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2009年5月 9日 (土)

バブル崩壊

今日本は昨年秋に始まった世界的不況のまっ只中にいる。それは「バブル崩壊」と形容される株価の暴落に象徴されている。

1873年5月9日だから今から136年前の今日、ウィーンの株式市場が大暴落を起こした。1871年の普仏戦争勝利により50億フランもの巨額の賠償金を獲得したドイツがバブル経済状態に陥った。その資金は一部がオーストリアに流れ込んでいた。ベルリン株式市場の暴落が波及するのはむしろ当然だった。1866年普墺戦争に敗れた混乱からようやく立ち直り、ウィーン万国博の開催にこぎつけた途端の出来事だった。これによって引き起こされた不況で何が起きたか、現代の日本人に説明が要るとは思えない。8つの銀行が破産し、40の銀行が清算に追い込まれたという。ドイツがこの不況から脱するのは1895年とされている。

1874年1月にはオーストリア政府つまり皇帝の旗振りで「中小企業支援のための皇帝フランツ・ヨーゼフ基金チャリティーコンサート」が開かれる。これにブラームスも出演しているのだ。伝記にもちゃんと書いてあるけれど前後の脈絡が語られていないことが多いので、ちょっとした違和感を感じることもある。この不況によって疲弊する中小企業の救済が目的とすれば、すんなりと腹にはいる。

そして庶民が生活を切りつめるのは明らかだ。ウィーン市民が演奏会に出かける回数を減らすことは想像に難くない。

これにブラームスの経歴を重ねてみる。1872年秋のシーズンから1875年春まで丸3年楽友協会の芸術監督の座にあった。つまりこのバブル崩壊は監督在任のまっ只中だったということだ。1872年秋に始まった最初のシーズンが4月に終わった後だから、影響を受けたのは1873年秋からの2年目のシーズンだ。

3年を勤め上げた後、契約の更新に応じなかった原因が伝記にも書いてある。ブラームスが取り上げるプログラムが渋すぎて、水面下でブーイングが貯まったことに原因を求めることが定着している。曲目を見ればその説明でも一応納得できるのだが、現実はもっとシビアで、はっきり言って演奏会の売り上げが落ちたというのが実態なのだと思う。でもそれはブラームスの選曲以前に、バブル不況で客足が遠のいたためだと解したい。しからばとばかりに何とか市民に来てもらおうと、選曲に匙加減を施す機転が利かなかったのだと想像したい。

成績不振の責任を監督に問うのは何もサッカーだけの話ではない。

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