お盆のファンタジー3
たった今送り火を焚いた。ブラームスさんはヨアヒムさんと連れだって帰っていった。13日に迎え火を焚いてから3泊4日の滞在だった。その間ずっと二人は丁々発止のやりとりをしていた。いいコンビである。
昨夜はお別れのコンサートだった。
トップバッターのヨアヒムさんが「現役時代に演奏会でもっとも多く弾いた曲」と前置きして弾き始めた。
何とシャコンヌだ。バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータからあの名高いシャコンヌだ。始まってすぐブラームスが私に耳打ちしてくれた。「ボクがいくら頼んでもなかなか弾いてくれないんだ。今夜は特別だよ」と嬉しいことを言ってくれた。
終わるや否や、ブラームスがピアノの前に進み出た。たった今ヨアヒムが弾いた曲だ。ホントに左手だけで弾いている。あっという間に終わってしまった。私がブラームスに「何で左手だけなんですか」と何も知らないフリをして尋ねた。ブラームスはニヤリと笑いながら「だってホラ、譜めくりが右手で出来るだろう」ととぼけている。私も負けてはいない。「クララの脱臼が左腕だったら、どうするつもりだったの」とたたみかけると、真剣な顔をして考え込む。「右手用だったら書けなかったかもしれない」とつぶやいた。
我が家の番になった。この日のために娘たちと練習を積んだシンフォニアト短調BWV797の室内楽版だ。珍しくブラームスが拍手してくれた。「あなたの曲でなくてゴメン」というと「なあに、ボクのは大した曲がないから」とウインクだ。「それよりその楽譜どこで手に入れた」と興味津々だ。「2声のインヴェンションもある」と私が言うが早いか、ヨアヒムに目配せだ。ヨアヒムは、私のヴィオラを貸せと言っている。ブラームスは長女にボソボソと話しかけたかと思うとひったくるようにヴァイオリンを持って立ち上がる。
インヴェンションのロ短調をヨアヒムと弾き始めたのだ。娘たちは呆然と見とれている。凄い演奏だ。
弾き終わって一瞬の間。ブラームスが「昔ヴァイオリンを習っていたんだ。この曲はピアノ版なら暗譜しているよ」とニッコリ。「作品91以来だな」と謙遜するヨアヒムのヴィオラも凄かった。
昨夜は結局この調子で、メンバーを入れ替えながらインヴェンションを全部弾いてしまった。娘たちは途中で寝たが、ヨアヒムとブラームスと私は徹夜だった。
つい先ほど大事な会議があるとか言ってあわただしく旅立った。出掛けに「謝恩クイズの答えは何だ」とブラームスに訊かれた。ご本人にも解らぬ難問のようだ。そおっと耳打ちしたら、OKのサインをくれた。
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<魔女見習い様
はい。いつも迎え火の日に公開していましたので、たまには趣向を変えて送り火の日にしてみました。
ブラームスさんたちは今頃シベリア上空と思われます。
投稿: アルトのパパ | 2009年7月16日 (木) 21時53分
今年はないのかと、ほとんど諦めかけていたら、
ったく、アルトのパパさん絶好調!
今年も素敵なお盆でしたね。
投稿: 魔女見習い | 2009年7月16日 (木) 21時29分