バッハ伝
1873年5月、19世紀最高のバッハ研究家フィリップ・シュピッタのライフワーク「バッハ伝」の第1巻が刊行された。
それまでの研究の成果を一瞬で霞ませてしまうその時点でのバッハ研究の金字塔であった。バッハのみならず、その後に続く作曲家研究の方法論的規範ともなっていった。現代の最先端の研究成果に照らせば、修正が必要になった部分も少なくないが、一個人の著述としてシュピッタの「バッハ伝」を凌ぐ研究は現代に至るまで出現していないという。
シュピッタは135年前の今日1873年5月14日、刊行されたばかりの「バッハ伝」第1巻を、意見を求める手紙を添えてブラームスに献じた。ブラームスの反応は感動的だ。8つ年下の気鋭の研究家に対し、暖かなまなざしと敬意に溢れた手紙を送って労をねぎらった。「独りよがり」を懸念するシュピッタに対して「出版は万人にとっての収穫となるでしょう」と激賞した。
ブラームスはこのときまでに、バッハ研究や演奏の分野で、第一級の研究者が一目置く存在になっていたのだ。そして年下の研究者の成果に対しても素直に敬意を表するという度量をも持ち合わせていたことになる。シュピッタとブラームスの交流は生涯続く。
1880年に刊行されることになる「バッハ伝」第2巻執筆の大きな励みになったことは申すまでも無かろう。
シュピッタの喜びが目に浮かぶ。何しろブラームスのお墨付きである。
シュピッタは幸せだ。私だって「ブラームスの辞書」をブラームスに見てもらいたかった。たとえ、コテンパンに酷評されても本望である。
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