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2008年4月11日 (金)

ハンスリックの本心

メンデルスゾーンによる「マタイ受難曲」の再演を契機に、バッハの復興が進んだことはよく知られている。それにつれて演奏の機会も多くなった。時は19世紀後半、音楽史的に申せばロマン派が爛熟にむかう時代だ。

バッハのカンタータや受難曲に現われるレチタティーボ・セッコは本来、通奏低音のみが歌の声部に付随するのが通例だったが、時代背景に触発されてか、ワーグナー風の大管弦楽に伴奏させてしまうような解釈が現われた。ロベルト・フランツというハレの作曲家兼指揮者がその代表だ。シューマンとリストを足したような名前が出来過ぎ風だが、本当である。

当時欧州の楽壇を2分する論争があったことは有名だが、大管弦楽伴奏のレチタティーボはワーグナー派から称賛をもって迎えられた。これらの動きはシュピッタのような学者からは支持されず、バッハ作品の演奏解釈上の小論争に発展した。ブラームスは直接論争に参加した訳ではないが、言うまでも無くシュピッタ側だ。小論争と言うのは、間もなく論争が終わったからだ。どちらの勝ちかは申すまでもあるまい。

この小論争について調べているうちに意外なことに気付いた。反ワーグナーの論陣の主役であった批評家のハンスリックは、大管弦楽伴奏のレチタティーボ演奏を支持したというのだ。申すまでも無くハンスリックは反ワーグナーを唱える一方でブラームスを擁護したから、大管弦楽伴奏の支持には違和感がある。

ブラームスを擁護したハンスリックだが、このあたりの波長のズレは気になる。ハンスリックは当初ワーグナーに心酔し、後からアンチワーグナーに転じたといわれているけれども、心の底からブラームスラブだったのだろうか。この手のズレを見せられると本当はやっぱしワーグナーだったのではあるまいかと勘ぐりたくなってしまう。

何やら事情がありそうだ。

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