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2009年11月 7日 (土)

買い取り価格のメカニズム

ブラームスとは蜜月関係にあった出版社ジムロックが、ドヴォルザークとはしばしば揉めたことは、既に何度も書いている。ドヴォルザークが売りたい値段と、ジムロックが買いたい値段が大抵は一致しないことが原因だ。

ジムロック社に限らず、楽譜の出版社は、扱う作品について下記のような様々な条件を織り込んで原稿料を提示する。

  1. 作曲者
  2. 作品の内容
  3. 編成
  4. 総ページ数
  5. 販売見込み
  6. 印刷部数

出版社にとって原稿料はコストだから、上記を総合的に判断して回収可能なコストとしての原稿料を算出しているに決まっている。

ドヴォルザークとの行き違いの原因は、ジムロックの口からしばしば漏れ伝わってくる。上記で言えば5番の販売見込みなのだ。「スラブ舞曲」「モラヴィア二重唱」は小品集だ。小アンサンブル用の作品集は売れるのだが交響曲等の大曲は売れないと踏んでいる。売れない作品について原稿料は弾めないというロジックに貫かれている。作品のジャンルや音楽的価値とは別のロジックが作用しているということに他ならない。

さて一方ブラームスは大きく事情が違う。ジムロック社の原稿買い取りに以下のような基準があったと推定した。

  • 交響曲  1曲750万円    (15000マルク)
  • 協奏曲  1曲450万円    (9000マルク)
  • 管弦楽  1曲225万円    (4500マルク)
  • 室内楽  1曲150万円    (3000マルク)
  • ピアノ曲  1曲 40万円    (800マルク)
  • 歌曲    1曲 22.5万円   (450マルク)
  • ハンガリア舞曲 第2集11曲で150万円(3000マルク)1曲約14万円
  • 49のドイツ民謡 全49曲で750万円(15000マルク)1曲約15万円

改めてこれを眺める。規模の大きな作品ほど高額になっていることは明らかだ。この場合の規模とは、作品の長さ言わば総小節数に、参加するパートの数つまり五線の段数が勘案されていると見て間違いない。実際に作曲する際の難易度ではなく、ブラームスが作品を楽譜にダウンロードする際にかかる手間に比例した原稿料になっている。ジムロックはブラームス作品の品質が完全に信頼できるという前提の元、それを原稿に書き下ろすブラームス自身の手間にリンクする形で原稿料を決めているように見える。

よく考えるとこれは凄いことだ。販売見込みを基準にしていないということなのだ。たとえば交響曲は室内楽の5倍の原稿料を払っているが、はたして5倍売れるのだろうか。価格の付け方にもよるが部数だけで比較するなら現実的ではあるまい。

交響曲と「49のドイツ民謡集」に同額15000マルクが支払われているが、ジムロック側のコストは、パート譜を作らねばならない交響曲の方が上に決まっている。単純に組版の手間を考えても交響曲の方がコスト高だ。そして肝心な売上げも、一般家庭にくまなく浸透するという市場の大きさという意味で交響曲は不利だ。

ブラームスに対するジムロック社の破格の扱いが透けて見えるようだ。

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