四色問題
「地図の塗り分けには4色あれば事足りる」ということは、19世紀の地図業者の間では経験的に知られていたらしい。やがてこれが数学の問題に置き換えられたが、なかなかの難問で、20世紀も後半になってコンピュータの力を借りて解決したという。インキの数はつまり版の数だから、地図屋にとってはコストである。早い話が死活問題だったのだ。
5月25日の記事「色彩索引」でブラームスの歌曲に登場する色をリスト化した。その過程で面白いことがわかった。同じ色が複数回登場しても1とカウントする限り、ブラームス歌曲において1つの作品に登場する色名は最大で4だ。5色が登場する作品は無い。4色の登場は下記の2作に限られる。
<夏の宵op85-1>
- grun Wiesen 緑の草原
- goldner Mond 黄金色の月
- blauen Himmel 青い空
- weiss Nacken 白いうなじ
最初の3つまでは夏の宵の情景描写だが、最後の白いうなじは、小川のほとりで水浴する妖精である。鮮やかなコントラストだ。さすがはハイネである。
<野のさびしさop86-2>
- grunen Grass 緑の草
- blaue Himmel 青い空
- weissen Wolken 白い雲
- tiefeblau Raume 群青の空
これも最初の3つは情景の描写。アルマースのテキストだ。緑の草に囲まれて青い空と白い雲を仰ぎ見る作者がいる。最後のRaumeは、行きがかり上「空」という訳語を当てているが実質的に「宇宙」に近い。筆者の魂がこの世を去って渡り行く先の描写だ。ブラームスの絶妙の和音使いとも相俟って有無を言わせぬ説得力を醸しだす。まさに世界遺産級だ。
ところが民謡になると話が変わる。「ばら色のくちびるWoO33-25」には5色が現われる。
- rosen Mund ばら色のくちびる
- schwarzbraun Magdelein 褐色の髪
- morgenrot Wangen 朝焼け色の頬
- schwarz Augen 黒い瞳
- blau Himmel 青い空
申すまでもない。恋人の美しさを男の側から歌ったテキストだ。Magdeleinは直訳すると乙女だが、彼女の髪の色の描写だ。その結果「くちびる」「髪」「ほほ」「瞳」最初の4つ全てが恋人のパーツだ。これらそれぞれに象徴的な色をあてることで、鮮やかな色彩感を獲得している。民謡だからもちろん作詞者不詳だが、ハイネやアルマースに勝るとも劣らない絶妙の色彩感覚。「朝焼け色」(morgenrot)には降参である。
ブラームスの四色問題。
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