ご機嫌な本
音楽之友社刊行の「音大進学・就職熟」という本がある。著者は茂木大輔先生だ。
ブラスバンドっぽい表紙のイラストにつられて手にとった。若い音楽好き特にブラスバンド系の愛好家が、音楽大学を経由してプロの音楽家になるための指南書というコンセプトだ。
パラパラとめくるうちに巻末近くの質問コーナーに吸い寄せられた。ヴァイオリンとトロンボーンの両立をしたいがという質問に答えている。我が家の次女の状況にピッタリと重なる。どう答えるのか興味津々だったがこれまた粋な答えで感心した。
以下に感じたことを列挙する。
- 巻末近くに凄い情報が載っている。プロの音楽家たるもの最低身につけておきたい作曲家の知識が簡潔にとりまとめられている。一般常識に加え、管楽器とコントラバスの立場から作曲家代表作毎、楽器毎に見せ場・難所が挙げられている。ブラームスには3ページが割かれているのだが、この情報がお宝だ。私の知識はヴィオラ周辺に偏っているから、管楽器の演奏家からブラームスがどう受け止められているかは貴重だ。言及に要したページ数で言えばベートーヴェンの半分以下だが、もしかするとこの著者ブラームスが好きなのではないかというニュアンスに満ちている。この3ページのために購入を決意したと申して良い。
- 他の作曲家についての言及を読む。昔没頭したベートーヴェンは大体どこの場所か判るのだが、それ以外の作曲家はちんぷんかんぷんだ。逆にブラームスのページは全部どこのことを言っているのか判ったし、その部分が頭の中で鳴った。それだけ私の脳味噌がブラームスに偏っていることを実感した。
- ある2人の作曲家について、作曲家名と本文がそっくり入れ替わっている。単なる誤植なのだろうと思うが、あまりに大胆だ。ひょっとして読者を試す意図がありはしないかと勘繰りを入れたくなる。
- さらに嬉しいこと。それはこれだけオタクな指摘がてんこ盛りなのに、譜例が一切現われないことだ。「これ以上は自分で調べな」といわんばかりの愛ある突き放しである。これが傲慢な印象に直結しないのは本書のコンセプトのせいだ。譜例なしも捨てたものではない。
- ブラスバンド系の若者が、プロになるための準備として音楽大学を目指す場合、それ相応の準備が要ると力説している。その中に練習方法と心の持ちように言及している部分がある。142ページ以下だ。この部分をトロンボーンを始めたばかりの次女に読ませたい。音楽大学を目指しているわけではないが、上手くなりたいと心から思っている次女にはピッタリだ。この本を読んで次々と疑問が湧くようなら中1女子の初心者トロンボーン吹きとしては見所があると思う。著者は遅過ぎるよりは早過ぎるほうがマシであるとも説いている。
- のだめのブレークでにわかに日が当たった感のある音大生の日常をさらに掘り下げて感じ取ることが出来る。素晴らしい。一方で一般の大学に通いながら学業を犠牲にオーケストラに打ち込み、スレスレで卒業して普通のサラリーマンになり、アマチュアとして楽器に触り続けるという私のような音楽生活も悪くないと勇気づけられた。おまけにブログや本で屁理屈までこねているのだ。
- 「ブラームスの辞書」はブログも本も演奏家に読まれることを理想として書かれている。茂木先生の著書は演奏家とその卵たちの日常や心のあり方を深く深く掘り下げているので、まさに「ブラームスの辞書」のメインターゲットについての優秀なマーケティング情報に他ならない。
- あとがきを読んで驚いた。「この本を読むのは学生というよりは、おそらくその親だろう」と書いてある。先刻お見通しとは恐れ入った。私のこういう反応も想定の内なのだろうと思う。
最後に付け加えねばならないのは、この本の粋でおしゃれな語り口だ。根底にあるのは「そんなに甘いモンじゃねえぞ」という姿勢なのだが、ありがちなオヤジの説教に陥らないのはその語り口のせいだ。見習いたい。
ハリーポッター最新刊に夢中の次女の次なる読書の対象に推薦することにした。
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