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    2012年3月28日から4月4日まで、次女の高校オケのドイツ公演を長男と追いかけた珍道中の記録。厳選写真で振り返る。

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    自分で買い求めて賞味したビールの写真。ドイツとオーストリアの製品だけを厳選して掲載する。

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2009年2月28日 (土)

いやはや何ともお宝

本年2月5日の記事「ホルンのエチュード」でブラームスが作ったトランペットまたはホルンのための教則本があると書いた。

何とその楽譜を見つけてしまった。3570円を即買いである。

先日出かけたNTCのトロンボーンアンサンブルに刺激されて次女のためにトロンボーンの手頃なピースが無いものかと楽譜ショップをうろついていた。チラリと「ブラームス」の文字が目に飛び込んできた。「さては」とばかりにすぐ脳内が酸っぱい液で満たされた。トロンボーンの棚の1つ上のそのあたりはトランペットの棚だったからだ。咳き込むようにほじくり出すとやっぱり例のあれだった。

マッコークルは何とも律儀で、「怪しげ」としているこの曲についてもちゃんと譜例を載せている。12のエチュード全てについて冒頭の譜面が引用されている。親切と言えば親切だが、この小出しは身体に悪いとかねがね思っていた。

が、とうとうその全貌を入手することが出来た。

英語で書かれた序文を読む限り、ブラームスの父の所属する楽団仲間のあまり上手とは言えないトランペット吹きのためにブラームスが書いたことになっている。この状況は1840年代後半の成立とするマッコークルの推定と矛盾しない。万が一真作ならU-17のブラームスによる作品で、op4のスケルツォを現存最古の真作とする立場にも影響があろう。

ダイナミクスやアーティキュレーションの用語もところどころにあるので、色めきだったがそれらは校訂者が後からつけたようだ。Max Zimolongというホルン奏者で、ベルリンフィルやドレスデン国立歌劇場管弦楽団での経歴があるらしい。マッコークルはあくまでも「怪しげ」という立場だが、楽譜の出版元はハンブルクのSikorski社だけにもしやという期待も膨らむ。

金管楽器の知識が無いので、どのような効果があるのか楽譜を見ただけでは判らないがお宝だ。

CDでもありはせぬかと思いは膨らむ。

2009年2月27日 (金)

チャンポン

一般には複数の種類のお酒を飲むこと。「ビールと日本酒」「ウイスキーと焼酎」「ワインと老酒」など組み合わせは多彩だ。これをやると悪酔いするとも二日酔いするとも言われているが、「種類が複数」であることよりも結局量が進むということが原因と思われる。悪酔いをチャンポンのせいにする人に限って得てして量が行き過ぎているものだ。

ブラームス作品の楽譜上にはイタリア語、ドイツ語が現われる。主体はイタリア語だ。ドイツ語の出現は限定的な状況下に限られる。一つの語句の中にイタリア語とドイツ語を混在させている例、つまり「チャンポン状態」がたった一度だけ出現する。「領主フォン・ファルケンシュタインの歌」op43-4冒頭の「Allegro zehr kraftig(aはウムラウト)」だ。「速く非常に力強く」というほどの意味だ。マッコークルにもちゃんと載っている。我が家のドーヴァー版の楽譜では、「zehr kraftig」の部分のフォントがわずかに小さくなっている。チャンポン状態であることを憚った結果かもしれない。

イタリア語ばかりの語句に、ドイツ語ばかりの語句が併記されているケースは他にもあるが、単一の語句内がイタリア語とドイツ語に割れているのはここだけだ。

理由は全くわからない。お手上げだ。

まさかワインとビールで二日酔いだったからというオチではないと思うが。

2009年2月26日 (木)

社交の小道具

今ほどタバコに対する世の中の逆風が強くなかった時代。タバコは紳士の社交の道具だった。紳士どうしの初対面の場で、名刺交換代わりにタバコを薦めあうのだ。

2005年に中国に出張した際にも感じた。名刺交換が終わると本論に入る前に「まあまあ」とばかりにタバコを薦めあうのだ。普段は吸わないのにこの風習のためにタバコを持ち歩いているという人もいるという。この場面で品質の良い日本産のタバコを薦めるとことでその場の雰囲気が格段に良くなった経験が一度や二度ではない。

音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」全3巻にもタバコに関する逸話がたびたび現れる。中でも愉快なのが英国の指揮者のチャールズ・スタンフォードだ。ブラームスとの初対面の回想シーンである。ブラームスのきつい皮肉を、タバコにひっかけたジョーク一発で鮮やかに切り抜ける。2人は腹を抱えての大爆笑となり、この一件で完全に打ち解けることが出来たという。

ブラームス唯一の弟子イエンナーは、初対面で薦められた上等の葉巻は、その後ついぞ口にすることが出来なかったと嘆く。

1862年ウィーンに進出したブラームスだが、翌年の秋にジンクアカデミーの指揮者に就任するまでは無職だった。その間なかば居候状態だったのがリストの弟子タウジヒの家だ。ブラームスが本格的に葉巻を吸ったのはおそらくこの頃だと思われる。

2009年2月25日 (水)

とてもかなわない

作品番号72-4を背負ったブラームスの歌曲のタイトルだ。

この作品のイントロはスカルラッティのソナタニ長調K223から借用になっている。楽譜の出版にあたって、この借用をスマートに示す良い方法はないかと、友人のヘンシェルに相談している。我が家の楽譜には作品冒頭の当該部分に「D.Scarlatti」と添えられている。

さてさて、その引用元のソナタニ長調のCDをとうとう入手した。ずっと気にかけていたがやっとという感じだ。ピアノ版では趣が薄いのでチェンバロ版をなどというわがままを言っていたせいもあるが手こずった。そもそもスカルラッティのソナタ集というアルバムは、かなりの数が出ているのだが、このソナタはちっとも収録されていないのだ。今回入手したのも全集の一部として発売されていたものだ。3枚組で1200円少々だから全く文句は言えない。

スカルラッティのソナタを録音しようかというピアニストやチェンバリストのチョイスには入ってきにくい作品なのだろう。ところが先の友人への相談の中で、ブラームスは「スカルラッティのカッコいいソナタ」と言っている。

実際に聴くとキリリと引き締まった佳品だ。本当にそっくり取り入れたということがよくわかる。

2009年2月24日 (火)

アリア

「Aria」と綴られる。オペラなどの声楽曲にあって、叙情的旋律的な独唱曲のことだ。転じて旋律的な器楽曲にもタイトリングされる。バッハ管弦楽組曲第2番の中、人呼んで「G線上のアリア」はその代表だ。あるいは不滅の変奏曲「ゴールドベルグ変奏曲」の冒頭も「アリア」とされている。

生涯オペラを書かなかったブラームスには縁のない言葉だと思いきや、「ヘンデルの主題による変奏曲」の主題が「Aria」と記されている。英語形の「Air」となっている楽譜もある。

原曲はヘンデル作の、クラヴィーア組曲第2巻の第1番変ロ長調HWV434の主題である。タイトルは「Aria con variazioni」となっている。つまりヘンデルのオリジナルも「主題と変奏」になっているのだ。実際にCDを聴いてみると、ブラームスは主題提示において完全に原曲を再現していることがわかる。時はロマン派真っ只中。その時代にヘンデルから主題を拝借して平然と変奏曲を書いてしまうブラームスは、やっぱり浮いていたんだと思う。

曲を聴いたワーグナーの感想は名高い。「古い形式でも取り扱いを心得た人にかかると生き生きと蘇らせることが出来る」

額面通りに受け取るのは無邪気が過ぎるかもしれない。強烈な皮肉である可能性をいつも心に留めている。

2009年2月23日 (月)

花の1685年組

1685年2月23日つまり324年前の今日、ドイツはハレでゲオルグ・フリードリヒ・ヘンデルが生まれた。バッハは同年3月21日アイゼナハで生まれているから、2人は同い年ということになる。日本風に言う学年も同じだ。

ブラームスのバッハへの傾倒はブログ「ブラームスの辞書」でもさんざん言及した。カテゴリー「65 バッハ」に集約されている。

本日話題のヘンデルもブラームスに因縁がある。作品24を背負う巨大な変奏曲のテーマをブラームスに供給したのがヘンデルその人である。バッハとならぶバロック期の巨匠に対してブラームスも相応の敬意を払っていた。ヘンデル研究の第一人者クリュサンダーとブラームスの交友は有名だ。このクリュサンダー編による「ヘンデル全集」の全巻を予約している。

実はブラームスが贔屓にしていた作曲家の中にもう一人1685年生まれがいる。10月26日にイタイア・ナポリで生まれたドメニコ・スカルラッティだ。残念ながらバッハやヘンデルと学年は違う。

作品72-5の歌曲「とてもかなわない」は冒頭にスカルラッティのテーマが引用される。古楽譜収集家ブラームスの自慢のコレクションの一つにスカルラッティのソナタの初版本が含まれている。さらにピアノレッスンの教材としてスカルラッティのソナタをしばしば選んでいる。

ブラームスはざっと150年先輩の1685年組への敬意を片時も忘れず、自らの創作にいきいきと取り入れていた。

2009年2月22日 (日)

ヘビースモーカー

友人知人の証言を総合すると、ブラームスは相当なヘビースモーカーだったらしい。彼の愛用は葉巻だ。刺激の強い品種をかなりな頻度で楽しんでいたそうだ。

クララ・シューマンとくわえたばこで連弾したという仰天するようなエピソードもある。高音部を担当するときだけクララが承諾したらしい。クララが認めたのなら私ごときがあれこれ申し上げる訳には行くまい。たばこの煙は楽器にとっても大敵だと聞いている。ピアノが心配だ。またブラームスに貸した楽譜が戻ってきたらタバコの匂いが染みついていたと証言する女性ピアニストもいた。その証言には不快感は示されておらず、かえってブラームスに貸したという実感が湧くといったニュアンスになっている。

男性同士の気を許した集まりでの喫煙振りはかなりなものであったブラームスだが、女性が同席すると、許可を貰うまではけっしてタバコに火をつけなかったという証言もある。タバコより女性が大切なのだ。

1896年死に至る病に倒れたブラームスに、各方面から見舞いが届く。マイニンゲン侯爵から届いたのはトルコ製の上等の葉巻だったという。これは不謹慎ではなく、最上級の見舞いの意思表示である。

2009年2月21日 (土)

NTC

本日次女と演奏会にでかけた。

アマチュアのトロンボーンアンサンブルだ。西千葉トロンボーンクラブ、略してNTCだ。わが母校オケの現役とOBOGで構成されてる。本日はその28回目の定期演奏会だった。このグループの結成は1980年だから私が大学3年に在学中のことだ。最初の演奏会は1982年で、そこからずっと活動が続いているという。

私はヴィオラだったから彼らの演奏会に出かけたことが無かった。次女がブラスバンドでトロンボーンを始めたことがキッカケで何かトロンボーンの演奏会に連れて行こうと考えていて思い出したというわけだ。

私の大学オーケストラデビューのブラ2で第一トロンボーンを吹いた先輩が聴きにきていた。亡き妻と同期のトロンボーン吹きもいた。何よりも懐かしかったのは、そのアンサンブルの指導をしている先生だ。私の在籍当時から金管楽器のトレーナーだった。

あれは1981年の夏。第50回定期演奏会のために、マーラーの第五交響曲に挑んだ夏だった。団長として迎えた夏合宿、私は最終日のコンパの出し物で「ゴルゴ13」に扮するために坊主頭にして参加した。先生は、合宿冒頭に「団長(私のこと)も、ほれこの通り頭を丸めて気合を見せてくれているのだから、みんなでがんばろう」とおっしゃった。あの一言のおかげで4ヶ月乗り切れたようなものだ。

素晴らしい演奏会だった。28年間連綿と続くトロンボーンの伝統に触れる思いだ。出演したのは全て私や妻の後輩だ。そして娘は身を乗り出したまま身じろぎもせず聴き入っていた。終演後、アンケートに答えた。

娘は「最初の和音で鳥肌が立ちました」と書いた。

それを読んで私も鳥肌が立った。

演奏された曲にブラームスの作品は無かったけれど、これだけで十分連れてきた甲斐があった。

ありがとうNTC。

2009年2月20日 (金)

お膳立て

下準備のことだ。大事の前の支度である。

ベートーヴェンは、「歓喜の歌」の提示にあたり入念にお膳立てをした。交響曲第9番ニ短調の話だ。何しろ先行する3つの楽章のテーマを小出しにしては、チェロのレチタティーボで律儀に一つ一つ否定するのだ。せっかく時間をかけ自ら積み上げてきた先行楽章を否定するのだから並大抵ではない。3つ否定してしまい万策尽きたところで、歓喜の歌の断片が出る。さっきまで否定していたチェロが今度は肯定する。やがて歓喜の歌が地の底からわき上がる。

しかしこれでもまだお膳立てが終わらない。バリトン独唱が「おお友よ、これらの調べではない」と歌いだす。恐らくこれが交響曲で用いれらた史上初の人の声だ。この部分はシラーのテキストではない。ベートーヴェンの自作だ。チェロのレチタティーヴォでまだ足りぬとばかりに飛び出すバリトンだ。

歓喜の歌に対するお膳立ての厚みは尋常ではないのだ。交響曲にはじめて人の声を導入するための大義名分を唱えているかのようだ。人の声を入れねばならぬ必然性の構築とも言い換えうる。

ブラームスにも歓喜の歌がある。ベートーヴェンとの類似を数え切れぬくらい指摘されてきた第1交響曲の終楽章の主題だ。ブラームスだって歓喜の歌を出すためにお膳立てをした。交響曲の終楽章に序奏を置くのはこの第1交響曲だけだ。全ソナタに範囲を広げてもピアノ五重奏曲とピアノソナタ第2番が加わるだけだ。ブラームスのお膳立てはと申せば、もっとパーソナルだ。クララ・シューマンの誕生祝いにと歌詞をつけて贈った旋律を持ってくる。第4楽章30小節目至宝「Piu Andante」だ。クララに贈った時には歌詞がついていたことがポイントだ。ここ第1交響曲の急所に転用するにあたっては、歌詞が抜き取られている。全能のホルンに割り当てて、満を持したトロンボーンの世界遺産級コラールを続けるだけで十分と考えた。

ベートーヴェンのお膳立ては「交響曲に人の声を入れるため」であるのに対して、ブラームスのお膳立ては「交響曲から人の声を抜くため」のお膳立てだ。だからこそ、このフィナーレ第4楽章の主題は、凡庸な耳にもベートーヴェンとの類似を感じさせる必要があったのだ。周囲からそれを指摘されたブラームスのぶっきらぼうな反応はきっとそのためだ。

2009年2月19日 (木)

論争の原点

19世紀欧州の楽壇で論争があったことはよく知られている。ブラームス、ワーグナーの両陣営に分かれて活発な論争があったのだ。もちろん両者のうちのどちらが優れているかという議論は不毛だ。夕食のメニューにハンバーグとカレーライスのどちらが優れているかの議論のようなものだろうが、当時は真剣だったのだ。

奇妙なことにこの両者はベートーヴェンを信奉するという点においては共通している。「ベートーヴェン大好き」から湧き出た両者なのに、結果としては論争対立という図式を描き続けたのだ。

ベートーヴェンの最後の交響曲がある。「第九」と通称される交響曲ニ短調のことだ。ワーグナーはこの終楽章に合唱が導入されたことを指して、「ほら、器楽はやっぱし言葉の助けがないと主張出来ないのだ。ベートーヴェンも認めているではないか」という具合である。

一方のブラームスは、「でも、ほらやっぱり合唱なんか入れなくてもちゃんと交響曲が書けますよ」とばかりに第一交響曲を書く。だから終楽章の主題を第九交響曲のフィナーレを飾る「歓喜の歌」と似せているのだ。聴き手にベートーヴェンの第九交響曲を想起させながら、頑として声楽を排除したことに意味があるのだ。もちろんブラームスは管弦楽と合唱の融合した曲が書けない訳ではない。それどころかブラームスはまさにその「管弦楽付き合唱曲」である「ドイツレクイエム」で世に出たのだ。

あのドイツレクイエムのブラームスが、意図的に第九に似せた交響曲にさえ声楽を用いていないことがポイントなのだ。

2009年2月18日 (水)

暗譜安の初見高

「あんぷやすのしょけんだか」と読んで欲しい。どうもこれが次女の癖だ。

ヴァイオリンを一緒に練習していても感じるが、どうも次女は初見が利かない。レッスンで新しい課題が出るともじもじとしてなかなか先に進まない。臨時記号はもちろん弓のアップダウンなど音の高さ以外にも同時に読み取るべき情報は多いが、思うに任せない。あちら立てればこちらが立たずという具合に、複数の情報を同時に処理出来ない感じだ。音符配置を呑み込むまで時間がかかる。この感覚は理解出来る。大学1年でヴィオラ初心者だった私も極端に初見が苦手だった。

ところが、初見苦手で立ち上がる次女のレッスンなのだが、暗譜は得意と胸を張る。これはヴァイオリンでもトロンボーンでも同じらしい。初見が苦手という自覚があるから、一生懸命練習しているうちにいつも暗譜してしまうらしい。「暗譜なら誰にも負けない」と言っている。おおお。

初見はある程度利いた方がいいと思うから、少し初見の練習もしようと思うが、それと引き替えに暗譜力が落ちてこないように注意しなければなるまい。

20世紀初頭を飾る大ヴァイオリニスト、フリッツ・クライスラーは、ウィーン・フィルへの入団を希望したが、「初見の能力」に疑問符がついたために許可されなかったという。

2009年2月17日 (火)

リートの競作

同一のテキストに複数の作曲家が曲を付ける場合がある。無名の作曲家のものは探しようもないが、一部の有名作曲家とブラームスが同じテキストを共有しているケースをリストアップしてみた。

  1. WoO31-6「野ばら」/シューベルト、ウェルナー
  2. op3-3「異郷で」/シューマンop39-1
  3. op6-1「スペインの歌」/ウォルフ「私の髪のかげで」
  4. op19-5「エオリアンのハープに寄せて」/ヴォルフ
  5. op43-2「五月の夜」/シューベルトD194
  6. op47-5「恋する女の手紙」/シューベルトD673、メンデルスゾーンop86-3
  7. op48-5「涙に濡れた慰め」/シューベルトD120
  8. op59-1「夕靄はたちこめて」/オットマール・シェックop19a-2
  9. op71-5「恋歌」/シューベルトD429、メンデルスゾーンop8-1

きっと、まだあると思う。

2009年2月16日 (月)

かする

物と物が衝突する場合、「ぶつかる」と表現される。ぶつかった結果、当事者が壊れることもある。これに対して本日のお題「かする」は、接触はあるものの、両者はさしたるダメージを受けないというニュアンスだ。日本語は難しくかつ繊細だ。これが「かすめる」となると両者は接触しないというイメージになる。ごく近くを通過しながら接触は無かったという感じだ。

転じて旋律や和声の動きを言葉で表す試みの中で「ぶつかる」「かする」「かすめる」が、しばしば用いられる。

半音関係の音は「ぶつかる」と形容される。

ブラームスの作品を論じる際「かする」「かすめる」は旋律の流れや和声の移ろいを表現する時に重用されている。長調の旋律の中で一瞬短調が仄めかされた場合「かする」「かすめる」と形容される。あるいはその逆、短調の中に一瞬差し込む長調の光の形容だ。

弦楽六重奏曲第1番第1楽章17小節目のDにフラットが忍びよるとき、あるいはピアノ四重奏曲第3番第3楽章冒頭小節の3拍目のCisに寄り添うナチュラルだ。第1交響曲第2楽章の2小節目ホルンのGにも心動かされる。

無論こうした「かする」「かすめる」の実例を「ブラームスの辞書」でも拾いきれてはいない。いくらでも思いつくのだからきりがない。

何よりも大切なのは、こうした場所は大抵ブラームス節の急所になっているということだ。

2009年2月15日 (日)

鋭い質問

受け手の側からの切れ味のいい質問によって、授業や講義の内容がレベルアップすることがある。教師によっては「良い質問だ」と前置きしてから答え始める人も多い。話の核心を深々と貫く質問は、しばしば教師を能弁にさせる。

1859年2月15日付けだから150年前の今日の手紙で、ブラームスは当時のバッハ研究の大家モーリッツ・ハウプトマン(1792~1868)に質問を試みた。ハウプトマンはのちにトマス教会のカントルをつとめる程の大物だ。シュピッタより少し前の世代の重鎮である。

バッハの受難曲またはカンタータの演奏上、通奏低音にオルガンとチェンバロのどちらを採用すべきかについての見解を求めたのだ。実はこの問題、現在もなお議論が続き、決定的な結論に到達していない難問なのだ。鋭い質問である。シュピッタやハウプトマン等、当時の指導的な学者たちは、「教会=オルガン」という刷り込みがよほど強烈だったと見えてチェンバロの参加には否定的だったという。最新のバッハ研究によれば、受難曲やカンタータの演奏にチェンバロが参加していた可能性を示唆する証拠が少なからず指摘されている。まだ判らぬ事も多いがチェンバロの参加を、無下には否定できないというのが最近の見解だそうだ。

こういう質問をした事自体ブラームスがカンタータや受難曲演奏でのチェンバロの参加の可能性を感じていた証拠だと思われる。いわゆるバッハルネサンス真っ只中とはいえ、通奏低音をピアノが受け持つ演奏も頻発していた時代背景を考えると、弱冠26歳のブラームスから発せられたこの質問の意味は重い。ブラームスはピアノによる通奏低音なんぞハナっから想定していなかった可能性もある。

一方この質問自体の鋭さもさることながら、そのタイミングもなかなかシャープである。毎年9月から12月までの3ヶ月限定のデトモルト宮廷勤務の最後の年だ。つまり前年の12月まで勤め、秋までブランクという時期なのだ。1859年9月からの勤務に備えた情報収集と見てよさそうだ。デトモルト在勤中にカンタータ4番を取り上げたことは有名だ。

この質問のわずか3週間前、1859年1月22日はピアノ協奏曲第1番の初演だ。その5日後のライプチヒでは辛酸を舐めた。クララは気丈だったが、ブラームスには落胆があったハズだ。そうした余韻さめやらぬ中、バッハ演奏についての実演に即した質問を発するとは驚きだ。ただちに「ピアノ協奏曲に対する逆風にも負けずに」という美談に仕立て上げるのには抵抗も感じるが、気には留めておきたい。

「鋭い記事だ」と言ってブラームスに誉められたい。

2009年2月14日 (土)

オフィーリアの歌

「Ophielia Lieder」とタイトリングされた5つの独唱歌曲である。1873年の作品だがブラームスの生前には出版されなかった。1933年にガイリンガーの手により陽の目を見た。

テキストはかの名高いシェークスピアの「ハムレット」である。オフィーリアは主人公ハムレットの恋人の名だ。

テキストの悲劇ぶりを反映して全体に陰鬱な響きに満ちているが、中央に位置する第3曲だけがト長調の明るい束の間を約束する。

何とこの第3曲は「聖ヴァレンタインの日」を歌っている。聖ヴァレンタインははるか昔の聖人の名で、恋人たちの守り神だという。

現代日本では中元歳暮に次ぐ第3の贈り物市場を形成するに至っている。

本日ヴァレンタインネタを発信するブログは少なくないと思うが、ブラームスにヴァレンタインネタがあったという話はそう多くあるまい。

2009年2月13日 (金)

愛の証

主人公が苦難を乗り越えてお姫様を救出する物語は数多い。大抵は救出後そのお姫様と結ばれるというオチになる。お姫様救出までの苦難の大きさは、主人公のお姫様に対する愛情の深さにすり替えられるのだ。お姫様は「こんな苦難にも諦めずに助けに来てくれてたのだから、私のことを深く愛してくれているのね」と思うのだ。シンプルな話である。

「魔笛」「スターウォーズ」「スーパーマリオ」もこの系統だ。

ブラームスにもある。作品33を背負ったブラームス唯一の連作歌曲集。「ティークのマゲローネのロマンス」だ。主人公ペーターは苦難の果てにマゲローネと結ばれるのだ。

我々一般庶民は、愛情の深さを一瞬で信じ込ませることが出来るほどの苦難に出会うことは無い。だから皆苦労するのだ。「愛の証」なんぞおいそれと見せることは出来ないのだ。今時ポンと見せられる方がよっぽど怪しいとも言える。ところが得てして男の方は数段単純で、チョコ1枚で「まんまと」というケースもあるらしい。

その点私は幸せだ。「ブラームスの辞書」は著書もブログもブラームスへの愛の証だと言える。私がどれだけブラームスが好きか、ある程度証明してくれるのだ。そういえば苦難もあった。2004年の夏は暑い中3ヶ月半もブラダス入力にかかりきりだった。

2009年2月12日 (木)

まくら

落語で使われる言葉。本題に入る前に、演じられる小さな話。会場の雰囲気になじませて、本題にスムーズに入れるようにする効果を狙っている。名人になるとここでの客の受けを本題に反映させることもあるらしい。全く本題と無関係の話題のこともあるが、少しだけ本題と関連のある話が振られる場合も少なくない。

古来、ソナタ楽章の主体の前に序奏を持つ曲は少なくない。マーラーの交響曲に見られる5楽章制は、第1楽章の序奏が肥大したものという解釈もある。ブラームスもソナタ形式の楽章のうちいくつかに序奏を与えている。

  1. ピアノソナタ第2番第4楽章
  2. ピアノ五重奏曲第4楽章
  3. 交響曲第1番第1楽章
  4. 交響曲第1番第4楽章

いわば第一主題に先立って「まくら」を振っていると解される。らしいと言えばらしいのだが、ブラームスの「まくら」の仕立てはじっくり練り上げて作られている。本編の簡単な予告編という性格が強い。特に第一交響曲はその典型である。主部が出来上がった後に、後から付け足されたことが確実視されている。本編にあう「まくら」をじっくり考えたということなのだ。

2009年2月11日 (水)

ドイツ史

ブラームスはなかなかの愛国者だった。普仏戦争に勝利してドイツ帝国が成立したことを大変喜んだ。不用意な発言が舌禍事件に発展したこともあるくらいだ。音楽史に君臨する巨匠ブラームスとは言え、彼の生涯もまた巨大なドイツ史の流れの一コマに過ぎない。

Oroboros」で目から鱗を落として以来ずっと考えていることがある。

日本人なら誰でも知っている歴史上の事件がいくつかある。「本能寺の変」「関ヶ原の戦い」「源平の争乱」などなどだ。これら歴史の事実に基づいた慣用句も多い。

同様にドイツ人なら誰でも知っているドイツ史上の出来事もきっとあるに違いない。ドイツ人同士の会話なら事前に断る必要も無い程の常識というのが必ずある。ブラームスもそれら常識を共有していたとすれば、彼の周辺で起きる事件や会話にもそれらが反映していると見るべきだ。

あるいは、日本語に相撲、囲碁、将棋、茶道、武道に基づく言い回しが定着しているように、その国の伝統文化に起因する慣用句がその国の言語に根付いていることは少なくない。それらを知らないために深刻な誤解を抱え込むことも周知の通りである。

ドイツ史の入門書でも買おうと思う。ドイツ史という背景の前にブラームスを置いてみたい。

2009年2月10日 (火)

点描法

美術用語。主に絵画において、線を用いずに点の集合で描写する技法のことだ。複数の色の点が密集して描かれると、元の点の色とは違った色として認識されるという人間の目の特性を利用しているのだ。テレビのブラウン管もこの原理らしい。

絵を見る距離が近過ぎると単なる点の羅列にしか見えないが、相応の距離を置いて鑑賞することで対象物が浮かび上がるという寸法だ。

ブログ「ブラームスの辞書」もある種の点描法を指向している。毎日公開される記事1個1個は、ブラームスの特定の一面を極端にクローズアップした記事に過ぎない。その記事だけを見てもブラームスの一面を切り取ったとさえ言えぬ代物だ。ところがチリも積もれば何とやらで、その記事を1000、2000と堆積させることによって、等身大のブラームスに何とか迫りたいと願うものだ。点一つ一つの出来をおろそかにせず、結果として得られる全体像にも心を砕きながら、日々画素数を上げているという訳だ。

本日この記事が開設以来1400本目だ。つまり1400画素である。

2009年2月 9日 (月)

共通の話題

子供が成長して来ると共通の話題に事欠くようになってくる。毎日帰宅すると3人の子供が入れ替わり立ち替わりまとわりついてきた頃が懐かしい。あの頃もっと遊んでおけば良かった。

幸い私は3人の子供と共通の話題を持つことには、かろうじで成功している。

長男との共通の話題は何と申してもサッカーだ。日本代表よりもJリーグだ。この季節順位予想にも熱が入る。それから雑学クイズにも何かと詳しい。これも共通の話題だ。オタクな問題を見つけてきては、「それでは問題」と不意打ちを仕掛けてくる。

続いて長女。困ったことに数学だ。受験勉強まっただ中で話題が見つけにくいところではあるが、数学の難問に遭遇した時自分から訊いて来る。私に似て数学が苦手なことが幸いしている。証明問題1つに親子揃ってウンウンと唸っている。やっとの思いで解けた時の喜びは格別だ。

次女。嬉しいことに共通の話題が音楽になりつつある。幼い頃から習っているヴァイオリンに続いてブラバンでトロンボーンを始めたことがその理由だ。音楽系の質問が増えて、それをキッカケに会話が弾むことが多い。ブラームスが共通の話題になることがあるとすれば、その相手は次女である可能性がもっとも高い。

2009年2月 8日 (日)

発想の転換

地球の表面の7割は水である。海と言い換えてもよい。人間のような陸生の生き物にとっては、海は未知の世界だ。一般に海はあくまでも隣の大陸や島への通路であり、生活の現場ではない。地球上最大のユーラシア大陸さえ海に浮かんでいると見えなくも無い。

地球は客観的に見れば海の惑星なのだと思う。

私はブラームスの作品の扉を第二交響曲が開け、その後管弦楽、室内楽、ピアノという具合にひたすら器楽作品に親しむことによってブラームスへの傾斜を深めてきた。たしかにその分野に優秀な作品を残していることは否定出来ないブラームスだが、「作品の数」に話を限定すると声楽曲の方が圧倒的に多い。本日の記事冒頭のたとえで言うなら、ブラームスの器楽曲を探訪するのは、声楽曲の海に点在する島を巡るようなものだ。たしかに作品76から作品81までは、連続して6作品器楽曲が続くし、作品98の第四交響曲の後は4曲連続して器楽曲だ。しかしこれらの「器楽列島状態」はむしろ例外である。第3交響曲の後は、第4交響曲の出現まで器楽曲は現れない。特に独唱歌曲は、ブラームスの創作人生全般に満遍なくばら撒かれて下地を形成している。

「ブラームスの辞書」の執筆の頃、意識的に声楽曲を聴くようになって、それが実感できた。残念ながら器楽曲に比べて声楽曲は相対的に無視されている。器楽曲だけに親しんでいた頃には判らなかった諸般の事情がうっすらと判りかけてきた。声楽曲の魅力に取り憑かれるようになって、器楽曲の隠れた一面に気付かされたことも少なくない。あのまま声楽曲の魅力に気付かずに一生を終えていたら取り返しのつかない損失だった。

もちろん「ブラームスの本質は歌曲である」とまでは断言しないが、やはり「海あっての陸地」「陸地あっての海」だと思う。

2009年2月 7日 (土)

言行不一致

言ってることとやってることが合わないこと。

大なり小なり誰にでもある。本音と建前の上手な使い分けは世の中遊泳には必要とも思われる。

かつてドイツの音楽界でワーグナー派とブラームス派に分かれて論争が起きていたことがある。相手の派閥の作品の初演を妨害したり、手厳しく論評したり、選挙戦さながらの様相を呈していたらしい。フーゴー・ヴォルフは、「アンチブラームス派」の急先鋒で、ブラームスの諸作品に対して激しい論調で攻撃したとされている。「ブラームスの交響曲全部と管弦楽曲全てを合わせても、リストの交響詩の中のシンバルの一撃の方が音楽性に満ちている」等々である。

ブラームスの伝記には多かれ少なかれこうした論争のことが書かれている。

ところがところがである。CDショップを徘徊していて掘り出し物をゲットした。ブラームスの合唱作品のホルン四重奏編曲のCDである。収録されているのは作品41の4つの男声合唱から1番2番3番と、作品44の12の女声合唱から2番と6番である。帰宅してさっそく聴いた。

クラリネット五重奏曲の例もあるので念のため申し添えるとホルン四重奏は、ホルン4本のアンサンブルだ。なかなか癖になる響きである。何かとホルン大好きなブラームスだから、ブラームスの音楽的志向に逆らっていない。合唱の各パートが忠実にホルンに差し替えられている。編曲の腕の見せ所というよりも、何もしないことに徹した辺りを評価せねばいけないのだろう。「感心感心」というノリで何気なく編曲者を見たら「ヴォルフ」とある。目を疑うとはこのことだ。

ブラームスの作品をコキおろしてきたヴォルフその人の編曲だったのか。よっぽどのブラームス好きでもあまり聴くことがない地味な合唱曲を、これまたホルン4本のアンサンブルに編曲するとは、玄人好みも甚だしい。自らの音楽性を世に問う野心作ではなかろうが、それにしてもである。はっきりって嫌いじゃ出来ないと思う。音楽史に残るべき言行不一致だ。

という具合に色めき立った。念のため英語の解説を必死に読んだ。何のことは無い。それは「Howard Wolf」という別人だった。ご丁寧にイニシャルまで一致している。ちゃんとジャケットにもフルネームで記載して欲しいものだ。一時はどうなることかと思った。

2009年2月 6日 (金)

歌手たちのブラームス度

クラシックの歌手たちはアルバムをリリースする際、選曲にどの程度自分の意見を反映させているのだろう。個人差はあろうと思うが、相当程度歌手本人の好みやセンスがアルバムの選曲に反映されていると想像する。ディレクターの意向やCD会社のマーケティング方針も加味されてはいるだろうが、本人の好みが無視されているとは思えない。

以上のことを前提にすると、世の中に存在するCDの選曲ぶりを分析すると歌手たちの「ブラームスのめり込み度」が浮き彫りになるのではないかと考えた。「ブラームス」の「めり込み度」ではなくて「のめり込み度」である。我が家にあるブラームス歌曲のCDを分析して以下のような基準を設定してみた。

  1. 「fff」:ブラームス歌曲全集を出している。
  2. 「ff」:ブラームス歌曲全集に参画している。
  3. 「f」:ブラームスの歌曲だけを集めたアルバムを出し、かつ選曲が意欲的個性的。
  4. 「mf」:ブラームスの歌曲だけを集めたアルバムを出している。
  5. 「mp」:ブラームス以外の歌曲と組み合わせてアルバムを出し、選曲が個性的。
  6. 「p」:ブラームス以外の歌曲と組み合わせてアルバムを出している。
  7. 「pp」:オムニバスの中でブラームスも取り上げている。
  8. 「ppp」:申し訳程度。

上記の通り8段階の評価基準である。最上級の「fff」はフィッシャーディースカウとアンドレアス・シュミットの2名だけである。デボラ・ポラスキ、ユリアーネ・バンセ、ディオン・ヴァン・デルワルトの3名が「ff」に相当する。

「f」になると数が多くなる。オッター、シュトッゥツマン、プライス、白井光子、ルミュー、ジェシー・ノーマン、アメリング、ポレ、カリッシュ、プライ、ホル、トレケルを数えることが出来る。

「f」と「mf」の差は選曲が意欲的個性的であるかどうかなので、私の独断が影響してしまう点難しいところだ。ブラームス歌曲だけを集めてCDを出していれば少なくとも評価は「mf」以上になる仕組みである。

ブラームス歌曲だけを集めたCDを出していないと評価は最高でも「mp」止まりになる。厳しいが当然である。

「mp」には、ナイドゥ、カサローヴァ、グルベローヴァ、ベイカー、ファン・ダムなどを想定している。「p」との差はこれまた「個性的かどうか」なので断言は難しい。「pp」や「ppp」になると実名を出すのは差し控えたい。「子守唄だけ」「レクイエムだけ」などとという歌手は残念ながらこの範疇である。念のために申し添えると、「ppp」は少なくとも1曲はブラームス歌曲をCDで残している歌手の最低評価なので、ブラームス歌曲を1曲も残していない歌手たちはさらにこの下になる。また、我が家にCDが無いだけで本当は出しているという歌手は不当に低い評価ということになる。

歌手たちがブラームスを好きかどうかもさることながら、ブラームスで飯を食おうと思っているかの個別の事情も反映していそうだ。

2009年2月 5日 (木)

ホルンのエチュード

ブラームスはホルンのための練習曲を書いている。「トランペットまたはホルンのための12の練習曲」だ。もちろん作品番号は付与されていない。マッコークルでは「疑わしい作品」の中に収められている。推定作曲年代は1840年代末期だから、だいたい15歳から17歳までの作だ。一応ブラームスの自己申告によればホルンもそこそこ吹けたことになっているので辻褄的にはかろうじてつながっている。

広く知られている通り、ブラームスはピアノのための練習曲を書いている。こちらにも作品番号は無いけれど、れっきとしたブラームスの真作と認められている。ピアノは言うまでも無く、ブラームスの楽器である。創作の初期から晩年に至るまでピアノ作品は主要な位置を占めているばかりか、管弦楽や室内楽の彼自身によるピアノ曲への編曲は頻繁に見られる。何よりも彼自身が相当なピアノの腕前の持ち主だった。だから、ピアノの練習曲を書くことはとても自然でさえある。

ホルンやトランペットでは、とてもピアノまでの位置付けは望むべくもない。けれども特にホルンにおいては、この教則本をブラームス作曲に非ずとして一笑に付すには忍びない位置付けにある。

ホルン三重奏曲を取り出すまでも無い。管弦楽作品の中でホルンに与えられた役割は、しばしば全オーケストラに冠たる位置付けと断言し得る。だからブラームスならホルンのエチュードくらい書いているかもしれないと愛好家の好奇心をくすぐるのだ。この作品をブラームス作と主張する偽作者が存在するとしたら、そうした一点をおさえていると言う意味で巧妙といわねばなるまい。

ヴィオラのエチュードでも発見されないものか。

2009年2月 4日 (水)

偶然の裏側

一見偶然に見えている事柄の裏に必然が横たわっていたということがままある。

偶然と思っているのは単に私の知識が足りていないだけということは、きっと多いのだろうと思う。「尾を咬む」はその劇的な一例だった。オロボロスが話し手と聞き手の間に共通理解として存在するからこそ、「尾を咬む」という比喩が生きてくる。どうやらドイツでは常識かもしれない。

マウリッツ・コルネリウス・エッシャーという人がいる。1898年オランダ生まれの版画家だ。騙し絵で名高いが普通の風景画もかなりのものだ。騙し絵の最高峰「物見の塔」「滝」にも匹敵するのが「ドラゴン」だ。蛇ならぬ竜が自らの尾を咬む構図になっている。さらにこの人の最後の作品は蛇がモチーフになっている。おそらくエッシャーもオロボロスを知っていたと考える方が自然だと思う。オランダでも浸透していたようだ。

さてショパン。「子犬のワルツ」という作品がある。ジョルジョ・サンドの飼い犬の動きを見て着想されたと言われている。その犬は自分の尾とじゃれあっていたらしい。まさか尾を咬むためではあるまいな。

「ブラームスの辞書」が「お叱り覚悟」と言い訳しながら延々と偶然を追い求めるのは、100個偶然を集めると1個必然がもらえるからだ。

昨日その1個をもらえた。

2009年2月 3日 (火)

Oroboros

ギリシャ語。多分「オロボロス」と読んで良いのだと思う。

本日の記事は昨日の記事「尾を咬む」の続編である。「尾を咬む」という言い回しがドイツ語に存在しやせぬかと思ったが違っていた。

蛇が自らの尾を咬むという図案または構図がギリシャ語で「Oroboros」と呼ばれているのだ。この図案には「循環」「再生」という意味がある。

疑問は氷解する。そしてこのことは一昨日の記事「ひそやかに月は昇りて」にも鮮やかに呼応する。

作品1を背負うピアノソナタのモチーフが、最晩年の2作品に用いられているというのは、まさに循環・再生という概念にピタリとはまる。作品121と作品122はクララ自身の死によって、出版前にクララに見せることが出来なかった。だからクラリネットソナタop120と「49のドイツ民謡集」はクララに見せたという意味では最後の作品と申して良い。

ブラームスはオロボロスを知っていた。そしておそらくクララもだろう。話の出し手と受け手双方がオロボロスを知っていてこそ「尾を咬む」という比喩が生きてくる。

実は今日の本論はここからだ。

私はオロボロスの話を関西在住の女性からご教授いただいた。彼女は現在「ブラームスの辞書」op97の持ち主でもある。本年初荷に相当する嬉しい注文を頂き、その後のやりとりからドイツ語がご専門ということが判った。失礼を顧みずドイツ語に「尾を咬む」という言い回しがあるのかお尋ねした。

インフルエンザで療養中にもかかわらず、あっという間の即答だった。ドイツ語に「尾を咬む」という慣用句ないし諺があるわけでもない。しかし「蛇が尾を咬むという図案」に「再生」「循環」の意味があるとご教示いただいた。一昨日、昨日そして本日の記事を公開に踏み切ることが出来たのは彼女のお陰である。面と向かっては言えないほどの感謝をこの記事に盛り込んだ。

欧州の知識人にとっては常識なのだと自分を納得させようとも試みたが、実は日本の知識人にとっても常識だったに違いない。

山ほどの感謝と喜び、そして軽い落胆。

2009年2月 2日 (月)

尾を咬む

最後に至って最初に戻る。

音楽作品にもその手は多い。ブルックナーではそれをしないと交響曲が終われないかのようにも見える。ブラームスにも終楽章の結尾で第1楽章の主題が回帰するケースが以下の通り存在する。

  1. 弦楽四重奏曲第3番
  2. 交響曲第3番
  3. クラリネット五重奏曲

さらにもっと後退してブラームス自身の創作活動全体を俯瞰する。ピアノソナタ第1番の緩徐楽章のテーマが、創作人生の末期に回想されることについては昨日の記事で述べた通りである。「49のドイツ民謡集」WoO33の終曲49番だ。

ブラームス自身この事実に言及して「尾を咬む」という比喩を用いている。あるいは、同じくピアノソナタ第1番の第2楽章54小節目とクラリネットソナタ第1番の冒頭にからんで「尾を咬む」の比喩が取り沙汰されることもあるようだ。

クラリネットソナタ第1番は120という作品番号を背負う。「49のドイツ民謡集」WoO33と同様に最晩年の作品である。これら最晩年の作品が、作品番号1のピアノソナタと主題的に関連があるというのは大変興味深い。いくらブラームスでも、作品1のピアノソナタの作曲時点で、創作人生の最末期におけるこのオチを想定してはおるまい。創作人生の終焉を自覚した中で湧いた構想だと思われる。作品1の選定に当たっては、あれこれと考えたハズだから、ちょっとした弾みで別の作品が作品1になっていた可能性もある。

作品1が仮にどんな作品になっていたとしても、そこに出現する主題を用いた作品を書くことなど朝飯前だろう。そのことを芸術上のパートナーであるクララに仄めかすために用いたのが「尾を咬む」という言い回しだった。

2009年2月 1日 (日)

ひそやかに月は昇りて

「49のドイツ民謡集」WoO33のラスト49番目の作品。この民謡集は7曲一組の構成になっていて、その7組目つまり43番から49番までの7曲が合唱用という位置づけだ。つまりこの「ひそやかに月は昇りて」も合唱が入る。現実にはソプラノ独唱と合唱だ。

この作品が「49のドイツ民謡集」の最後を飾っていることには深い感慨がある。1894年発表ということで実質上ブラームス最後の合唱曲なのだが、旋律はどこかで聴いた感じなのだ。それもそのはずブラームスの記念すべき作品1のピアノソナタ第1番の第2楽章そっくりそのままだ。こちら第2楽章には楽譜五線の下に歌詞が書かれ、クレッチマーとツッカルマリオの民謡集からの引用である旨明記されている。その原曲のありようを現実に示してくれているのがこの「ひそやかに月は昇りて」WoO33-49だ。ブラームスが創作生活の最後に放つ、処女作の種明かしであるかのようだ。

独唱が静かに先行し、合唱がそれを包むように和する書法が、ピアノソナタの側にもキッチリと表現されている。最後の合唱作品とピアノソナタ第一番op1第2楽章が、旋律的に繋がっている。

キーワードは循環と再生。

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    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
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