。ブラームスのインテルメッツォホ長調op116-4の章の中に「これほど美しいハーモニーがついた長音階がどこにあるでしょうか」という記述がある。37小節目以下を指している。いわゆる中間部だ。

この本ブラームスのピアノ小品の演奏法について専門家の立場から現実的な提案がてんこ盛りになっている。体裁としてもノリとしても「技術指導書」なのだが、おそらく意図的に作者の感情が勝った表現が随所に見られ、それが良いスパイスになっている。根底にあるのは、「私はブラームスが好きだ」という点に尽きる。技術専門書の中に「これほど美しいハーモニーがついた長音階がどこにあるでしょうか」のような記述が平然と挿入されることが全く不自然でないのは、ひとえに著者の熱意のせいだと思われる。

その箇所を聴けば彼の言っていることがすぐに納得出来る。実際に可憐な景色である。

ブラームスを好きであることと、好きを音に転換するスキルを持ち合わせるとこういう人になれるのだ。おまけに本を書く才能まで併せ持っている。私に言わせればむしろそれらのハーモニーこそが美しい。羨ましい限りである。

2008年4月21日 (月)

交換法則

中学校の数学で習う。足し算またはかけ算の場合、順番を入れ替えても答えは同じになるという法則だ。「4かける3」と「3かける4」どちらも答えは12になる。これを学問めかしていうと交換法則という訳である。

ブラームスの作品の中に「4×3=3×4」を実感させてくれる箇所がある。

本日ばかりは譜例がないと厳しいといいつつ強行突破である。

ピアノソナタ第2番の楽譜があれば開いて欲しい。4分の3拍子の第1楽章だ。定義によれば4分の3拍子は、つまり1小節に4分音符が3個だから、16分音符ならば4×3で12個だ。4分の3拍子と言われれば誰しも「16分音符ならば12個」とたちまち暗算が可能である。ブラームスとて例外ではない。問題のピアノソナタ第2番第1楽章においてブラームスは16分音符が12個という事実を切り口に交換法則を証明する。

冒頭部フォルテシモで16分音符の和音が打ち鳴らされた後16分音符2個分の休みの後、「A-H-Cis」と「Fis-Gis-A」という具合に音階にそって3段階上行する音型が強調される。ここでは16分音符3つでグルーピングされている。楽譜を見ずに演奏だけを聴くと16分音符が3個一組のフレーズに聞こえる。この音階状に上行する3音のモチーフは第1楽章の冒頭付近で微妙に音価を変えながら執拗に繰り返される他、第2と第3の両楽章の冒頭でも出現し、このソナタ全体を括るモチーフの役割をになっている。だから16分音符3個一組に聞こえることは必然でさえある。つまり「3×4」の表明だ。

でありながら、一方でブラームスは3拍目の四分音符にアクセントを付与している。このアクセントは明らかに「4×3」に由来する痕跡である。「12個の16分音符」を軸足に「4×3」と「3×4」の境界付近で行きつ戻りつを楽しんでいる。3小節目から4小節間は「4×3」に戻っているものの、7小節目から怪しくなり9小節目でまたどっちつかずとなる。

演奏者のリズム感に挑戦するかのようであるが、その意図は明確だ。上行する3連音の強調に他なるまい。

2008年4月20日 (日)

ジーメンス事件

大正時代の日本海軍を揺るがした疑獄事件。海軍の機器調達に関してジーメンス&ハルスケ社から海軍高官にリベートが支払われていたとして内閣総辞職にまで発展した。

ジーメンス&ハルスケ社は1847年創業で現在まで続くドイツの多国籍企業だ。世界最初の電車製造の栄誉は同社に属する。1887年東京に事務所を開設して日本進出を果たしたくらいだから、欧州には各地に支社があった。ウイーンにはオーストリア・ハプスブルグ帝国支社があった。1879年オーストリア・ハプスブルグ支社長としてウイーンに赴任したのが、リヒャルト・フェリンガーだった。第一級超一流のビジネスマンだが、一方で彼は大変優れたピアニストだった。さらにさらにその妻マリアは相当な美声の持ち主で、夫の伴奏でブラームスの歌曲をほとんど歌いこなしたという。1878年クララ・シューマンの仲介でフェリンガー夫妻はブラームスと知り合った。ウイーンに赴任する前の話である。クララがシュヴァーベン地方を演奏旅行する際には、フェリンガー夫妻の屋敷を定宿にしていたという縁なのだ。

晩年のブラームスの室内楽作品のいくつかが彼の屋敷で私的に初演されている。さらに妻マリアは当時ようやく普及し始めたカメラを器用に操った。頻繁に屋敷に出入りするブラームスは格好のターゲットだった。居心地のいい屋敷でくつろぐブラームスは、無数のシャッターチャンスを提供し、巨匠晩年の夥しいスナップが後世に残されることとなる。一家の主婦が当時まだもの珍しかった写真や、声楽に打ち込むことが出来るほど家事から解放されていたということになる。この一家は相当なセレブなのだ。

さらに父と同じくリヒャルトと名付けられたこの夫婦の長男は、両親とブラームスの心温まる交流を回想録に残した。作曲者本人が次から次へと惜しげもなく披露する珠玉の室内楽の数々にうっとりと聴き入っている様子が描かれる。

父といい母といい、息子といい何と言う家族なのだろう。つまりジーメンス&ハルスケ社の支社長という地位は社会的に見て相当なレベルだったのだ。ベートーヴェンの時代でいうと貴族と同等かそれ以上かもしれない。つまりこれが産業革命の所業なのだ。英国に端を発した産業革命が、ドイツに届いていたということだろう。それにより財を蓄えた市民層が貴族に代わって音楽を支えた。テオドール・ビルロート、エリザベート・フォン・ヘルツォーゲンベルクといいこのフェリンガー夫妻といい、技も心も、そして懐も豊かなアマチュアの名前がブラームスの伝記には数多く現れる。

2008年4月19日 (土)

チェンバロ

鍵盤楽器の一つ。英語圏ではハープシコード、フランス語圏ではクラブサンだ。

内部に張られた弦をハンマーで叩くのがピアノで、爪で弾くのはチェンバロである。バロック時代を代表する鍵盤楽器である。バッハの代表作「平均律クラヴィーア曲集」は現代ではピアノで弾かれることも多いが実はチェンバロが想定されている。

カンタータの通奏低音をピアノで弾くことについては、眉をひそめる人も多いが、「平均律クラヴィーア曲集」を筆頭とするクラヴィーア用作品をピアノで弾くことについては、寛大な人が多い。迂闊な言及はブログ炎上のキッカケになりかねないから、このあたりの線引きは私の手には余ると逃げておく。

もちろんブラームス作品にチェンバロの参加を前提にした作品は無い。インテルメッツォがチェンバロで弾かれたらどうなるのか、「怖い物聴きたさ」もある。インテルメッツォはともかく、「ヘンデルの主題による変奏曲」や「左手のためのシャコンヌ」がチェンバロで弾かれるのも悪くないと思う。いけない発想だろうか。

最近娘たちとバッハの「インヴェンション」を練習している。普段練習では私が片手で電子ピアノを鳴らしてアシストしているが、バッハ作品の練習では電子ピアノをチェンバロモードにしている。面白半分で試してみたのだが、実はどうしてこれがなかなかはまる。娘たちは「変な音」という反応だが、私には癖になる心地よさだ。

2008年4月18日 (金)

フーガ集

一昨日の「ブラバン」ショックも冷めやらぬ中、今度はお宝CDを発見した。

「フーガ集」と題されたそのCDは、バッハの平均律クラヴィーア曲集から4声のフーガだけを抜き出して、弦楽四重奏用に編曲したものだ。第1巻から10曲、第2巻から9曲だ。付録として5声のフーガも、ヴァイオリニスト1名が加わって収録されている。

インヴェンションの室内楽版で「こりゃたまらん」と驚喜して以来、どうもこの手の編曲物に弱い。案の定楽しめる。聴いている分にはブラボーだ。

しかし4声になって声部の絡み合いが複雑な上、とてもじゃないが自分では弾けそうも無い感じが充満している分だけ、インヴェンションよりは熱狂度が落ちる。ピアノ用の楽譜を見ながら聴くとそれなりに楽しいのだが、「フーガの技法」に似た近寄り難さも感じてしまう。あるいはベートーヴェンの後期にも通じる高目の敷居だ。

演奏に加えて興味深いのが編曲者だ。2巻の2番、5番、7番、8番、9番の5曲の編曲者は、何とモーツアルトだ。405というケッヘル番号が振られている。残りはエマニュエル・アロイス・フェルスター(1748~1823)の編曲と思いきや、付録の5声のフーガ(1巻第5番嬰ハ短調)はベートーヴェン編曲になっている。そういえば14番の弦楽四重奏と同じ調性だ。

何とも華麗な編曲者である。ブラームスも1曲くらい残して欲しかった。

2008年4月17日 (木)

ドミソのミ

おかしなタイトルだ。3和音を構成する音のうち真ん中の音が「ドミソのミ」である。Cdurで説明すれば低い方から「C--G」になる。この音は微妙だ。フラットが付くか付かぬかで、長調か短調かが決まる。付かねば長調だし、付けば短調だ。第3音と称される大事な音だ。一方和声学においては、この第3音の重複は禁忌される。大事な音なのに重ねてはいけないとされている。

ヴィオラ弾きにとっては、ホームグランドにも相当する。合奏においてヴィオラがこの第3音を放つケースがとても多い。あまり多過ぎるので「ブラームスの辞書」でも列挙を諦めているがひとつだけ印象的な場所を示す。

弦楽六重奏曲第1番第2楽章の結尾だ。ピアノ独奏に編曲されてクララに贈られたことでも有名な変奏曲の終止和音を見るがいい。ニ短調で流れてきた音楽が、第一ヴィオラに割り当てられた「F」音へのシャープのおかげでニ長調で終止する。もし私がこのシャープを見落として「F」を発してしまうと、ニ短調になってしまうのだ。他の5つの楽器には長短の決定権が無い。つまりこの場面第一ヴィオラが第3音を発しているということだ。

第3音を英語で申せば「3rd note」ということになる。「サードノート」だ。

東京は西巣鴨にそのものズバリ「3rd note」というカフェを発見した。ヴィオラ弾きとしては店名を見てにんまりした。「オレのことか」ってなモンである。

ホームページはこちら→3rd note

お店に行ってきた。こざっぱりしたカフェだ。まだオープンしたばかり。何と1階がカフェで地階のスタジオとセットになっている。カフェ&スタジオというコンセプトだ。仲間と室内楽をすると、終わった後に反省をかねてちょっと食事ということが多いから、こういうコンセプトにはニーズがあると思う。

お店の人に店名「3rd note」の由来を尋ねると、「和音ではとても大切な音」「そのくせけしてでしゃばらない」という案の定な答えが返ってきた。答えてくれたのはママだった。この人ママというには少々貫禄が足りない。つまり可憐なのだ。女性だからマスターと言うのも変だ。仕方なくしぶしぶママという言い回しをする次第である。

カフェと貸しスタジオの融合というコンセプトについて伺うと「仲間と演奏の後、ストレスなくそのまま食事に流れ込みたいと感じることが多かったから作ってみた」とキッパリである。ママ自身はトランペットとチェロをたしなむという。ホームページの中のスタジオの写真に映っているチェロはママのである。

ランチで注文した豚の角煮トマト風味がおいしかった。もちろんママが作っている。

会社や家からは立ち寄りにくい微妙な立地だが、無理やり用事を作ってときどき訪ねてみたい。

ママのブログ

2008年4月16日 (水)

ブラバン

ここはブログ「ブラームスの辞書」である。だからこそ念のため申し添えておきたい。「ブラバン」は「ブラームスバンド」の略ではない。吹奏楽つまりブラスバンドの略である。

帰宅すると、次女が私の顔を見るなりこういった。

娘)「部活、ブラバンに決めた」

私)「へ?」

娘)「部活、吹奏楽にする」

私)「はあ?」

事態が全く呑み込めていない。てっきりお姉ちゃんと同じバドミントンにするのだと思っていた。またヴァイオリンとの熾烈な日程争いが始まるのだと覚悟していた。対戦相手がブラバンだとは思ってもみなかった。

「楽器は何になるかわからないけど、ブラバンに入ることだけはもう決めた」と言っている。何でもバドミントンはもう廃部なので部員を募集しないらしい。ヴァイオリンにはもう8年の経験があるが、ブラスバンドの楽器だと何を選んでも初心者だ。私の心配をよそに「いろんな楽器がやってみたいから」ときっぱりだ。楽器の希望は下記の通り既に提出済みらしい。

  1. トロンボーン
  2. コントラバス
  3. クラリネット
  4. ホルン

何と言う順番だ。昔から人と同じ事を避ける子だった。私の頭の中では気の早いことにブラームスの第一交響曲のフィナーレ47小節目のコラールが鳴ってしまっている。

もちろんヴァイオリンのレッスンは続けると宣言してくれた。バドミントンが相手だったら心の底から戦えたのに、何だか応援したくなってきた。

今日のこの記事が、1100本目の記事なのだが、どうでもよくなった。

2008年4月15日 (火)

オルガンコラール管弦楽版

ずっと前からネット上をうろついていて、その存在だけは認識していたが、一昨日現物を入手した。

ブラームス作品の最大番号を背負う「オルガンのためのコラール前奏曲」の管弦楽編曲版のCDである。3枚組交響曲全集のうちの第2交響曲の余白に収められている。演奏はJaap van Zwedenというオランダ人の指揮者だ。もちろんブラームス本人の編曲ではない。交響曲全集のオマケと言えば、大学祝典序曲、悲劇的序曲、ハイドンの主題による変奏曲の御三家が定番だから、この手の編曲物を取り上げる渋い感性までもが売り物なのだろう。管弦楽版といっても、始終フルオーケストラが鳴る訳ではない。曲想に応じてふさわしい楽器をオーケストラの中から選んで鳴らしている感じだ。

奇妙なのは、収録の順番が番号通りになっていない。この順番の入れ替えに強いこだわりが感じられる。たとえば1番ホ短調のあとに5番ホ長調がホルンの先導で始まるのを聴くと、嫌でも第4交響曲を想定してしまう。

2008年4月14日 (月)

段取り八分

物事を成就するためには事前の準備が大切というほどの意味。この場合の物事に相当する事柄は大小さまざまあろうが、事の本質は動かし難い。

座右の銘とまで振りかぶると大袈裟になるが、大好きな言葉だ。初めての自費出版本「ブラームスの辞書」の執筆にあたっても十分に準備をした。思いのタケを書き連ねる前に、データベースを用意したことがその現われだ。初めての自費出版本「ブラームスの辞書」の論旨がフラフラとぶれないための基礎としてブラダスは重要な位置づけにある。ブログ「ブラームスの辞書」の執筆にあたっても段取りを大切にしている。

プラン、計画としないことが趣を深めている。リスク管理などと言い換えないことにも積極的な意味を感じる。こうした「段取り」という言葉の持つ気質が好きだ。なんだかゴツゴツしていていい。この手の職人風の趣はなんだかブラームスっぽいと思う。

2008年4月13日 (日)

早過ぎと遅過ぎ

1850年バッハの没後100年を機に、ライプチヒにバッハ協会が設立された。発起人として24名の音楽家が名を連ねた。音楽観の違いを乗り越えて、「ドイツの誇り・バッハ」のためにという感じが充満している。

24名というのがなんだかバッハ的だ。そのリストを眺めていて、フェルデナンド・ダビッドという名前を見つけた。やっぱりという感覚だ。インヴェンションの室内楽版に編曲者として名前が挙がっているフェルデナンド・ダビッドと同じ名前だ。バッハ協会の設立発起人による由緒ある編曲だと考えたい。ライプチヒのコンサートマスターである。メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲の初演にあたり独奏ヴァイオリンを担当したことでも有名だ。

そのメンデルスゾーンは24名にはいっていない。14歳のクリスマスに、祖母からマタイ受難曲のスコアを贈られている。彼はその6年後に弱冠20歳でマタイ受難曲の再演を指揮することとなるバッハ復興の中心人物だ。ところが1847年にこの世を去り、バッハ協会の設立発起人になることが出来なかった。早過ぎる死である。

バッハ協会の設立時17歳だったブラームスもまた、発起人に名を連ねていない。ピアノが少し上手で作曲もしたU-20だったに過ぎないからだ。つまり生まれるのが遅過ぎた。

歴史はタイミングである。

2008年4月12日 (土)

ブラームスの碓氷峠

碓氷峠は鉄道マニアにはおなじみだ。旧国鉄の鉄道路線の中で最高の急勾配があった場所だ。群馬県の横川と、長野県の軽井沢の間にあり、古くは中山道最大の難所であった。明治になって鉄道が敷かれても、最大斜度「1000分の67」を擁する「最大の難所」であり続けた。1000メートル進むと67メートル上がるという意味である。これが最高の急勾配といわれる根拠である。

話はブラームスに戻る。ブラームスの作品に現れる「crescendo」で「最大の急勾配はどこか」が本日のお題である。

先に急勾配の概念を整理しておこう。

  1. 「crescendo」の始まる場所のダイナミクスと、到達点のダイナミクスの差が大きい。
  2. 「crescendo」始まりから終わりまでに要する所要時間が短い。ただし演奏者によって容易に変動が起きるので、簡単に特定しにくい。
  3. 上記2の要素を補完する概念として「crescendo」の始まりから終わりまでに要する小節数が短いことを想定する。
  4. もちろん楽譜上に「crescendo」が明記されている場所に限る。
  5. 瞬間的にダイナミクスを引き上げる「subito~」は対象外とする。

さて、上記の5つの定義に従ってブラームス最大の急勾配を探すのだが、一つ工夫がある。「crescendo」とだけ書いてある場所は実は全部対象外なのだ。ブラームスは「molto crescendo」を19箇所と「crescendo molto」を20箇所用いているので、今回のお題「ブラームス最大の急勾配」はこの39箇所の中に求められるべきなのだ。

結論から申し上げる。第1交響曲第4楽章の18小節目だ。始まりのダイナミクスは「p」で、2小節をかけて「ff」に駆け上がっている。ここには「crescendo molto」と書いてある。

「crescendo molto」の倒置形「molto crescendo」にも候補地が下記の通り3つある。いずれも「p」から2小節でffに駆け上がっている。

  1. ピアノ協奏曲第1番第1楽章108小節目の独奏ピアノ
  2. ピアノ四重奏曲第3番第1楽章306小節目
  3. 交響曲第1番第1楽章432小節目

用例を分析すると「crescendo molto」より「molto crescendo」の方が勾配が急な傾向があることも事実だ。上記の1と2の始まりのダイナミクスは記載上「p」だが、実際には「molto crescendo」の前に「crescendo」が挿入されているので、実質的には「p」以上のダイナミクスからのスタートになっているので脱落だ。残る2者は偶然にも第1交響曲になった。この先は人間の感覚に頼ることになる。参加している楽器の数、テンポを勘案して、先に述べた第1交響曲第4楽章18小節目を最大の急勾配と認定した。ここにはトップ系指定として「Stringendo molto」が鎮座してテンポを急激に煽っていることが選考の決め手となった。

おバカなタイトルをつけてしまったので、落としどころが難しくなってしまった。

2008年4月11日 (金)

ハンスリックの本心

メンデルスゾーンによる「マタイ受難曲」の再演を契機に、バッハの復興が進んだことはよく知られている。それにつれて演奏の機会も多くなった。時は19世紀後半、音楽史的に申せばロマン派が爛熟にむかう時代だ。

バッハのカンタータや受難曲に現われるレチタティーボ・セッコは本来、通奏低音のみが歌の声部に付随するのが通例だったが、時代背景に触発されてか、ワーグナー風の大管弦楽に伴奏させてしまうような解釈が現われた。ロベルト・フランツというハレの作曲家兼指揮者がその代表だ。シューマンとリストを足したような名前が出来過ぎ風だが、本当である。

当時欧州の楽壇を2分する論争があったことは有名だが、大管弦楽伴奏のレチタティーボはワーグナー派から称賛をもって迎えられた。これらの動きはシュピッタのような学者からは支持されず、バッハ作品の演奏解釈上の小論争に発展した。ブラームスは直接論争に参加した訳ではないが、言うまでも無くシュピッタ側だ。小論争と言うのは、間もなく論争が終わったからだ。どちらの勝ちかは申すまでもあるまい。

この小論争について調べているうちに意外なことに気付いた。反ワーグナーの論陣の主役であった批評家のハンスリックは、大管弦楽伴奏のレチタティーボ演奏を支持したというのだ。申すまでも無くハンスリックは反ワーグナーを唱える一方でブラームスを擁護したから、大管弦楽伴奏の支持には違和感がある。

ブラームスを擁護したハンスリックだが、このあたりの波長のズレは気になる。ハンスリックは当初ワーグナーに心酔し、後からアンチワーグナーに転じたといわれているけれども、心の底からブラームスラブだったのだろうか。この手のズレを見せられると本当はやっぱしワーグナーだったのではあるまいかと勘ぐりたくなってしまう。

何やら事情がありそうだ。

2008年4月10日 (木)

社会学的実験

長く続けていればいつかはやってくるのだが、実際にアクセス数の表示が6ケタになってみると感慨深い。当初ブログ開設の日から3年を待たずに10万の大台に乗るなどということを具体的にイメージ出来なかった。目標にしていたとまで申しては嘘つきになってしまう。

それにしてもブログ「ブラームスの辞書」のアクセスの推移を振り返るのは興味深い。ほとんど親バカの範疇である。2005年5月30日に立ち上がったブログの成長の記録はもしかすると「社会学的な実験」になっているのではないかとも感じている。

管理人の私は無論有名人ではない。その道つまり音楽のプロでもないし、物書きでもない。したことと言えば毎日毎日記事をアップさせたことと、そのための少々の調べ物、そしてコメントにレスを書いたことくらいである。世間様に露出するための細工も施さなかった。アクセスの入り口は検索サイトだけだ。それがいつの日か数カ所のサイトで言及され始め、そのうちの数カ所ではリンクも貼られた。ひと様のブログやサイトで言及される喜びは格別である。

「記事ブラームス限定」「毎日更新」の2点だけが譲れぬ方針だ。それだけで1日のアクセスがどれだけ頂戴出来るようになるのかという社会的実験をしている感覚である。中学校の理科の時間で習った通り、実験は出来るだけ他の要素が入り込まぬようにせねばならない。だからブログ「ブラームスの辞書」は、記事以外のこと、たとえばテンプレートやブログパーツを充実させてはいけないのだ。「ブラームス作品のMIDIが聴けます」「楽譜のダウンロードが出来ます」「CDや本が買えます」「おすすめのCD」「コンサート情報」等の機能があっては実験にならない。これらの付録が目当てでアクセスされてしまうと、実験の精度に影響しかねない。だから間違ってもブログの美しさでアクセスされるなどということがないようなテンプレートになっている。

既に無視し得ぬ本数が存在する「家族ネタ」はもう仕方がないとしても、そのほかは出来るだけ排除して、ピュアでプレーンなブラームスネタを揃えたい。

ブラームスネタ見たさにどれほどのアクセスが頂戴出来るのかを探る終わりのない実験である。

2008年4月 9日 (水)

掛詞

本来は短歌俳句用語の一つ。一つの単語あるいは語句に複数の意味を持たせる技法。我が国の古典文学作品を紐解けばその例は無数にある。

江戸城構築に関わったとして名高い太田道灌のエピソードは有名だ。ある日道灌が狩に出かけた。不意の雨に襲われて、駆け込んだ家の娘に雨具を乞うたところ、彼女は一輪の山吹を差しだした。道灌はこの意味が判らなかった。後になってある歌を知ることとなる。

七重八重花は咲けども山吹の実の一つだに無きぞ哀しき

「山吹は花を付けるけれども実はなりません」という程の意味だ。実はこの歌の中の「実の」は「簑」に引っ掛けられている。つまり「雨具一つさえ無い」という意味を暗示しているのだ。道灌は自らの不明を恥じたという。

著書「ブラームスの辞書」の中でも「掛詞のような」という表現を用いている。

たとえば「sempre A e B」だ。「sempre」は「常に」と解することで問題はないが、この「sempre」の効力は「A」のみならず「B」にも及ぶかという議論だ。「A」に効力が及ぶことは自明ながら「B」に及ぶかどうかは、用例毎に楽譜に照らして判断しなければならない。

あるいは「A sempre B」というケース。ここでも「sempre」が「A」を修飾するのか「B」を修飾するのか判断に迷う場合がある。

「ブラームスの辞書」ではその都度用例毎に独自の判断を提示しているが、中には「AもBも修飾している」という判断に達していることもある。まさにこの時「掛詞のような」という表現をしている。

2008年4月 8日 (火)

作曲家別登場ランキング

著書「ブラームスの辞書」の中に登場する作曲家では、誰の名前が多いかを「Word」の検索機能を使用して調査してみた。以下に結果を掲載する。

  1. ブラームス 532回 「ブラームスの辞書」としては、当然の結果である。全400ページの本なので1ページに1~2回は「ブラームス」という単語を使っていることになる。このほか文中ではブラームスのことを指して「彼」「巨匠」という単語も使っているので、実質的にはもっと多くなる。
  2. シューマン 104回 「クララ・シューマン」という用例20回を控除している。また「シューマンの主題による変奏曲」の存在も影響している。
  3. ハイドン 78回 多分に「ハイドンの主題による変奏曲」の存在が貢献している。
  4. パガニーニ 71回 最大のサプライズがこれかもしれない。もちろん「パガニーニの主題による変奏曲」の影響とはいえベートーヴェン様の上を行くとは。
  5. ベートーヴェン 55回 まさかパガニーニの後塵を拝するとは思わなかった。
  6. ヘンデル 37回 これも「ヘンデルの主題による変奏曲」のせいだ。
  7. マーラー 22回 こんなに使った覚えが無いのだが。
  8. リスト 10回 「しまった」こんなに使ってしまったかと思ったら「ソリスト」「チェリスト」「キリスト」がみんな「リスト」にカウントされていた。作曲家フランツ・リストは当然ゼロである。これは笑えた。
  9. バッハ 4回 これもまた意外な話だ。バッハを4回しか使っていないとは思わなかった。もっと使ったと思っていた。

これにシューベルト、シェーンベルグ、サラサーテが2回で続く。1回だけ使われているのは、ショパン、モーツアルト、スカルラッティだ。

ここまでに名前の無い作曲家はゼロに終わった。もちろんR・シュトラウス、ワーグナー、ブルックナー、チャイコフスキー、メンデルスゾーン、ドボルザーク等みんなゼロだ。

ちなみにクララ・シューマンは20回、ヨアヒムは10回だ。

「私はブラームスの話がしたいのだ」ということを考えれば、当たり前の結果だと思う。

2008年4月 7日 (月)

Gesangbuch

ドイツ語で「賛美歌集」のこと。キリスト教のミサとは切ってもきれない間柄だ。おびただしい数の賛美歌が存在しそれが今もなお実用なのだ。バッハのカンタータやコラールの多くはこうした賛美歌が反映している。

このほど本場ならではのコラール集を発見した。バッハがカンタータで採用したコラールをアルファベット順にBWV番号とともに列挙し、それら一つ一つについて、賛美歌集中における番号と紐付けされている。「同テキスト異旋律」の所在についても厳密に網羅されているばかりか、カトリックとプロテスタントそれぞれについて、ドイツ版とスイス版についての所在が明示されている。もちろん表記は全てドイツ語だ。英語さえ現れない。4声体のコラールだけに対象を限定しているのもカッコいい。

さすが本場は違うと驚いていたが、その中にお宝があった。「O Welt, ich muss dich lassen」がひっそりと記載されている。BWV44のフィナーレの第7曲にあると書かれている。実際にBWV44のテキストを確認したところ全く別のテキストだった。おかしいと思って楽譜をあたって謎が解けた。BWV44のフィナーレは旋律だけが「O Welt, ich muss dich lassen」と同一だったのだ

「O Welt, ich muss dich lassen」は一般に「おおこの世よ。われ汝を去らねばならず」と訳される。お気づきの方も多いだろうが、これはブラームス最後の作品「オルガンのためのコラール前奏曲」op122の3番と11番と同じテキストということになる。私がお宝と申したのはこのことだ。

さらに作品122-2「最愛のイエスよ」も載っている。こちらは歌詞も旋律も一致する。

誰もが知っている賛美歌集から旋律を借用することには、積極的な意味があると思う。旋律を提示しただけで聴衆が勝手にテキストを想像してくれるのだ。楽譜にテキストが添付されていなくても旋律を聴くだけでみんな判るのだ。テキストのイメージから大きく逸脱した音楽を付与したら批判の対象になりかねないリスクもあるし、複数ある「同テキスト異旋律」から、どの旋律を採用するかについてはセンスも問われるかもしれないが、ブラームスに限れば無用の心配だろう。

2008年4月 6日 (日)

携帯不算入

アクセスカウンターが6ケタというのは気持ちがいい。

10万を実感する。実はこの10万はブログ「ブラームスの辞書」の携帯バージョンへのアクセスがカウントされていない。

2ヶ月くらい前からアクセス解析にはPC版と携帯版が別に表示されるようになった。ブログのサイドバナーにはPC版へのアクセス数のみが反映するようになっている。何故このようなロジックになっているかはわからず、そのまま放置しているが気持ちが悪い。

携帯版へのアクセスだって1800近くある。PC版の2%弱だから悩ましい。

携帯だろうとPCだろうとアクセスしてくれた事実に変わりはないから、特別扱いはいやだ。けれどもインジケータに反映しないのでは、アクセス系記事のネタには取り上げにくい。

実のところ10万アクセス達成は1週間程度早かった計算になる。

2008年4月 5日 (土)

パート練習

昨夜、古くからの仲間6人と飲んだ。ヴィオラ弾き5名に腐れ縁のオーボエ吹き1名だ。盛り上がった。今にもパート練習が始まりそうだった。

メンバーはみなバランス感覚溢れる大人で、私のような極端なブラームス愛好家という訳ではないから、話題もブラームス一辺倒ではなかったが、脳味噌も適度に刺激されて記事のネタをいくつか思いついた。

私にはもうひとつの目的があった。まさか4月3日とは思わなかった10万アクセスの達成を心の中で祝った。

2008年4月 4日 (金)

大切な事を小声で

言葉に込められた思いと音量はしばしば正比例の関係ではない。思いの深さとは裏腹に小さな声で語られることがある。恋人同士の語らいはその典型だろう。たとえが良くないことを棚上げにすれば、悪代官と回船問屋の密談もしばしば小声だ。「そちも悪よのう」の類である。一方で、それらとは逆に声は大きくてハッキリしているのに何を言いたいのかサッパリわからぬというケースも目立つ。確固たる信念もないまま、声の大きさだけで見せかけの説得力を獲得してしまう発言も大人の世界ではたびたび見かける。

実はこのアンバランスはブラームス作品にも観察される。それどころかブラームス節の根幹を形成する特徴の一つだと考えている。楽語「p espressivo」がブラームスの楽譜上に頻繁に出現することの説明に、「ブラームスの辞書」では「大切な事を小声で言いたいことが誰にでもあるでしょ」という言い回しをしている。「p」は一般に「弱く」と解されて疑われない言葉だからこその措置だ。「p」を何の断りもなく放置すれば、予備知識無き受け手は音楽が弱いことと錯覚してしまうリスクがつきまとう。音楽が弱いことがひいては、込めたい思いが大して深くないと受けて取られてしまうのだ。かといってダイナミクスが「mf」「f」という具合にエスカレートしてしまうのは、もっと困る。それを楽語で表したのが「p espressivo」だというのが私の考えだ。

ブラームスが用いたダイナミクスの重心は「p」にある。ブラームスは「p」の持つそれらもろもろのリスクを承知でダイナミクス記号「p」を多用したのだ。

言いたいことが濃い時こそ、じっと声を潜めて相手の目を見る。ブラームスのことだから、時には上目使いのこともあっただろう。自分に自信があればこそ、小声で済むのだ。

まさにこうした姿勢の楽譜への反映が「p espressivo」だと考えている。約300箇所がほぼ全生涯にわたって満遍なくちらばっている。強いて言うと器楽曲側に手厚い分布になっている。

思いの深さはダイナミクスとは必ずしも比例しないのだ。

2008年4月 3日 (木)

祝10万アクセス

今朝9時頃、ブログ「ブラームスの辞書」開設以来の通算アクセスが10万に達した。

何と言う偶然。今日は父の誕生日でもあり、ブラームスの命日でもある特別な日だ。

  •  10000アクセス 2006年 3月 8日 283日目
  •  20000アクセス 2006年 8月30日 458日目(175日)
  •  30000アクセス 2006年12月30日 580日目(122日)
  •  40000アクセス 2007年 3月28日 668日目( 88日)
  •  50000アクセス 2007年  6月21日 753日目( 85日)
  •  60000アクセス 2007年 9月 7日 831日目( 78日)
  •  70000アクセス  2007年11月 8日 893日目( 62日)
  •  80000アクセス 2008年 1月 4日 950日目( 57日)
  •  90000アクセス 2008年 2月13日 990日目( 40日) 
  • 100000アクセス 2008年 4月 3日1040日目( 50日)

90000アクセスに達した日にブラームスの命日4月3日のことにホンの軽い気持ちで言及した。まさか10万アクセスの達成がピッタリ4月3日になるとは思わなかった。日頃から偶然を大切にしているとこういうことも起きるのだろう。

きっとブラームスの思し召しに違いない。

あわせて日頃のアクセスに感謝だ。

2008年4月 2日 (水)

カテゴリー規制の効果

ココログの機能の一つにカテゴリーの付与がある。記事を任意のカテゴリーに分類することが出来る。各々の記事をどのカテゴリーに紐付けするか任意に設定出来るのだ。一つの記事に複数のカテゴリーを設定することも出来る。カテゴリーも自分で自由に新設出来るから組み合わせはほぼ無限である。

ブログ「ブラームスの辞書」もこの機能を利用してバックナンバー記事の整理に役立てている。

一つの記事を書いてカテゴリーをどれにしようかと考えるのが、一般的な手順だ。実はこのときに自分に課している規制がある。一つの記事に付与するカテゴリーの上限を「3つまで」と決めているのだ。何気なく始めたこの自主規制だが、記事が堆積するに従って積極的な意味を感じ取れるようになってきた。

記事の内容に照らしてカテゴリーを決める際、候補のカテゴリーが3つに収まらずに苦労することがある。あれこれ考えてもどうしても3つでは足りないと感じたら、それは記事の内容が欲張り過ぎであることが多いのだ。そういう時は記事を見直して2つ以上の記事に分割したほうが記事がスッキリとまとまることが多い。

見ての通りブログ「ブラームスの辞書」はショートコラムの堆積だから、一つ一つの記事がスルリと読みきれるのが好ましい。あれもこれもと欲張った記事は、この手のキレを減じる要因だ。

無意識に始まったカテゴリー規制だが、記事の贅肉を発見する良いツールになっている。

2008年4月 1日 (火)

イリジウム凝集層

今から6500万年前、白亜紀末にイリジウムを濃密に含む地層がある。イリジウムは現在レアメタル扱いされているから、これが密集していれば当然目立つのだ。中生代と新生代の境界を形成するので「KT境界」とも呼ばれるこの層の上下で、産出する化石の動物相が大きく変化しているという。現代の科学技術とは大したもので、このイリジウム凝集の原因は巨大隕石の衝突であることがほぼ確実視されているばかりか、衝突の場所もメキシコ・ユカタン半島付近と特定されている。濃密に凝集するイリジウムはこの隕石由来か、地球内部の地殻由来とされている。この時の隕石衝突は恐竜絶滅の原因として言及されることも多い。

さて、ブラームスにもいくつかの「凝集層」がある。第1交響曲からピアノ協奏曲第2番までに「mp」が濃密に分布する現象がその代表である。さらに「ritenuto」はピアノ五重奏曲に特異的に分布する。あるいは「pesante」も第1交響曲に濃密に分布する。第一交響曲は作品中の音楽用語の分布面で「KT境界」を形成している。あるいは「sostenuto」の出現はほぼピアノパートに限られる。などなどである。

歌曲における「KT境界」は作品19と作品32に間に横たわっている。作品19を最後に歌曲の声楽のパートへの音楽用語の配置が激減する。ピアノ作品ではop35のパガニーニの主題による変奏曲の後に想定することができる。

絶滅といえば、「accelerando」は作品46を最後にぱったりと姿を消す。入れ替わりに栄えるのが「stringendo」である。打ち出の小槌「poco f espressivo」は第四交響曲を最後に途絶える。

「mezza voce」や「sotto voce」の単独使用は作品76以降大量に発生する。「con fuoco」も初期の作品にしか存在しない。作品10以降「con espressione」は姿を消し「espressivo」に統合される。

なんだか音楽地質学とでも名付けたい。

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