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2008年12月26日 (金)

ブラームス派

19世紀後半のドイツ・オーストリア圏において、音楽界を2分する論争があったことは広く知られている。

2つの相反する考え方が自説を主張しつつ、相手を攻撃したのだ。マーラーあるいはシェーンベルグなどの世代まで下ってしまうと、ほとんど意味のない論争になったとの指摘もあるが、当時は真剣だったらしい。

これらの陣営それぞれに名前がつけられている。この名前の内の片方が「ブラームス派」だという訳た。ブラームスが「ボクに味方する人よっといで」とやった訳ではないのだが、なんとなくワーグナー派と拮抗する勢力に名付けられてしまったということだ。

後世の研究家愛好家を含めてこの論争を傍観する人々にとっては、両陣営に名前が付いていた方が何かと盛り上がるのだ。ウイーンに限定するならワーグナー派をブルックナー派と言い換える向きもある。つまり便宜上の言い回しである。

ブラームスは機関誌を作って意見を述べたりなんかしていないし、パーティー券を売りさばいたりもしていない。論争の存在自体を認識はしていたと思うが、自分が片方の陣営の首領であるという自覚があったかどうか疑わしい。

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