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2009年3月21日 (土)

アルノルト・シェーリング

タイトルを今一度ご覧いただきたい。間違いなく「アルノルト・シェーリング」であって作曲家「シェーンベルグ」の誤植ではない。

アルノルト・シェーリングArnord・Schering(1877~1941)は、シュピッタやブラームスの次の世代に属するバッハ研究の泰斗である。完成間もない「旧バッハ全集」をよりどころに、バッハ研究が内容を深めた時代だ。あらゆるバッハ研究は「バッハ年鑑」の誌上で発表評価された。そのバッハ年鑑の編集主幹を勤めたのが本日話題のアルノルト・シェーリングである。

この人の経歴を調べていて驚いた。ヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒムの高弟であるという。ヨアヒムは当代きってのヴァイオリニスト、作曲家で、申すまでも無くヨハネス・ブラームスの親友だ。演奏者としての名声と同じくらい教育者として有名だ。その門下にはキラ星のごとく名人の名前が並ぶ。孫弟子ひ孫弟子まで加えればそれだけで1冊の本が書けるという。そうしたヨアヒム門下にあって将来を嘱望されるということがどれほどのモノかご想像願いたい。ヴァイオリニスト・シェーリングの腕前がよっぽどだったことは疑い得ない。

ところが彼は、ヴァイオリニストの道を選ばず、研究者の道をひた走ることになる。やがてライプチヒ、ハレ、ベルリンで教鞭をとった彼の門下からは某幻の指揮者も輩出している。

ヨアヒム自身のバッハへの傾倒を思うとき、シェーリングの輩出を偶然とみなすことは出来ない。ドイツ音楽とりわけバッハ研究の裾野の広さと懐の深さに嘆息せざるを得ない。

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コメント

<魔女見習い様

オーストリア生まれのシュワルツネッガーですから、ブラームスとの接点が見つかるかもしれません。

アーノルド・シュワルツェネッガーがなぜ?
と思ったら、私の見間違い!(苦笑)
登場人物を覚えきれなくなってきました。(汗)

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