ブラームス神社

  • 道中安全祈願

おみくじ

  • テンプレート改訂しました

独逸日記

  • ドイツ鉄道博物館のおみやげ
    2012年3月28日から4月4日まで、次女の高校オケのドイツ公演を長男と追いかけた珍道中の記録。厳選写真で振り返る。

ビアライゼ

  • Schlenkerla
    自分で買い求めて賞味したビールの写真。ドイツとオーストリアの製品だけを厳選して掲載する。

カテゴリー

« 講評 | トップページ | 極上の時 »

2010年1月12日 (火)

ハンスリックのコメント

ドヴォルザークを世に送り出すキッカケが、オーストリア国家奨学金制度だったことは既に述べた。「若く」「貧しく」「才能ある」作曲家の発掘が狙いだった。そこで審査員をしていたブラームスの目にとまったことがドヴォルザークの転機になった。審査員メンバーの中にもう一人大物がいた。それがエドゥワルド・ハンスリックだった。反ワーグナーの論陣を張るウィーン楽壇最高の批評家だ。

ドヴォルザークに対するハンスリックのコメントが残っている。

奨学金の狙いは「若く貧しく才能ある作曲家の発掘」だったが、応募者のほとんどが、若くて貧しいという条件だけしか満たさない中、プラハのアントンの習作が大きな喜びをもたらした。

さすがにウィーン批評界の大御所だ。スパイスの効いたコメントで、ドヴォルザークという原石の発見を喜んでいる。

ブラームスの熱狂に加え、ハンスリックの高評価が、その後5年の奨学金獲得の前兆だったと見て間違いあるまい。

« 講評 | トップページ | 極上の時 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ハンスリックのコメント:

« 講評 | トップページ | 極上の時 »

フォト

ブラームスの辞書写真集

  • Img_0012
    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
2025年3月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ