4月26日の記事「96分の1」でバッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻から、ハ長調のプレリュードの暗譜に挑戦すると述べた。あれから1ヶ月。どうやら暗譜にこぎつけた。それでも弾けるとは限らない。頭に次の音が浮かんでいても、指がその音がする鍵盤にたどり着けないことあるからだ。このところまずまず止まらないようになった。
連休中に暗譜出来てしまうとタカをくくっていたのだが、手こずった。たった35小節が思うに任せなかった。ピアノの演奏経験ゼロとはいえこれほど苦労するとは思わなかった。毎回軽々暗譜できてしまう娘たちとは脳味噌が違うのだ。理屈抜きに楽譜を丸々脳味噌あるいは指にコピーするかのような子供のやり方ではだめだ。連休中盤からあきらめてやり方を変えた。
作品の構造や和音の移ろいを把握するようにしたのだ。
全35小節、毎小節和音が変わり全部で30通りの和音で構成されている。それら30個の和音はただ行き当たりばったりに並んでいるのではない。和音から和音への「うつろい」にこそバッハの音楽性が込められているのだ。暗譜することは後回しにして、そうした和音の「うつろい」や「ストーリー」を記憶しようと考えた。結果としてそれが正解だった。
第1の段落は11小節目までだ。11小節目で「G」の和音に収まるまで、左手は穏やかな動きに終止する。10小節目のDA以外、左手は3度以内の音程になる。この間の見せ場は5小節目のA。コードネームで言うと「Am」である。左手が「CE」のまま、右小指で触れる「A音」の可憐さにしびれた。次いで8小節目の左手の「HC」がおいしい。次の9小節目では右手が変わらぬまま、Aに降りる。
第2の段落は、11小節目の「G」が減七和音によって崩落して始まる。左手は「GH」「GB」「FA」「FAs」「EG」と進み19小節目の「C」に至る。この「C」は、冒頭の「C」のオクターブ下だ。つまり響きの底のような感じである。
第3の段落は、29小節目までで私にとっては最大の難所。面白い和音が頻発する。25小節目の「C/G」は一段落の踊り場だ。ここからソプラノが「E→F→Fis→G」と進む山場。26小節目の多分sus4が心地よい。
第4の段落は、残り6小節。オリジナルの段階では存在せず後から加えられた部分だ。
この要領でストーリーを意識することで、暗譜が格段に進んだ。
しかし、先ほど「正解だった」と申したのは単に暗譜が進んだことだけを指す訳ではない。バッハが繰り出す和音の羅列に酔ったと申し上げるべきだろう。何度も聴いていた曲なのに景色が全く変わってしまった。
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