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2009年10月 2日 (金)

教材

ドヴォルザークの伝記を読んでいて素朴な疑問が湧いた。

プラハオルガン学校などで音楽を習った訳だが、そこで教材にされた作曲家が列挙されている。ベートーヴェン、モーツアルト、シューベルト、バッハ、ヘンデルが言及されている。あるいはアプトという指導者の下でワーグナーやシューマンを吸収したとされている。

ブラームスの名前が無いのだ。

ドヴォルザークがプラハオルガン学校に入学したのは1858年だ。シューマンの没年前後5年にわたって横たわるブラームス初期の寡作期だ。ブラームスが教材になるはずもない。2年後のオルガン学校卒業からオーストリア国家奨学金応募までの14年間は、ブラームスの勃興期に相当する。ハンガリア舞曲も出たし、ドイツレクイエムも出た。ところが手許の評伝には書かれていない。

もっと詳しい伝記を探さねばならないが、徒労に終わる気がする。この時期ワーグナーに夢中だったというオチが十分あり得る。

レッスンの教材選択は、師匠の権利だ。ドヴォルザークが修行の過程でブラームスに注意を払っていなかったとしても仕方がない。同時代を生きたとはそういうことだ。レッスンの教材に同時代の作品を取り上げるというのは、作品の評価が未確定のことも多かろう。教師にとっては危ない選択なのだ。

オーストリア国家奨学金に応募するまで、ドヴォルザークはブラームスを知らなかったということもあると思っている。

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コメント

<mayoneko様

それはそれは失礼いたしました。

あと150本くらい続きますので、今一度借り直してくだされ。

うう、関連本全て図書館に返してしまった後にそのような面白い話題を・・・
も一回借りてこようかしら。

最初に二人が対面した時に何を話したのかも気になります♪

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