ブラームス神社

  • 道中安全祈願

おみくじ

  • テンプレート改訂しました

独逸日記

  • ドイツ鉄道博物館のおみやげ
    2012年3月28日から4月4日まで、次女の高校オケのドイツ公演を長男と追いかけた珍道中の記録。厳選写真で振り返る。

ビアライゼ

  • Schlenkerla
    自分で買い求めて賞味したビールの写真。ドイツとオーストリアの製品だけを厳選して掲載する。

カテゴリー

« 鉄道の罪 | トップページ | ブラ6 »

2008年11月27日 (木)

ブランデンブルク協奏曲

「ブランデンブルク協奏曲」はバッハ器楽曲の代表作だが、このネーミングにバッハ本人は関与していない。ブランデンブルク辺境伯に献呈されたためにこう呼ばれているに過ぎない。1873年に高名なバッハ研究家フィリップ・シュピッタが命名したという。この人ライプチヒ・バッハ協会設立の立役者だ。約100年忘れられていたバッハは、このロマン派の時期になって鮮やかにリバイバルを果たす。メンデルスゾーンによる「マタイ受難曲」の再演とともにバッハ復興の象徴となる出来事だ。同協会によるバッハ全集をブラームスも収集していた。

何のことはない。このシュピッタという人物はブラームスのお友達だ。現在でもバッハ関係の書物をめくっているとしばしば名前の出てくる超一流の研究家である。

少年時代のマルクセンといいシュピッタといいバッハネタをキチンと提供してくれる人が回りにいたのだ。

学生時代、始めて取り組んだバッハの作品がこのブランデンブルク協奏曲第5番だった。もちろんヴィオラのパートだ。この曲編成が風変わりだ。ヴァイオリンが一部なのだ。これには実に現実的な意味がある。バッハが作曲した当時、ケーテンの宮廷楽団では、バッハ本人がヴィオラだった。ところがこのブランデンブルク協奏曲の第5番には独奏チェンバロがある。独奏者はもちろんバッハ自身だからヴィオラがいなくなってしまう。仕方なく第二ヴァイオリン奏者がヴィオラに回ったために、ヴァイオリンが一部になってしまったという。このタコ足的対応にはほほえましいものがある。

バッハは自分が弾かないヴィオラパートもちゃんと面白く書いてある。

« 鉄道の罪 | トップページ | ブラ6 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ブランデンブルク協奏曲:

« 鉄道の罪 | トップページ | ブラ6 »

フォト

ブラームスの辞書写真集

  • Img_0012
    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
2019年6月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ