狩の獲物たち
5月29日の記事「リストの復元」で述べた通り、ブラームスが作成していた禁則違反箇所のリストをエクセル上に復元中だ。そこに登場する32名の作曲家を生年順に列挙する。マッコークルの「ブラームス作品目録」728ページの一覧を生年順にソートしコメントを付与した代物であることをお断りしておく。
- Jacobus Clemens(1510-1556)フランドル。ブルージュの教会聖歌隊を経てカール5世臣下アールショット公の下で楽長。
- Giovanni Pierluigi Palestrina(1525-1594)イタリア。ルネサンス後期の代表的作曲家。とりわけ宗教音楽の分野での功績は偉大。
- Orlando di Lasso(1532-1594)フランドル。フランドル楽派最後の巨人らしい。
- Leonhart Schroter(1532-1601)ドイツ。「r」の後の「o」はウムラウトだ。
- Jakob Regnart(1540-1599)ドイツ。
- Thomas Luis de Victoria(1548-1611)スペイン。このリスト唯一のスペイン人。パレストリーナの弟子。
- Johannes Eccard(1553-1611)ドイツ。ラッソの弟子。
- Luca Marenzio(1553-1599)イタリア。
- Giovanni Gabrieli(1557-1613)イタリア。
- Hans Leo Hassler(1564-1612)ドイツ。
- Michael Praetorius(1571-1621)ドイツ。
- Heinrich Schutz(1585-1672)ドイツ。ガブリエリの弟子。ドイツバロックの始祖。
- Georg Vogler(1585-1672)ドイツ。
- Antonio Caldara(1670-1736)イタリア。
- Antonio Vivaldi(1678-1741)イタリア。4つのヴァイオリンのための協奏曲イ短調のバッハによるオルガン編曲の中に禁則違反がある。編曲に際しての違反発生ならヴィヴァルディにとっては濡れ衣である。
- Johann Sebastian Bach(1685-1750)ドイツ。ご存知の通り。
- Georg Friedrich Handel(1685-1759)ドイツ。ご存知の通り。
- Domenico Scarlatti(1685-1757)イタリア。ご存知の通り。
- Christoph Willibald Gluck(1714-1787)ドイツ。
- Franz Joseph Haydn(1732-1809)オーストリア。ご存知の通り。
- Johann Christian Kittel(1732-1809)ドイツ。
- Wolfgang Amadeus Mozart(1756-1791)オーストリア。ご存知の通り。
- Luigi Cherubini(1760-1842)イタリア。
- Etienne Nicolas Mehul(1763-1817)フランス。
- Ludwig van Beethoven(1770-1826)ドイツ。ご存知の通り。
- Franz Schubert(1797-1828)オーストリア。ご存知の通り。
- Felix Mendelssohn Bartholdy(1809-1847)ドイツ。ご存知の通り。
- Frederic Chopin(1810-1849)ポーランド。ご存知の通り。
- Robert Schumann(1810-1846)ドイツ。ご存知の通り。
- Ferdinand Hiller(1811-1885)ドイツ。これ以降の3名がリスト作成時に存命だった。
- August Wilhelm Ambros(1816-1876)ドイツ。
- Georges Bizet(1838-1875)フランス。ブラームスより年下はのこ人だけ。
なかなかの眺めである。ブラームスが古い時代の音楽を熱心に研究した話はよく知られているが、生年順に並べられたこのリストはバッハでさえ、中ほどに過ぎないのだ。最年長のクレメンスはバッハからさらに175年も遡る。西洋音楽悠久の流れを感じると同時に、ブラームスの視線の奥行きをも感じさせる。
何よりも肝心なことは、音楽をただ聞き流しただけで完成するリストではないということだ。先人の楽譜を注意深く見つめる中からしか生まれ得ない。ブラームスのことだから単なる揚げ足取りとは思えない。禁則違反箇所だけを抜き取って筆写するなど先輩作曲家への尊敬抜きに出来ることではあるまい。ましてや、「禁則違反はこんなに昔から存在したのだから、少しくらいなら私も」などという言い訳の準備であるはずもない。
知らない人も多いし、知っていても曲を聴いたことがない人もいる。もちろんこれ以外の人に禁則違反が無かったわけではなかろう。ブラームスが閲覧可能な古楽譜のうちの、それまたブラームスによってチェックされた人のリストだということは忘れてはならない。
この手の資料は、好奇心に溢れた実直な研究者を思わせるが、ブラームスの場合にはそうした側面が、脳味噌の中で不世出の芸術家という側面と同居しているのだ。奇跡に近いと思う。
「禁則違反」悠久の歴史である。
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