ジャンル内独立
11月13日の記事「調の名で呼ぶ習慣」の続きである。というよりもむしろこちらが本題だ。作品を呼ぶ際の個体識別に「ジャンル名と調の名」がセットで用いられていると書いた。
ブラームスの器楽曲でも同一ジャンルに複数作品が存在しているが、標題音楽から距離を置いていたため、それらが標題もなく雑魚寝している感じがする。実は「交響曲」などのジャンル名に調名を添える言い回しをブラームスが強く意識していた形跡がある。曲種別に第1楽章冒頭の調性をリストアップした。
<ソナタ>
- ピアノソナタ第1番ハ長調
- ピアノソナタ第2番嬰ヘ短調
- ピアノソナタ第3番ヘ短調
- チェロソナタ第1番ホ短調
- ヴァイオリンソナタ第1番ト長調
- チェロソナタ第2番ヘ長調
- ヴァイオリンソナタ第2番イ長調
- ヴァイオリンソナタ第3番ニ短調
- クラリネットソナタ第1番ヘ短調
- クラリネットソナタ第2番変ホ長調
<トリオ>
- ピアノ三重奏曲第1番ロ長調
- ホルン三重奏曲変ホ長調
- ピアノ三重奏曲第2番ハ長調
- ピアノ三重奏曲第3番ハ短調
- クラリネット三重奏曲イ短調
<カルテット>
- ピアノ四重奏曲第1番ト短調
- ピアノ四重奏曲第2番イ長調
- 弦楽四重奏曲第1番ハ短調
- 弦楽四重奏曲第2番イ短調
- ピアノ四重奏曲第3番ハ短調
- 弦楽四重奏曲第3番変ロ長調
<クインテット>
- ピアノ五重奏曲ヘ短調
- 弦楽五重奏曲第1番ヘ長調
- 弦楽五重奏曲第2番ト長調
- クラリネット五重奏曲ロ短調
<ゼクステット>
- 弦楽六重奏曲第1番変ロ長調
- 弦楽六重奏曲第2番ト長調
<セレナーデ>
- 管弦楽のためのセレナーデ第1番ニ長調
- 管弦楽のためのセレナーデ第2番イ長調
<交響曲>
- 交響曲第1番ハ短調
- 交響曲第2番ニ長調
- 交響曲第3番ヘ長調
- 交響曲第4番ホ短調
<協奏曲>
- ピアノ協奏曲第1番ニ短調
- ヴァイオリン協奏曲ニ長調
- ピアノ協奏曲第2番変ロ長調
- ヴァイオリンとチェロのための協奏曲イ短調
見ての通り、「曲種名+調性名」で作品の特定が出来ないのは赤文字で記した「ヘ短調ソナタ」と「ハ短調カルテット」の2種しかない。この2種にしてもシューマンの助力の甲斐あって若い頃から大出版社から作品が刊行されていたブラームスは生前からキチンとした作品番号を体系的に付与出来ていたから極端な不便は感じない。「ヘ短調ソナタ」は「ピアノソナタ」「クラリネットソナタ」と通称されることを考えると実用上の差し障りはない。この2例の他は、カプリチオやインテルメッツォなどのピアノ小品を例外として全て「曲種名+調性名」で作品が特定出来ることになる。
「ハ短調カルテット」は悩ましい。偶然にもこの2曲、作曲の着手から出版までにかなり時間を要した作品である。このあたりの調性選択あるいはネーミングに悩んで時間がかかったのかもしれない。ピアノ四重奏曲第3番は当初ハ短調ではなく、「嬰ハ短調」であったという言い伝えが重要な意味を持ってくるように思われる。
さらに真贋論争のあるイ長調の三重奏曲は、他の三重奏曲にイ長調が無いのでひとまず合格といえる。あるいは「2台のピアノのためのソナタ」ヘ短調が、最終的にはピアノ五重奏曲という形態に落ち着いたのは「ソナタヘ短調」のままだと作品5のピアノソナタと重複することにも起因しているかもしれない。
ブラームスが自作の調を選択するに際して、このあたりの事情を考慮していた可能性は否定できまい。偶然だとすると出来過ぎている。
コメント