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2008年9月14日 (日)

地名リスト【タ行ナ行】

  1. タオルミーナ Taormina シチリア島東岸の街。イタリア旅行で訪れた。
  2. ダブリン Dublin アイルランドの首都。ブラームスの友人チャールズ・スタンフォードの生地。英国でのブラームス受容に貢献した。
  3. ダンツィヒ Danzig 現在のポーランド領グダニスク。第一次大戦までドイツ領だった。演奏旅行で立ち寄った。
  4. チェチーレンベルク スペル不詳。フロレンス・メイが弦楽六重奏曲ニ短調の変奏曲のブラームス自らの演奏を回想する中で言及している。文脈から判断してリヒテンタール付近の丘陵であることは確実。
  5. チェルニンガッセ Czerningasse プラーターシュトラーセとドナウシュトラーセを結ぶ通り。1863年3月ここの7番地に転居した。ウィーンで2箇所目の住居。
  6. チューリヒ Zurich スイス最大の都市。1865年以降演奏旅行に赴く。その過程で詩人のヴィトマンと知り合う。
  7. チロル Tirol アルプス山脈東部一帯。オーストリアと一部イタリアを含む。世界的な保養地だが、ブラームスはアイベンシュッツとの会話の中で「チロルよりイシュルが好き」と言っている。
  8. ツィーゲルハウゼン Ziegelhausen ハイデルベルクの東5km。ネッカー川北岸のこの地で弦楽四重奏曲第3番が完成を見た。
  9. ツヴィッカウ Zwickau ロベルト・シューマンの生地。ケムニッツの西約35km。
  10. ツェルリンゲン島 スペル不詳。トゥーン湖に浮かぶ島あるいはアーレ川の中州。トゥーンにおけるブラームスの住居をヴィトマンが説明する中に現われる。
  11. ツェレ Celle ハノーファーの北東38km。レーメニーとの演奏旅行で訪れた。
  12. ティチーノ Ticino スイス南部でイタリアと国境を接する州。1890年9月27日のヴィトマン宛ての手紙に現れる。
  13. デトモルト Detmold 1857年9月。ブラームスが最初に就職した宮廷のある街。
  14. テューリンゲン Thuringen 連邦16州の一つ。州都はエアフルト。リストの本拠ワイマールの説明の中に現われる。
  15. デュッセルドルフ Dusseldorf 1853年10月20歳のブラームスがシューマン邸を訪れた街。主無きシューマン一家を助けた街。
  16. デュルステンブルク スペル不詳。キール近郊と思われる。ブラームスがアルバート・ディトリヒに宛てて落ち合う場所を提案する手紙を書いた。
  17. デンハーグ Denhaag オランダ第三の都市。第二交響曲以降オランダの作品への反応は暖かく、しばしば演奏旅行を企てた。
  18. トゥーン Thun ベルンの南30kmにあるスイスの保養地。ヴィトマンとの交友から1886年から3年間の夏を過ごす。
  19. トウキョウ 「ブラームスの辞書」の著者の故郷。もちろん日本の首都。
  20. トゥツィング Tutzing ミュンヘンの南西約35km。シュタルンベルク湖畔の街で1873年の夏を過ごした。弦楽四重奏曲第1番と2番が生まれている。
  21. ドナウ Donau ドイツ南西部シュバルツヴァルトに発して東流し黒海に注ぐ。ウィーンを貫流する国際河川。Jシュトラウスに有名なワルツ「美しく青きドナウ」がある。ブラームスはこの作品の冒頭部をさらりと記して「残念ながらヨハネス・ブラームスの作品に非ず」と書き添えた。
  22. トラウン湖 Traunsee オーストリア・グムンデン近郊の景勝の湖。
  23. トラウン滝 Traun 1896年6月24日グムンデンのミラー邸から馬車で出かけた。トラウン川のどこかだと思われるが不明。グムンデンから馬車で日帰り圏内だ。 
  24. トランシルヴァニア Transylvania ルーマニア西部。1879年秋ヨアヒムを伴っての演奏旅行で訪れた。
  25. トリエステ Triest アドリア海に面した港町。イタリア旅行で訪れた。
  26. トリノ Trino イタリア旅行で訪れた。
  27. ドルトムント Dortmund ブラームスの最初の就職地であるデトモルトの位置説明に引用される大都市。演奏旅行でしばしば訪れた。
  28. ドレスデン Dresden ザクセン州の州都。しばしば演奏旅行で訪れた。ロベルト・シューマンが住んだことでも有名。
  29. トロイ Troy 木馬で有名な古代ギリシャ時代の都市国家。1886年9月エルンスト・フォン・ビルデンブルッフという大作家とブラームスの対面がベルンのヴィトマン邸で実現した。そのとき話題になった「アガムメノン」の冒頭部分にあられる。シュリーマンは既に1870年にヒッサリクの丘を発掘していた。ホメロスの言うトロイアが考古学的に確定したのはこの対面の4年後1890年だ。
  30. ドロテア通り Dorotheergasse 国立歌劇場の北側約250m。ブラームスの遺骸を載せた葬列がここのエヴァンゲリスト教会に寄って合唱礼拝をした。カールスガッセの自宅から楽友協会を経て、国立歌劇場を付近を通って立ち寄ったと思われる。埋葬の地中央墓地は市街地から南東に約8kmのところだから、この教会を出て引き返す形になる。
  31. ナガサキ レーメニの公演先。もちろん日本。
  32. ナッサウ Nassau コブレンツの東約15km。ライン川支流のラーン川の作る渓谷沿いの街。ユリウス・オットー・グリムの手紙に現れる。
  33. ナポリ Napoli イタリア旅行で訪れた。
  34. ニーセン Niesen スイス・トゥーンのほぼ真南約10kmにある標高2362mの山。ヴィトマンによればブラームスはこの山に登ったことが判る。
  35. ニーデルバット Nidelbad スイス・チューリヒの南約20km。チューリヒ湖南岸だと思われる。
  36. ニューヨーク Newyork 申すまでも無く米国。1855年11月27日ピアノ三重奏曲第1番初版の初演をした栄誉はこの大都会にある。
  37. ニュルンベルク Nurnbergワーグナーの楽劇のタイトルの中にのみ現れる。
  38. ヌスドルフ Nussdorf ウィーン市街から北西へ6km。ホイベルガーとハイキングに訪れた。
  39. ネノヴィッツ スペル不詳。チェコ・モラヴィア地方の街。親友カール・ゴルトマルクの生地。
  40. ノイバウガッセ Neubaugasse ウィーン市内のブラームスの通ったレストラン「金の鐘亭」のあったところ。レルヒェンフェルター通りとマリアヒルフ通りを結んで南北に走る道のうちリンクから数えて4本目の通り。
  41. ノイバルデック Neuwardegg ウィーン市外から西へ8km。ホイベルガーとハイキングで訪れた。
  42. ノイベルク Neuberg オーストリア・ミュルツシュラークの北西約10km。ここの村祭りに出かけたブラームスの様子をフェリンガーが証言している。1885年の夏だ。
  43. ノイマルクト Neumarkt ライプチヒゲヴァントハウスとトマス教会の中間あたり、つまり旧市街の中央を南北に貫く通り。ゲヴァントハウス北辺とトマス教会北辺を結ぶ通りとの交点あたりにクララが生まれた頃ヴィーク家があったとされる。
  44. ノヴァラガッセ Novaragasse プラーター広場とターボルシュトラーセを結ぶ通り。1862年9月初めてウィーン進出を果たしたブラームスの最初の住居はここの39番地だ。プラーター広場に10歩の位置だと手紙で伝えている。

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コメント

<魔女見習い様

おおお。確かに。

「ブラームスの生涯」というデータベースですが、時間でソートすれば年表、人名でソートすれば人名索引、作品でソートすれば作品一覧です。

私はマッコークルも未着手の地名でソートを試みたというわけです。

地名リストだけで、ブラームスの一生をたどることができそうですね。

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