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2009年11月30日 (月)

周辺市場

根幹となる商品をバラエティー化してさらなるニーズの掘り起こしをするのは、マーケティングの常套手段だ。根幹となる商品の市場が大きいほど、周辺市場もバカにならない。iPodやゲーム機の周辺には、無視し得ぬアクセサリーの市場が存在すること周知の通りである。

モラヴィア二重唱は、案の定「欧州の紙価」を高め当時のジムロック社の根幹商品となった。家庭におけるアンサンブルの習慣が、その市場を下支えした。日本では家庭でのアンサンブルの習慣よりも学校の部活動の方が盛んだが、当時の欧州における家庭アンサンブルは、各出版社にとっての戦場だったとみていい。

モラヴィア二重唱はソプラノとアルトとピアノのために書かれている。編成を少々いじってやれば、さらなる売上げが見込める。ジムロックの考えそうなことだ。実際にモラヴィア二重唱の中の2番、3番、6番、10番、13番の計5曲が、アカペラの女声合唱用に編曲されている。1880年3月18日から2日間で完成されたことになっている。作品番号は無くブルクハウザー番号107がポッツリと付与されているに過ぎない。

先般買い求めたブリリアント社製の3枚組全集に、この5曲がキッチリ収められている。本当にこの全集はありがたい。ワールドシリーズで4打数3安打1本塁打6打点くらいな価値がある。

聴いてみる。

もはや二重唱というタイトルは適切ではない。声部が時には4声部にもなる。アカペラになっているから、ピアノが受け持っていた和声の拡充にも声部が割かれている。オリジナルには無かった音の動きも時々聞こえて来る。何故5曲しか編曲しなかったのか、理解に苦しむ。同じノリで13曲全部編曲してくれていたら、どれだけ楽しいことか。

2009年11月29日 (日)

のだめの中のドヴォルザーク

のだめ系の記事は、既に55本の記事を擁するメインネタだ。一方現在我がブログ「ブラームスの辞書」では1年をかけてドヴォルザークに密着する試みを継続中だ。話題が「のだめの中のドヴォルザーク」に展開するのは半ば必然である。

  1. 初登場は4巻109ページだ。長野の夏を彩るニナルッツ音楽祭。優秀な学生によるオケをシュトレーゼマンが指導する。まさにその曲がドヴォルザークだ。千秋本人も「マニアックな」と唸り、峰くんに至っては「聴いたことない」とのたまうドヴォルザークの交響曲第5番である。二日酔いでフラフラのシュトレーゼマンが「この曲はドヴォルザークの田園」と紹介するだけあって、本家ベートーヴェンの田園と同じヘ長調である。千秋は師匠の代役として練習を振り実力の片鱗を見せる。
  2. 次は第7巻21ページ左下4コマ目。新しいオケの結成式をかねて慕零路でパーティー。その席上で演奏曲目の選定がカオスに陥る。どさくさに紛れて女性が「わたしドヴォルザークやりたい」「新世界」と口走って、周囲に「また~」とドン引きされている。
  3. 3つ目は千秋クンがプラティニ国際指揮者コンクールに向けて猛勉強する過程で現われる。第10巻74ページの4コマ目だ。ドヴォルザーク交響曲第9番の総譜を持った千秋が描かれている。次のページに総譜の一部が見えているのが第1楽章の137小節目だ。
  4. 4つ目はエポックだ。同じ10巻の147ページ目。指揮者コンクールの課題B「間違い探し」。15分だけスコアを見て、実際にオケを振る。オケが意図的に間違えた楽譜を見て演奏する中、8箇所の間違いを当てよという課題だ。ジャン・ドナデュウと千秋だけがパーフェクトに的中させるという死闘を象徴するツールになったのが、ドヴォルザークの交響曲第8番第一楽章である。相変わらず芸が細かいのは、149ページ5コマ目だ。千秋のバックに楽譜が描かれている。見えている一番左端は第1楽章の103小節目だ。記音Dのオクターブで全音符になっているのがA管のクラリネットだ。次の104小節目の頭に注目して欲しい。104小節目冒頭が前の小節からタイで繋がった四分音符になっている。正しくはここが付点2分音符のハズだ。千秋クンがそのコマで「付点2分音符のロ音が四分音符に」と見破っている通りだ。つまりここの背景の楽譜は、わざと間違えた楽譜になっているのだ。この課題の演奏は実際にCDになっている。千秋真一指揮R☆Sオケのブラームス交響曲第1番のCDの余白に入っている。実のところ私の耳では間違いなんてわかりはしない。
  5. 5つ目はプラティニ国際指揮者コンクール本選、コンチェルト演奏の課題曲をクジ引きで決める場面。第11巻21ページ。千秋はのだめに引かせてチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲に決まる。その直後に片平は自らドヴォルザークのチェロ協奏曲を引き当てる。

本日の企画も「のだめ」が完結していればこそ意味がある。

2009年11月28日 (土)

プランハザード

何とも大げさな私の造語。ブログ「ブラームスの辞書」は、今やほぼ3年分の備蓄記事を抱えている。どのような順序でそれらを公開して行くかこそが、管理人の最大の関心事になっている。通常向こう一週間はほぼ固まっている。ところが、まれに直前まで記事の公開日や内容が確定しないことがある。

それが「プランハザード」だ。

私は一昨年昨年と愛する鹿島アントラーズのリーグ優勝を祝う記事を優勝の当日公開してきた。これが最大のプランハザードだ。優勝するかどうかが判らない上に、決定日も不確定だ。優勝を祝う記事はそこそこ気合いをいれた記事だから、公開日が決まらないのは前後の記事の配置に重大な影響がある。

昨日完結したコミック「のだめカンタービレ」も、長い間プランハザードの王者だった。コミックの連載を見ずに単行本だけを読むことにしているから次の単行本にブラームスネタがいくつ存在するのかが、発売当日まで判らないのだ。ネタがあるか無いかで記事の配置に重大な影響がある。

だからコミック「のだめカンタービレ」が終わるとプランハザードが一つ消滅することになる。それは良いことのハズだったが、何だか寂しい。発売直前のドキドキも楽しみのうちだったからだ。

2009年11月27日 (金)

のだめの中のブラームス【30】

本日はコミック「のだめカンタービレ」単行本23巻の発売日。8年続いた「のだめ」が本巻をもって完結する。表紙の楽器はピアノだった。単行本第1巻の表紙に登場して以来2度目の採用だ。同じ楽器が2度表紙になるというのは例が無い。最終巻の表紙を、第1巻の表紙と同じにしたというのは、間違いなくオロボロスだ。

話が完結したからこそ出せる話題がある。「のだめカンタービレ」全23巻を通じて、もっとも登場した作曲家は誰かカウントした。カウントのルールは下記の通りだ。

  1. コミック本文上に文字で作曲家の名前が登場すること。
  2. 英文、和文を問わない。
  3. セリフ、絵、説明文、手書きを問わない。
  4. 「彼」などの代名詞があきらかに作曲家を指していてもカウントしない。
  5. 「シュベルト」「バハ」「ベトヴェン」は当然カウントの対象とした。
  • 第 1位 ベートーヴェン 100回 23巻通じて2位との差が3回とは接戦だった。
  • 第 2位 モーツアルト 97回 2度目のブノワ城が間に合えば逆転だった。
  • 第 3位 バッハ 60回 しぶとく3位に食い込んで音楽の父の面目を保った。 
  • 第 4位 ショパン 50回 主人公がピアニストだから当然の順位だ。
  • 第 5位 ブラームス 42回 前半の貯金で何とか。
  • 第 6位 ラヴェル 41回 ピアノ協奏曲とボレロのご利益だ。
  • 第 7位 シューベルト 31回 「シュベルト」もここに集計。
  • 第 8位 シューマン 25回 
  • 第 8位 ラフマニノフ 25回 これもコンチェルトのおかげ。
  • 第10位 リスト 24回 
  • 第11位 ドビュッシー 20回
  • 第12位 チャイコフスキー 17回
  • 第13位 ハイドン 12回
  • 第14位 ドヴォルザーク 10回 こんなモンです。
  • 第14位 バルトーク 10回
  • 第16位 エルガー 8回
  • 第17位 マーラー 7回
  • 第18位 ロッシーニ 6回 
  • 第19位 シベリウス 5回
  • 第19位 ジョリベ 5回
  • 第19位 ストラヴィンスキー 5回
  • 第19位 プーランク 5回
  • 第19位 ワーグナー 5回 

1位ベートーヴェンと2位モーツアルトが接戦で驚いた。ブノワ城で荒稼ぎのモーツアルトに対して、ベートーヴェンは満遍なく票を重ねた感じだ。指揮者とピアニストが主人公だからこうなる。バッハの健闘はさすがという他は無い。 

16巻完結時点での集計と比べると興味深い。

本日のこの記事はカテゴリー「083 のだめ」の54本目の記事だ。随分記事を稼がせてもらった。また2006年10月の「のだめ」テレビ放映とともにブログ「ブラームスの辞書」のアクセスが急増したことも良い想い出だ。

ありがとう「のだめカンタービレ」

2009年11月26日 (木)

ロシアの歌

まったくもって蟻地獄だ。ドヴォルザーク重唱合唱曲全集を買い求めてからサプライズが止まらない。

3枚組CDの2枚目に不思議な曲群が収められている。「ロシアの歌B603」だ。様々な組み合わせの15の重唱曲である。これが手許のドヴォルザーク作品一覧表に記載されていないのだ。超最近になって新発見された曲かもしれないと思って聴いてみた。

15の中の10番目に曲集の正体を推測するヒントが隠れていた。「カバの木」という曲、どこかで聴いたことがあると思ったら、何とチャイコフスキーの交響曲第4番第4楽章に出現する旋律と同じだった。ロンド形式の第2副主題として登場するロシア民謡「白樺は野に立てリ」そのものだ。

これではっきりした。CDに収録されているのはチェコ語だが、ロシアの歌B603はドヴォルザークの創作ではなく編曲だ。そのつもりでよく調べると、ブルクハウザー番号の一個前B602は、ブラームスのハンガリア舞曲16~21番のドヴォルザークの手による管弦楽版だった。つまりブルクハウザーの600番台はドヴォルザークの編曲が集められていると推定できる。

ブラームスのハンガリア舞曲の編曲は1880年のことだ。だからその次の番号を背負った「ロシアの歌」はそれ以降だと思われる。ドヴォルザークがチャイコフスキーと知り合うのは1888年だが、1876年に書かれたチャイコフスキーの第4交響曲の存在くらいは知っていても不思議ではない。

2009年11月25日 (水)

レオポルド勲章

アントニン・ドヴォルザークは、オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフⅠ世在位50年式典において「レオポルド勲章」を授与された。

正しくは「芸術科学名誉勲章」といい、この時点で音楽家では1889年6月6日にブラームスが受けているだけの栄誉だ。既に交響曲は9番目の新世界交響曲までもが世に出た。名高いチェロ協奏曲やアメリカ四重奏曲もしかりだ。楽壇での地位はゆるぎないものになっていた。

ブラームスの後継たる地位が皇帝から追認されたようなものだが、皮肉なことにドヴォルザークの興味はこのころ完全にオペラに絞られていた。ブラームス風の絶対音楽の分野からは完全に足を洗った状態になっていたのだ。そしてその状態は1904年に没するまで続いたのだ。1895年に完成した弦楽四重奏曲第14番を最後にブラームス風の「絶対音楽」作品が書かれていない。

ブラームス没の翌年1898年11月25日だから今から111年前の今日の出来事だ。娘オティーリエの結婚式からわずか一週間後の受賞である。

2009年11月24日 (火)

採点競技

複数の審判が付与する得点の高低により順位が決まる競技。オリンピック競技に限ってもたくさんある。体操、新体操、シンクロナイズドスイミング、飛び込み、フィギュアスケートなどだ。審判の公平性こそが求められているから、審判員の構成や判断基準が明確厳密に定められているのが普通だ。それでも「一番速くゴールに着いた人が勝ち」「もっとも高いバーを超えた人が勝ち」あるいは「相手より多くゴールした方が勝ち」に比べると、物議を醸す確率は高い。

ブラームスのあまた存在する独奏ピアノ曲から、調性別にベストをチョイスするという試み、すなわち11月23日の記事「平均律ブラヴィーア曲集」の裏側である。作品や演奏のベストのチョイスは「採点競技」と同じ危うさを孕んでいる。記事のどこかに「独断で」などという言い訳を配備したところで、その危うさそのものは消えたりしない。開き直る。

ブラームスがバッハの「平均律クラヴィーア曲集」に深く親しんでいたことが発想の根源だ。この曲集は24曲が基本だ。この24という数字はショパンやショスタコーヴィッチにも霊感を与えたという。ブラームスには影響は無かったのだろうかと考えた。ブラームスの室内楽が全部で24曲あることくらいしか思いつかなかった。

ならば自分で選んでしまおうという訳である。おバカ度は高いと思う。公開のタイミングを狙っていた。私だけのバッハの日に因んでまんまと公開にこぎつけた。「ドヴォルザーク漬け」の脳味噌には、新鮮だと思う。

ブラームスのピアノ作品について調性別に私的ベスト作品を決めることに他ならない。曲集を名乗る以上ソナタや変奏曲などの大規模な作品は選考外とした。24全部の調があるのかどうかが心配だった。

ハ短調と嬰ヘ長調が最大の危機だった。対象外としたソナタから単一楽章を採用したり、これまた対象外の変奏曲の単一変奏を採用してごまかした。嬰ヘ長調のピアノ作品が無いことは想定もしていたが、ハ短調の品薄は意外だ。ハ短調同様の意外な品薄はニ長調やト長調でも感じた。

調性の抜けを作らないという意味では作品39のワルツの貢献が大きい。嬰ハ長調と嬰ト短調はワルツがなかったら修復出来なかった。つまりこの企画が成り立たなかったということだ。特に嬰ト短調は貴重だ。歌曲で同じ試みをするとこの嬰ト短調または変イ短調が空白になってしまい、計画を断念するはめになる。もちろん室内楽の楽章ではお手上げである。24の調全部が揃うということは、とても凄いことなのだ。

逆に変ロ長調のフーガは、他に小品があるのに私の意思で敢えて異例の採用をした。ニ短調もやや異例の採用だった。左手のためのシャコンヌはブラームスの作曲とは言えないからだ。しかし、「平均律ブラヴィーア曲集」がバッハ作品のパロディであることを考えると極端な違和感は無い。

異例を飛び越して掟破りの決定をしたのが、ヘ長調。並み居るピアノ作品を押えてオルガンコラールからの採用だ。本人の編曲ではないから反則スレスレである。スポーツにおいて「反則スレスレ」というのは時に美しくもある。野球ならばボークスレスレの牽制球、ベースカバーの内野手めがけて滑るダブルプレー阻止のスライディング、土をベースにかけるだけのベースタッチ。サッカーだとオフサイドスレスレのスルーパスだ。

もっとも真剣に悩んだのがロ短調だ。インテルメッツォop119-1「灰色の真珠」か、カプリチオロ短調op76-2か。ロ短調が全24曲のトリであることがポイントになった。ロ短調のカプリチオは、24曲先頭に選んだ作品119-1のハ長調のインテルメッツォと精神的に繋がっていると考えているのだ。だからカプリチオロ短調を選んだ。

バッハは「平均律クラヴィーア曲集」を通じて「24全ての調で同じように作曲出来る」ことを宣言した。バッハラヴのブラームスは、この言いつけをキッチリを実践し24全ての調でピアノ作品を残したことになる。歌曲や室内楽の楽章では完成しないから、ピアノ曲で完成させることが出来たというのは、ひときわ有り難みが深い。

さてさて、実際に私はこの曲集をipodに取り込んでいる。複数ある演奏の中から1つしか選べないので、1曲の重複もなく24人のピアニストを選ぶことにした。演奏の良し悪しは関係ない。好き嫌いは少し反映しているが、単なるパズルと割り切った。実はこの24人の選択も面白かった。

2009年11月23日 (月)

平均律ブラヴィーア曲集

バッハはクラヴィーアの鍵盤上の12種類の音全てについて、長短合計24の調で前奏曲とフーガを作曲した。世に名高い「平均律クラヴィーア曲集」である。1巻24曲で飽きたらずにもう一組2巻24曲も残している。ブラームスは、そういう事を試みていないが、私がipod上で架空の曲集を作ってみた。24全ての調についてピアノ独奏用小品を集めた曲集である。

名付けて「平均律ブラヴィーア曲集」だ。

  1. ハ長調 インテルメッツォop119-3 <ルドルフ・ゼルキン>軽妙にして洒脱。インテルメッツォというタイトルが不思議な程である。
  2. ハ短調 ピアノソナタ第1番op1より第2楽章。<ラルス・フォークト>苦し紛れだ。実はピアノ小品にハ短調のものがないのだ。いきなり2曲目のハ短調で頓挫するかと思った。
  3. 嬰ハ長調 ワルツop39-6 <ミハイル・ルディ>シャープ7個のオタクな調だ。バッハの曲集でもシャープを大量に動員する長調は、アッケラカンとした曲調が多い。このワルツもそれに負けていない。
  4. 嬰ハ短調 インテルメッツォop117-3。<ウイルヘルム・ケンプ>op76-5カプリチオとどちらにするか迷った。
  5. ニ長調 バラードop10-2 <クラウディオ・アラウ>冒頭いきなり「Fis-A-Fis」のブラームス節である。意外とニ長調は層が薄い。
  6. ニ短調 シャコンヌ <デトレフ・クラウス>右腕を脱臼したクララ・シューマンに捧げられた。単なる編曲ではあるが、バッハ作曲ブラームス編曲という点がことさら重要。
  7. 変ホ長調 インテルメッツォop117-1 <ワルター・クリーン>人呼んで「苦悩の子守歌」。これは絶対にはずせない。
  8. 変ホ短調 インテルメッツォop118-6 <ラドゥ・ルプー>スケルツォop4とどちらにするか迷った。
  9. ホ長調 インテルメッツォp116-6 <エリザベート・レオンスカヤ>冒頭の「H-His」のチャーミングな衝突が決め手。
  10. ホ短調 インテルメッツォop119-2 <ゲルハルト・オピッツ>これまたインテルメッツォop116-5と迷った。
  11. ヘ長調 前奏曲op122-8「一輪のバラが咲いて」 <リディア・アルティミウ>最晩年のオルガンコラールから掟破りの採用だ。
  12. ヘ短調 インテルメッツォop118-4。<エレーネ・グリモー>ソナタ第3番の調なのに小品は品薄気味だ。
  13. 嬰ヘ長調 シューマンの主題による変奏曲op9より第14変奏。<フリードリヒ・ウイルヘルム・シュヌア>苦し紛れ。嬰へ長調のピアノ曲は無いのだ。
  14. 嬰ヘ短調 カプリチオop76-1。<ゲンリヒ・ネイガウス>何かとクララに因縁のある調には、ピッタリの作品。
  15. ト長調 ワルツop39-10。<エフゲニー・ザラフィアンツ>意外なことにト長調のピアノ独奏曲はこれだけ。
  16. ト短調 ラプソディop79-2 <イーヴォ・ポゴレリチ> 激戦のロ短調選挙区で1番のラプソディーは落選の憂き目を見たが、ト短調は無風選挙区であった。 
  17. 変イ長調 ワルツop39-15 <ヴァン・クライバーン>「ブラームスのワルツ」として有名。原曲の連弾用はイ長調だったが、本人が独奏用に編曲した際に半音低く移調した。
  18. 嬰ト短調 ワルツop39-14 <ブル-ノ・レオナルド・ゲルバー>これも連弾用の原曲はイ短調。自ら半音下げて独奏用としたもの。
  19. イ長調 インテルメッツォop118-2 <ペーター・レーゼル>至高のインテルメッツォだ。これは落とせぬ。
  20. イ短調 インテルメッツォop76-7 <エフゲニー・キーシン>いろいろと候補は多いが独断で。
  21. 変ロ長調 ヘンデルの主題による変奏曲op24よりフーガ。<ジュリアス・カッチェン>これまた候補が多い中、ひとつくらいはフーガを入れたいという意味で無理目の採用。
  22. 変ロ短調 インテルメッツォop117-2 <グレン・グールド>これも絶対に落とせない。
  23. ロ長調 バラードop10-4。<アルフレート・ブレンデル> ワルツop39-1と迷った。
  24. ロ短調 カプリチオop76-2 <アルトゥール・ルービンシュタイン>「灰色の真珠」op119-1を僅差で退けての決定だ。

昨日到来した「バッハの日」記念企画である。  

2009年11月22日 (日)

バッハの日

ドヴォルザーク関連記事が昨日まで12本続いた後、まことに唐突だが今日は私だけのバッハの日。誕生日でも命日でもない今日が実はささやかながらバッハの日だ。ブログ「ブラームスの辞書」創設以来の記事が1685本に到達した。バッハは1685年の生まれだ。単にそれだけ。

毎年誰かが生まれているから、それをネタにし始めるとキリがない。ネタ枯渇のごまかしとも受け取られかねないが、バッハは特別だ。

一方で昨年9月にドヴォルザーク特集を開始せずに1年延期して今年開幕にしたことは、概ね正解だったと思っているが、小さな不都合もあった。それは1685本目の記事を公開する日、つまり今日がドヴォルザーク特集のまっただ中になってしまうことだ。ドヴォルザークネタの奔流の中に、バッハが中州で取り残される状態になる。

だから明日あさってと続けて、けして流されないような頑丈なバッハネタを公開することにした。今日を入れて3日間ドヴォルザークもジムロックもお預けだ。

2009年11月21日 (土)

意味不明

またまたモラヴィア二重唱の話だ。

1878年にブラームスがジムロックに宛てて、モラヴィア二重唱の出版を奨める手紙を書いたことは既に述べた。音楽之友社刊行の「作曲家◎人と作品シリーズ」のドヴォルザーク67ページに和訳されている。ブラームスはその中で、ドヴォルザークが最近モラヴィア民謡をテキストにしたソプラノの二重唱を10曲贈ってくれたと述べている。

一般にモラヴィア二重唱は以下の作品群を指す。

  1. op20 ソプラノとテノール用 4曲
  2. op32 ソプラノとアルト用 13曲
  3. op38 ソプラノとアルト用 4曲
  4. B118 ソプラノとアルト用 1曲

そもそもブラームスはソプラノ二重唱と言っているから、これを鵜呑みにするなら全部ダメだ。B118だけが年代が合わない他は、年代的には全部条件を満たす。ブラームスがいう10曲とはどの10曲なのだろう。手掛かりが無い。

さらに謎。op32は全部で13曲とされ、狭い意味ではこれがモラヴィア二重唱とされている。解説書でもこの13曲にしか言及していないケースも多い。この13曲は作曲年代別に2分されB60とB62という別番号が付与されている。B60が5曲で、B62が9曲だ。これが一つにまとめられてop32として出版されたのだ。元々14曲だったものが出版に際して1曲削れられてしまったというわけだ。

削除の憂き目にあった「兵士の生活」op32-14は、解説書では素通りされている。CDでも収録されていないことが多い。ところが、先般手に入れたブリリアント社製の3枚組の全集には、これがキッチリ収録されている。買い求める際に真っ先に確認したのがop32の曲数。op32が14曲あることが判って、小躍りした。

帰宅するなりop32-14「兵士の生活」を聴いた。

意味不明とはこのことだ。出版に際してこの曲だけがカットされた意味が全く判らない。他の13曲に比して劣っているどころか、旋律として一番素晴らしいと感じた。理由の説明は不可能だが、今モラヴィア二重唱の中で最も気に入っている

2009年11月20日 (金)

ボーナストラック

CDやDVDの最後に収録されるおまけの意味か。演奏会におけるアンコールのニュアンスに近いかもしれないが、業界での定義が決まっているなら聞いてみたい。

唖然とするおまけに出会った。昨日の記事「ブリリアントなCD」で話題にしたCDの話だ。プラハシンガーズの演奏3枚組セットの3枚目のラストにご機嫌なおまけが入っていた。モラヴィア二重唱が終わった後、あまりの楽しさにボーッとしていたら、どこかで聴いたメロディがスックと立ち上がった。

何と言うことだ。新世界交響曲の第2楽章ラルゴの冒頭がアカペラの合唱で収められている。35小節目までは、オリジナルの流れが踏襲されている。36小節目に入らずに手際よく101小節目に飛んでいる。英語の説明を必死に読んだところによると、詠み人知らずのチェコ語の歌詞で「我がふるさと」でもいうのだと思う。3枚組のCDを通じてご機嫌な演奏を披露してくれた人たちが、アンコールにこたえてくれているかのようだ。混声四部合唱にソプラノ独唱とテノール独唱の「遠き山に日は落ちて」だと思えばいい。オリジナルの交響曲では最後にコントラバスの有名な和音で終わるが、それも合唱で再現されている。

アレンジしたのはもちろんドヴォルザークではない。Wouter Tuckerという人だ。あまり聞かない名前だと思っていたら、セカンド・バスのメンバー表に名前があった。詠み人知らずの歌詞をつけて歌われていた「ラルゴ」を混声四部合唱と2人の独唱のために編曲したのだろう。

息を呑むとはこのことだ。美しい。ふるさとを思う歌詞なのだが、チェコ語だから全くわからない。けれども人の声の美しさにただ酔うだけなら、かえって好都合だ。もっと敬虔な場面、たとえば教会で歌われたら、神様を信じてしまいかねない。

これで3枚組1780円とはつくづくお得だ。

2009年11月19日 (木)

ブリリアントなCD

毎度毎度のCDハンティングネタだ。

ドヴォルザークの重唱合唱曲全集全3枚のCDセットを買い求めた。本来CDは好みのものを、サイフと相談しながらコツコツと集めるのが好きだ。ブラームスやベートーヴェンはそうしていた。ところが最近台頭したドヴォルザークは、事情が違う。マイナーなジャンルは、手っ取り早く揃えたいために全集を狙う。

この度入手したCDはブリリアントというレーベル。3枚組のうち1枚はモラヴィア二重唱だから、既に持っているCDと被るのを承知でゲット。演奏はプラハ・シンガーズというグループだ。指揮者はスタニスラフ・ミストゥルという人だが、何とこの人の名前はテノールのメンバー表にも出て来る。かと思うとソプラノ、メゾソプラノ、バスのソリストの名前も、コーラスのメンバー表に書かれている。アルト以外のソリストは、身内から出しているということだ。ファミリーな性格の合唱団という感じがする。

いやはや桁違いの楽しさだ。もちろん全部チェコ語だ。解説は英語でも書かれているが、そんなもん不要の楽しさが演奏に溢れている。この楽しさがブラームスを驚喜させたのかと思うと、感慨深い。もちろんブラームスの時代にはCDなんぞ無かったから、ブラームスは楽譜だけを見て、この楽しさを見抜いたということだ。

私の脳味噌にはドヴォルザーク補正がかかっているから、気の毒なほどイチコロだった。

BRILLIANTというレーベルには、このところとてもお世話になっている。品揃えが絶妙で痒いところにピンポイントだ。その癖お値段もそこそこで有り難い。

ブラームスの合唱曲全集も我が家にある。惜しむらくはWoO36~38が抜けている。ドイツ民謡の女声合唱バージョンだ。これをあとから追加で出してくれたら座布団を奮発したいところだ。

2009年11月18日 (水)

実務的

音楽之友社刊行の「作曲家◎人と作品」シリーズのドヴォルザークの中67ページだ。ブラームスからジムロックに宛てた手紙が引用されている。1878年のことだ。もちろん和訳されている。内容はおよそ以下の通り。

  1. ブラームスがドヴォルザークを知ったきっかけ。オーストリア国家奨学金に応募してきた経緯。
  2. モラヴィア二重唱成り立ちと出来映え。
  3. ドヴォルザークの才能の豊かさと貧しさ。
  4. ドヴォルザークの住所。
  5. モラヴィア二重唱出版の奨め。

基調はモラヴィア二重唱を称賛する文面なのだが、出版を奨めるくだりには「出版に際しても実務的な作品」と表現している。オリジナルがどのようなドイツ語か不明なのが残念だが、この「出版に際しても実務的」という言い回しが気にかかる。

「モラヴィア二重唱を出版したら売れるぞ」という意味の遠まわしな表現ではあるまいか。作品が素晴らしい上に売れそうだと言っているのだ。そこそこ素晴らしい作品が、実際には大して売れないということもあったのだと想像する。音楽的に充実していて、なおかつ売れそうという曲だからこそ、わざわざ手紙でジムロックに推薦したと考えたい。

当時の欧州は家庭アンサンブル用の小編成の作品に、小さからぬニーズがあったと思われる。上記の手紙のやりとり以前、ブラームスにもその手の作品がある。

  • 1866年 ピアノ連弾用「16のワルツ」op39
  • 1869年 ハンガリア舞曲第1集、第2集
  • 1874年 愛の歌op52
  • 1875年 新愛の歌op65

他に、ほとんどの管弦楽と室内楽についてピアノ連弾用を本人が編曲している。これら家庭用小アンサンブル作品の刊行をした経験から、この手の作品が売れるということを、ブラームス自ら熟知していたと感じる。

作曲家ブラームスは、実は出版業界の事情にもかなり明るかったのではないかと思われる。先の手紙は単に音楽的な素晴らしさの指摘にとどまらずに、好調な売上をも予見していたと解したい。

2009年11月17日 (火)

結婚記念日

1873年11月17日だから今から136年前の今日、ドヴォルザークは、アンナ・チェルマコーヴァと結婚した。ピアノの弟子でもあったし、アルトの歌手でもあった。

さてブログ「ブラームスの辞書」好みの奇遇がある。

この日からちょうど25年後の1898年11月17日、ドヴォルザーク夫妻の三女オティーリエが結婚したのだ。彼女の兄や姉は幼い頃に亡くなったから、実質上の長女だ。相手はドヴォルザークの作曲の弟子ヨゼフ・スークだ。2人の結婚は、ドヴォルザーク夫妻の結婚からきっかり25年後つまり娘の結婚の日が銀婚式にあたるのだ。

新郎ヨゼフ・スークは、プラハ音楽院におけるドヴォルザークの教え子だ。出来の良い弟子だったからかわいがられていたというエピソードが2つ。プラハ駅にいる機関車の車番を見に行かされ、見当はずれの番号を報告したところ、車番を全部暗記しているドヴォルザークから叱責されたこともあったらしい。娘のオティーリエへの求婚を巡っては、パワハラまがいの過酷な宿題を出されたらしい。「明日までに娘への気持ちを込めた曲を作って持ってこい」である。「愛の詩」という作品を翌日にキッチリと提出したと伝えられている。

スーク、オティーリエ夫妻の孫にあたるのが、ヴァイオリニスト、ヨゼフ・スークである。私がクラシック音楽に目覚めた頃のアイドルだった。ヴァイオリンだけではなくヴィオラも達者で、室内楽奏者としても名高い彼は、ドヴォルザークのひ孫ということになる。

そして今日は父の命日でもある。

亡き父はブラームスの命日が誕生日で、ドヴォルザークの結婚記念日が命日になっている。つくづく凝り性な父である。

2009年11月16日 (月)

注文に応じる

古来作曲家は注文に応じて作曲することが多かった。バッハの場合はカントルとしての職務だから必ずしもこの表現は当たらないが、ベートーヴェンくらいまでの時代で貴族の庇護を受けていた作曲家は、雇い主の貴族の注文に応じて作曲していたことが判る。

ところがブラームスになると伝記を詳しく読んでいても誰かの求めに応じて作品を生み出していたと形容されていない。自らの楽想の赴くままに作曲して、出版社がそれを高く買うという需給関係が成り立っている感じだ。特定の演奏家の存在が作品を生み出すキッカケになったことはあっても注文に応じてというのはほとんど見かけない。

一方でジムロックをはじめとする出版社は、既存の管弦楽、室内楽作品を2手または4手のピアノ用への編曲だけは、しきりにブラームスに要請した。ブラームスはこの要求については、律儀に対応していた。

最近ドヴォルザークの伝記を読んでいて感じるのは、注文に応じてとか勧められてという作品が多いのだ。モラヴィア二重唱、スラブ舞曲など初期の作品に特にその手が多い。挙げ句の果てにジムロックに至っては「ドヴォルザークが注文通りの曲を書きたがらない」と愚痴をこぼす有様だ。

売れる作品を書かせたいという出版社側のロジックが勝ってしまっているように思えてならない。ジムロックの対応がブラームスとドヴォルザークで違っていたことは確実だ。どちらが例外なのか知りたいところだ。

2009年11月15日 (日)

役者が違う

一昨日の記事「出来高払い」で、ドヴォルザークのモラヴィア二重唱の出版にあたり、出版社ジムロックからドヴォルザークに宛てた手紙に言及した。ブラームスの絶賛があったとはいえ、ジムロックは慎重で、原稿料の支払いを先延ばしにした。無論ドヴォルザークに異論を挟む余地などない。

出版されたモラヴィア二重唱の評判は上々だ。先の手紙に従うなら、そこそこの原稿料が支払われても不思議ではない。ところが事実はそうなっていない。ジムロックはそこでドヴォルザークに巧妙な提案をする。

モラヴィア二重唱曲の原稿を支払わない代わりに、ブラームスのハンガリア舞曲と同じコンセプトで「スラブ舞曲」の作曲を依頼するのだ。この場合作曲の依頼とは、「出版の約束」と同義である。ドヴォルザークは、尊敬するブラームスの名前を出されて恐縮したのか、この提案に同意する。ベルリンの大出版社の目にとまった喜びで我を忘れたというのが真相だろう。

このように出版された「スラブ舞曲」は空前の大当たりとなる。作曲者ドヴォルザークの名前は欧州中にとどろくことになる。今度はさすがに原稿料が支払われた。スラブ舞曲第1集8曲で300マルクである。ブラームスのピアノ小品1曲に800マルクを支払うジムロックにすれば、安い買い物なのだ。スラブ舞曲の単価はおよそ38マルクとなるから、ブラームスのピアノ小品の20分の1以下だ。そしてさらにもっと残酷なのは、スラブ舞曲はピアノ連弾版と管弦楽版セットの買取価格になっている。交響曲第8番がブラームス第1交響曲の15分の1だと騒いで見せたが、こちらはその上を行く。

売り上げだけは空前の売り上げで、支払いはブラームスのピアノ小品1曲の半分以下だ。早い話が商売上手だ。安く仕入れて高く売る。あるいは多く売るのだ。何せ版元のジムロックの予想を遙かに超える売り上げだったという。

モラヴィア二重唱の原稿料を踏み倒した上、ヒット作となるスラブ舞曲のタネを蒔き、ドヴォルザークを世に出すアシストをし、その後の優先出版権まで認めさせるのだから、大したものだ。何だか役者が違う感じがする。

この過酷な仕打ちをブラームスは察知していたのだろうか。

2009年11月14日 (土)

声部を足す

モラヴィア二重唱のCDの解説に興味深い記述があった。

モラヴィア二重唱は声部を足すことで成り立っているというのだ。ドヴォルザークの眼前には単旋律のモラヴィア民謡があって、ドヴォルザークはそれに第2の声部を加えることで二重唱化を試みたと言っている。最終的には、そうした手法だけにとどまらず大きく創作の手を加えたとされている。

本当だろうか。一方でモラヴィア民謡の風合いを尊重しながらも、旋律はオリジナルという指摘もある。

バッハのエピソードを思い出す。バッハは多声部の作品を与えられると、アドリブでもう1声部を加えた即興演奏が得意だったらしい。与えられた作品の対位法的構造を即座に読み取り、それに準拠した上で架空の声部をたちどころに付加出来たのだ。

当代最高の対位法の泰斗ブラームスは、同時に最先端のバッハ研究家でもあったから、当然そのことを知っていた。

だから既存の旋律に声部を足すというコンセプトはおそらくブラームスを驚喜させたと思われる。

2009年11月13日 (金)

出来高払い

実績確定を待って支払われる報酬の意味か。「出来が悪けりゃお支払いいたしません」というニュアンスを濃厚に含む。お手並み拝見モードだ。叱咤激励の意味もあろうが、買い手側の上から目線も感じる。

モラヴィア二重唱の国内版CDの解説にお宝情報があった。

ブラームスから薦められて「モラヴィア二重唱」の出版に踏み切ったジムロックから、作曲者ドヴォルザークに宛てた手紙の抜粋が載っていた。

「今はまだお支払い出来る段階ではありませんが、然るべきときがきたらお支払いします」という一文があった。これはつまり本日話題の「出来高払い」に違いない。ジムロック側の都合を申せば、いくらブラームスの推薦とはいえ、まだ無名の駆け出し作曲家の作品に対し天下のジムロックがホイホイと原稿料を払う訳にも行かないのだ。

手紙を受けたドヴォルザークはたいそう喜んだという。出来高払いに不満を述べることもない。チェコの無名作曲家としては、ドイツ帝国首都の大出版社から作品が刊行されるだけで、大満足だったのだ。

かくして出版にこぎつけた「モラヴィア二重唱」はドイツマスコミから好意的に評価され、楽譜も売れた。

ジムロック社は、ドヴォルザークを売れる商材と感じ始める。だから「スラブ舞曲」の出版を提案するのだ。モラヴィア二重唱、スラブ舞曲がドヴォルザークのドイツ音楽界での知名度を決定的に押し上げた。幸か不幸かこの成功体験で、ジムロックの側には、先入観も生まれた。つまり「ドヴォルザークは小品に限る」という認識だ。これがあとあと物議を醸す。ドヴォルザークの「書きたい」とジムロックの「買いたい」がすれ違うようになる。

2009年11月12日 (木)

歴史的視点

大きく振りかぶったタイトルだが大したことはない。CDの話だ。昨日「モラヴィア二重唱」がチェコ語で歌われたCDを発見したと書いた。一方ドイツ語で歌われたCDは既に持っていたが、それが思わぬお宝だった。

ソプラノがバーバラ・ボニーで、メゾソプラノがアンジェリカ・キルヒシュラーガーという、デリシャスなCDだ。「出会い」というタイトルが付けられている。フェリクスとファニーのメンデルスゾーン姉弟、シューマン、ブラームスの二重唱曲に続いて、ドヴォルザークのモラヴィア二重唱曲が収められている。もちろん私は、このうちのブラームスの二重唱曲たった3曲のために入手したものだが、昨今別の意味ではまり出した。

モラヴィア二重唱曲がドイツ語で歌われているだけがその理由ではない。

モラヴィア二重唱曲は、プラハの裕福な商人の依頼によって書かれた。ネフというその一家にピアノを教えていたドヴォルザークが、一家のアンサンブルの楽しみのために、何か民族的な作品をと求められたことが作曲の契機だった。ネフからの具体的な依頼の理由が興味深い。「家族のアンサンブルではシューマンやメンデルスゾーンの二重唱を好んで演奏していたが、それらはどれもドイツの作品だ」というのだ。

先のCD「出会い」はこれらの経緯を反映した選曲になっている。ネフ一家が好んだであろうドイツ系の二重唱曲を先行させた後に、モラヴィア二重唱曲に移る。モラヴィア二重唱曲成立の歴史的経緯を踏まえている。

ネフが言う「ドイツの作品」にブラームスが含まれていたかという点には疑問もあるが、「出会い」というタイトルにも説得力が出てくる。

私がはまっている理由がもう一つ。そこに収められた二重唱たちの可憐な味わいが最大の理由だ。昨日話題にしたチェコ語版に比べると、少しは言葉が判ることが、味わいを親しみ易いものにしている。

2009年11月11日 (水)

モラヴィア二重唱

ドヴォルザークが1875年から1878年までにモラヴィア地方の民謡に付曲した歌集。全22曲が3つの作品番号に分かれて1879年にジムロック社から出版された。

今となっては、ドヴォルザーク作品の全体像を俯瞰する立場からはお世辞にも主要作品とは言い難い。けれどもこの歌集がブラームスの目に止まり、ジムロック社を紹介したことがドイツ音楽界の目をドヴォルザークに向けさせるキッカケになった。当時のドイツのマスコミの絶賛振りが現在に伝えられている。ドヴォルザーク側の伝記では必ず言及されるメジャーなネタだし、ブラームス側でも少し詳しい伝記にはキッチリ現れる。

ところが、チェコ語版CDとなるとレアだ。ドヴォルザークの作品解説書でもなかなか細かく言及されない。最近やっとチェコ語で歌われているCDを見つけた。テキストがチェコ語と日本語の対訳で掲載されている。

ブラームスの残した二重唱とはまた趣きが違う。懐かしくてほっとする感じ。可憐な旋律が次々と惜しげもなく披露される。民謡好きのブラームスの熱狂が伝わってくる。

2009年11月10日 (火)

称賛と値切りと

1889年ジムロックは、ドヴォルザークのピアノ四重奏曲変ホ長調の原稿を受け取った後、感激した筆致でブラームスに書き送る。

「ドヴォルザークの頭の中は楽想で満ちているようだ」

大出版社の経営者でありながら音楽への深い素養を持つジムロックのこの手紙は、称賛である。ソナタの枠組みにとどまりながら、みずみずしい旋律がてんこ盛りだ。ブラームスからの返信が確認出来ないのが残念でさえある。ドヴォルザークへの返信の中に、作品を称賛する文面が見られても、それは単なる儀礼という可能性もあるが、利害関係の無いブラームスへの手紙で称賛する文面が現れるのは、本心からの言葉だろう。

48歳、円熟の域にあるドヴォルザークは続いて第8交響曲に着手しまもなく完成にこぎつける。ピアノ四重奏を絶賛したばかりだというのにジムロックの仕打ちは残酷だ。第8交響曲の原稿料として「1000マルク」を提示して、押し問答が始まる。

「称賛は称賛、商売は商売」という切り替えの早さは、まさに経営者そのものだ。

2009年11月 9日 (月)

為替差益

複数通貨間の価値の差によって発生する利益。当然得ばかりではない。損をすれば為替差損ということになる。

難しい話ではない。円が強い場合、つまり円高状態の時に海外旅行をすると実感出来るし、国内で輸入品を買っても同様だ。楽譜ショップ店頭で、全く同じ楽譜に違う値段がついている場合がある。これは輸入時期の為替レートをパラレルに反映した結果であることも多い。

10月29日の記事「為替レート」を書いていてふと思いついたことがある。

1875年にブラームス作品の原稿買取相場が確立したと推定した。この相場を形成したのはブラームス作品出版を事実上独占していたジムロック社だ。ジムロック社の買い取り価格はマッコークルに詳しいが1875年以降の記述は全てマルクになっている。1871年普仏戦争勝利で成立したドイツ帝国の基軸通貨だ。

現在欧州で流通するユーロ以前のドイツマルクが、いわゆる強い通貨だったせいか「マルク」というと強い印象がある。ブラームス在世当時のマルクは周辺各国の通貨に対して強かったのだろうか。

お叱りを覚悟で強かったと仮定する。

ドイツ帝国首都の出版社からの支払いはマルク建てだ。ブラームスはマルク建てで収入を得ながら、実生活の本拠は隣国オーストリアの首都だ。マルクが強ければ、実生活が丸ごと根こそぎの為替差益となる。加えてフランスと英国にけして足を伸ばさなかった演奏旅行中でも、為替差益の発生があてに出来る。

音楽の都ウィーンの魅力に加えてこの差益が、ブラームスを定住に踏み切らせたのではあるまいか。仮にブラームスがこうした点に疎くても、少なくともジムロックは重々承知に決まっている。入れ知恵もあり得た。もしマルクが弱い通貨だったら、ブラームスが22年間延々とそれを受け入れるだろうか。ウィーン在住のブラームスが、為替差損の発生を指をくわえて見守るだけだったとは考えにくい。

さてドヴォルザークだ。オーストリア国家奨学金を受け取った当時、ボヘミアとオーストリアで流通する通貨間に価値の差があれば、為替差益が発生していた可能性もある。伝記を紐解けば、奨学金の支払いも、プラハでの生活費も「グルデン」で記述されているから可能性は低いが、同じ通貨単位でも国によって価値が変わる場合もあるから、諦めるのは早い。

さらに渡米を熱心に薦めたサーバー夫人は、その条件をドル建てで提示している。当時のドルが現在のような世界通貨状態だったかどうか確認する必要があるが、発展著しい新興国の通貨として将来性は十分だっと思う。ドルの価値に先高感があれば、莫大な報酬をドル建てで受け取りるメリットは大きい。

2009年11月 8日 (日)

乙女たちの挑戦

昨日アンサンブルコンテストの地区予選があった。次女の所属するブラスバンドから4組が参加した。次女はトロンボーン四重奏での参加だ。もちろん聴きに行った。ブログ「ブラームスの辞書」好みの偶然があった。長男が週一回聴講に通う大学のホールが会場になっていた。コンテストの運営を一手に引き受けていたのは、長男の通う高校のブラスバンド部員たちだった。幸先がいい。

近隣の中学から約50組が参加しているが、トロンボーン四重奏は他に無かった。各々5分の持ち時間の中日ごろの成果を披露していた。まず大書すべきは、裏方に回った中高生たちのキビキビとした対応が何にも増して素晴らしかったことだ。会場内への誘導、受付、司会進行、楽譜イスのセッティング等々、円滑な運営への執念を感じた。

中学生たちのキビキビと意欲溢れる演奏を聴くと、つくづく残念に思うことがある。プログラムを見る限り、ブラームスの作品は無い。ドヴォルザークもだ。このアンサンブルコンテストが吹奏楽活動の一環であることが大きく係わっている。参加者の10%でいいから、意欲が弦楽器に向けられたら、さぞや素晴らしいと思う。中学生たちが目を輝かせて弾くブラームスの六重奏曲を聴きたい。アメリカ四重奏曲でもいい。

インフルエンザのせいか棄権が4組もあって、あっという間に出番がやってきた。中学生たちは思いのほか上手い。娘たちの演奏が遜色ないレベルなのかとても不安だったが、一瞬で杞憂とわかった。1番から3番のトロンボーンが和音で刻む中、4番トロンボーンの粛然としたソロ。立ち上がり一瞬で会場の空気をコントロールして見せた。響きを作ろうという明確な方向性が感じられた。各々のテクの披露ではないし、音量も問題ではない。これはアンサンブルなのだという意図が込められていたように思う。

実質4分少々の演奏を暗譜でこなしていた。楽譜は全部頭にあって、演奏中はアンサンブルに徹していた感じがした。ブレスや目配せが随所に絡む緻密なアンサンブルだ。同学年のトロンボーン吹きが4名集まって、アンサンブルコンサートに挑戦するとは得がたい経験だ。そのことがどれだけ素晴らしいかを、彼女らがとっくに判っている感じがした。このメンバーに次女が含まれていることを誇りに思う。

3番を吹く次女にもソロがあった。けれども親バカモードでそれに延々と言及することが、どれだけ野暮か、彼女らから教えられた気がする。

4人の乙女たちにブラームスと、ドヴォルザークのご加護がありますように。

2009年11月 7日 (土)

買い取り価格のメカニズム

ブラームスとは蜜月関係にあった出版社ジムロックが、ドヴォルザークとはしばしば揉めたことは、既に何度も書いている。ドヴォルザークが売りたい値段と、ジムロックが買いたい値段が大抵は一致しないことが原因だ。

ジムロック社に限らず、楽譜の出版社は、扱う作品について下記のような様々な条件を織り込んで原稿料を提示する。

  1. 作曲者
  2. 作品の内容
  3. 編成
  4. 総ページ数
  5. 販売見込み
  6. 印刷部数

出版社にとって原稿料はコストだから、上記を総合的に判断して回収可能なコストとしての原稿料を算出しているに決まっている。

ドヴォルザークとの行き違いの原因は、ジムロックの口からしばしば漏れ伝わってくる。上記で言えば5番の販売見込みなのだ。「スラブ舞曲」「モラヴィア二重唱」は小品集だ。小アンサンブル用の作品集は売れるのだが交響曲等の大曲は売れないと踏んでいる。売れない作品について原稿料は弾めないというロジックに貫かれている。作品のジャンルや音楽的価値とは別のロジックが作用しているということに他ならない。

さて一方ブラームスは大きく事情が違う。ジムロック社の原稿買い取りに以下のような基準があったと推定した。

  • 交響曲  1曲750万円    (15000マルク)
  • 協奏曲  1曲450万円    (9000マルク)
  • 管弦楽  1曲225万円    (4500マルク)
  • 室内楽  1曲150万円    (3000マルク)
  • ピアノ曲  1曲 40万円    (800マルク)
  • 歌曲    1曲 22.5万円   (450マルク)
  • ハンガリア舞曲 第2集11曲で150万円(3000マルク)1曲約14万円
  • 49のドイツ民謡 全49曲で750万円(15000マルク)1曲約15万円

改めてこれを眺める。規模の大きな作品ほど高額になっていることは明らかだ。この場合の規模とは、作品の長さ言わば総小節数に、参加するパートの数つまり五線の段数が勘案されていると見て間違いない。実際に作曲する際の難易度ではなく、ブラームスが作品を楽譜にダウンロードする際にかかる手間に比例した原稿料になっている。ジムロックはブラームス作品の品質が完全に信頼できるという前提の元、それを原稿に書き下ろすブラームス自身の手間にリンクする形で原稿料を決めているように見える。

よく考えるとこれは凄いことだ。販売見込みを基準にしていないということなのだ。たとえば交響曲は室内楽の5倍の原稿料を払っているが、はたして5倍売れるのだろうか。価格の付け方にもよるが部数だけで比較するなら現実的ではあるまい。

交響曲と「49のドイツ民謡集」に同額15000マルクが支払われているが、ジムロック側のコストは、パート譜を作らねばならない交響曲の方が上に決まっている。単純に組版の手間を考えても交響曲の方がコスト高だ。そして肝心な売上げも、一般家庭にくまなく浸透するという市場の大きさという意味で交響曲は不利だ。

ブラームスに対するジムロック社の破格の扱いが透けて見えるようだ。

2009年11月 6日 (金)

ノヴェロ社

ノヴェロ社とはロンドンの楽譜出版社である。ドヴォルザークの話を拾い集めていると、必ず出くわす名前だ。第8交響曲が「イギリス」の名で呼ばれることを説明する文章に現われることが多い。1890年ジムロック社が第8交響曲の原稿買い取り価格として1000マルクを提示したことがドヴォルザークの逆鱗に触れ、契約を無視してノヴェロ社から出版したという有名なエピソードがある。

ここで大きな疑問がある。このとき第8交響曲の版権を獲得したノヴェロ社は、いったいいくらを提示していたのだろう。

この答えがなかなか見つからないのだ。

この探し物をしているうちに別のお宝情報を発見した。

1876年7月ノヴェロ社はブラームスに宛ててオラトリオの作曲をオファーしている。これはメンデルスゾーンのオラトリオ「エリア」を念頭においた依頼で、報酬はなんと15000マルクだ。この金額とこの時期は微妙である。

1876年11月に初演され翌年にジムロックから出版されることになるブラームスの第一交響曲の報酬とピタリと一致するのだ。「エリア」は演奏時間にしてドイツレクイエムの2倍を必要とする超大作だから、比較にはなお慎重を期さねばならないが、ブラームスに対する評価の高さをうかがわせるには十分だ。第8交響曲の提示額がますます知りたくなってきた。

ヴォージョレーヌーボーはフランス産のワイン。その年に出来たものをいただくというコンセプトが初物好きの日本人の心を捉えている。緯度がもう少し南のイタリアでは、この解禁日はやや早まる。今年は今日である。イタリア産の新酒のことをノヴェロという。ノヴェロ社と関係があるのだろうかと、おバカなオチをかましておく。

2009年11月 5日 (木)

報酬の送金先

作品の原稿料として出版社からブラームスに支払われる報酬は、ブラームスの口座に振り込まれたと見るのが自然だ。ジムロックはブラームスの友人にして大出版社の経営者だ。さらにはブラームスの信任厚き財産管理人でもある。だからジムロックはブラームスに作品の報酬を支払うとは言っても、原則として自分が管理するブラームスの口座に送金するだけだった。

ところがだ。「雨の歌」の通称で名高いヴァイオリンソナタ第1番ト長調op78は例外だった。3000マルク(約150万円)という金額はいつもの通りだったが、その振込先をブラームスから特に指示されたのだ。その送金先を見て驚いた。

シューマン基金だ。そんな例は他に無い。

シューマン基金への寄付は、事実上クララへの送金と見てよい。ヴァイオリンソナタ第1番の報酬全額をそっくりクララに贈ったようなものだ。

ヴァイオリンソナタ第1番の引用元歌曲「雨の歌」op59-3にテキストを供給したクラウス・グロートをブラームスに紹介したのはクララだった。あるいは2008年2月16日の記事「天国に持って行きたい」を思い出して欲しい。

この珠玉のソナタはフェリクスの想い出が詰まった曲だ。天国のフェリクスに聴かせたいとクララが願った曲だ。おそらくブラームスはその願いに答えたのだ。作品をクララに献呈するという形式を取らずに、それでいてクララへの贈り物であることを記憶する方法を考えたに違いない。何故ならこのソナタはリーズルことエリザベート・フォン・ヘルツォーゲンベルクから献呈をねだられたのに対し、別の曲「2つのラプソディ」op79を献呈してごまかしている。だからこのソナタを大っぴらにクララに献呈しては、今度はリーズルの機嫌を損ないかねない。

表面上このト長調ソナタは誰にも献呈されていないが、報酬全額をシューマン基金に寄付することでけじめをつけたと見た。このソナタが断固クララ母子への贈り物であることを、リーズルに秘匿しつつ表明したようなものだ。

フェリクスの名付け親でもあったブラームスのけじめ。

最近こういうのをカッコいいと感じるようになった。歳だろうか。

2009年11月 4日 (水)

大損

昨日の記事「財産管理人」でジムロックとブラームスの関係を推測した。その中でジムロックがブラームスの資産を運用に回していたのではないかと述べた。

実はそれにはちゃんとした証拠がある。

1895年ジムロックはブラームスに詫びる。ブラームスの資金を投じて購入した株が、企業の破綻で紙クズにでもなったのだろう。ジムロックの判断で投じた20000マルクが損失となった。ジムロックはブラームスに損失の返済を申し出たのだ。

ブラームスは、これを「走れメロス」的言い回しで毅然として拒絶する。もちろんこの投資話自体は、事前にブラームスに伝えられてたらしいが、そんなことは話していた間だけ念頭にあったと回りくどい慰め方をするブラームスだ。

ジムロックの過失による20000マルク約1000万円の損失について、少なくとも書簡上では全く非難していない。交響曲1曲の原稿に対しての支払いが15000マルク(750万円)だったこと思い出さねばならない。あるいはジムロックの競合相手が第3交響曲に20000マルクを提示した際、ジムロックはブラームスに15000マルク以上の支払いは経営に影響する旨言明していることから、20000マルクの重みが類推出来よう。

このエピソードで浮かび上がるのは2人の揺ぎ無い信頼関係だ。どうも商売上の旨味ばかりではない絆を感じてしまう。

ジムロックという人物を、ドヴォルザークの伝記で読むか、ブラームスの伝記で読むかによって印象が180度違って来ることが身に沁みる。

2009年11月 3日 (火)

財産管理人

ブラームス作品を原稿の買い取り価格という切り口から深く見つめる記事を連ねてきた。さらにドヴォルザーク作品の買い取り価格を対比することで、出版人ジムロックの姿勢を浮かび上がらせようと試みた。

一言で言えば「ブラームス高のドヴォルザーク安」と称することが可能だ。

ブラームスとドヴォルザークにおける対応の差に深くため息をつかざるを得ない。こうしたジムロックの姿勢の違いが何に起因するのか私なりに考えを深めるというのが本日の話題だ。

キーワードは「財産管理人」だ。

ブラームスは、友人で出版人のジムロックに自らの財産管理を任せていた。借家住まいのブラームスだから土地建物等の固定資産は無い。おそらく古楽譜を含む膨大な量の蔵書を別とすれば、財産の最たる物は現金だ。おそらくほとんどが預金だろう。だからここでいう財産管理とは預金管理と見て間違いなかろう。

まとまった金額の出費、たとえば寄付などの送金はブラームス自ら手配するのではなく、ジムロックに手紙で指示していた。匿名の寄付のはずがジムロックの不手際のせいで名前が出てしまったことにブラームスが立腹するなど小さなトラブルはあったが、ブラームスの信頼は揺るがない。

こうした角度から「ブラームス高のドヴォルザーク安」という現象を再点検する。

ブラームス作品の原稿料がどれほど高くても、ジムロックから見れば自分が管理する口座に振り込むだけなのだ。あるいはブラームスの口座に振り込むことさえなかったかもしれない。定期的に入出金の状況や預金残高の報告はしたに決まっているが、ごまかそうと思えば出来た。一方ドヴォルザークへの支払いは、正真正銘自分の管理外への支出となる。この差は大きいと思う。ブラームスの口座にある限り、当座の運転資金の足しにはなったと思う。下手をすれば運用益さえ見込めることもあろう。財産管理人であれば資金運用までも任されていても不思議ではない。あるいは万一ジムロック社の資金繰りが悪化した場合、ブラームスが当座の運転資金を用立てることがあったかもしれない。さらにブラームスへの原稿料の支払い猶予ということもあったと愚考する。

こうしたブラームスとの蜜月関係をバックに、作品の買い取り相場を高く設定し、他社の参入を困難にすることで、事実上ブラームス作品の独占出版権を確保していたとまで想像したい。

よほどの信頼関係だ。小さな手違いは別として、お金でジムロックと揉めた形跡が無さそうというのが凄い。この手の有能なビジネスマンに金銭の管理を任せているのを見ると、現代のトップアスリートたちと交渉代理人の関係を思い浮かべてしまう。

そしてジムロックはブラームスよりも長命だったからなお盤石である。

2009年11月 2日 (月)

増ケタ

管理対象数の増大で付与出来る番号が不足するのを補う手段として頻繁に用いられる。私の記憶の範囲だけで申しても、自動車の分類ナンバー、市内局番、郵便番号、図書ISBN番号などすぐに思いつく。

管理対象の増加対策が目的だが、その背景にはユーザー数の増大がある。現在増大していることに加えて将来も増大の見通しであることが必須だ。

11月1日の記事「第2次カテゴリー改訂」でブログ「ブラームスの辞書」のカテゴリーを一新すると書いた。本日話題の「増ケタ」はその改訂の肝になっている。カテゴリー先頭に付与される番号を3ケタにしたのだ。

2033年5月までのブログ継続を標榜する以上、カテゴリー増は半ば必須である。2ケタの番号ではカテゴリーの最大数が100にとどまる。2033年5月のゴール時点で10000本を超える記事の管理を考えると少ないと言わざるを得ない。単純平均で1カテゴリー100本だ。これでは利便性が怪しくなる。3ケタにするとカテゴリーの最大値が1000になる。カテゴリーが1000というのも凄いが、10000本の記事を捌くには当然必要だ。

図書館で目にする分類番号は3ケタだ。この3ケタの使いまわしで図書がキッチリ分類出来ていることは、良い知らせだ。10000本少々の記事の分類なんぞ余裕でこなせるに違いない。

つまりこれは、2033年までブログを継続させるための準備である。

2009年11月 1日 (日)

第2次カテゴリー改訂

2006年11月に「カテゴリー改訂月間」と称して、カテゴリー体系を刷新した。あれから丸3年が経過した。あのときは、それなりに満足もしたのだが、その後カテゴリーが増えたためにカテゴリーの配置が乱雑になった。

このたびそれらを再び一新することとした。11月と12月を第2次カテゴリー改訂月間と位置づけて作業を進める。公開済みの記事、および未公開記事も全て再チェックし、カテゴリーの再配布を行う。

改訂中はカテゴリーの表示に不整合も生ずると思われるがご理解いただきたい。

<改訂の趣旨>

  1. 前回改訂後に増加したカテゴリーを空き番号に無理矢理置いたためにカテゴリーの配置が乱雑になった。あらたな体系に従った再配置を実施。
  2. カテゴリーへの収納定義が時間とともに曖昧になってきた。当初の定義とはずれた運用をしたために収納された記事に一貫性がなくなった。カテゴリーの再定義。
  3. 2033年5月7日までの継続を意識した体系。今後のカテゴリー増に柔軟に対応できる体系の構築。
  4. 何でもかんでも便利に放り込まれた何でも有りのカテゴリーが2、3存在し、放置は見苦しいという状態になっていたので、整理した。
  5. 不要カテゴリーの統合廃止。
  6. 新カテゴリーの設置。従来はカテゴリーの新設を記事の中で紹介したが、今回はそれをやるとかなりな数の記事をそれに割かねばならなくなるので、いちいち紹介しない。
  7. 1本の記事に対するカテゴリー付与上限の撤廃。

<新カテゴリー体系>

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