周辺の探索
どうもドヴォルザークは作品の受け入れられ方が極端だ。ピアノ独奏曲の「ユーモレスク」変ト長調を見るがいい。「8つのフモレスケ」の7番でありながら、周囲のフモレスケのみならず、ピアノ独奏曲その他全てを覆い隠してしまっている。これ1曲が極端に有名で、他の曲が顧みられていない。まるで太陽のあまりの眩しさに、近くの星が見えないかのようだ。同じことは歌曲「我が母の教え給いし歌」の周辺でも観察される。
ドヴォルザークに限らず、特定の作曲家について見聞を深めようとするとき、有名作品と同一ジャンルの作品をとりあえず聴いてみるという行動に出ることがある。「我が母の教え給いし歌」でもやってみた。
「我が母の教え給いし歌」は「ジプシーの歌」op55全7曲の中の4曲目だ。実はこの直前の3曲目に、お宝が眠っていた。「森は静かに」という曲だ。驚いたことにブラームスの影響が指摘されている。一般向けの解説書で「ブラームスの影響云々」と書かれているときは、詳しい根拠が省略されていることが多くて苦慮しているが、ここもまた根拠レスな断言になっている。
曲の冒頭は「静かな夜に(In stiller Nacht)」WoO33-42に通じる静謐さが際立っている。聴いた瞬間の直感としては「夏の宵」op85-1だ。ブラームスは「D→B→F」と立ち上げるのに対して、ドヴォルザークは「D→B→Ges」と始まる。最後のGesの色艶が半端ではない。おそらくピアノ協奏曲第2番第3楽章6小節目の最後の音、独奏チェロが放つGesと同質だろう。身をよじるようなGesだ。
忘れてはいけない。ドヴォルザークの「ジプシーの歌」は1880年の刊行だ。ブラームスのop85より2年も早い。もちろん「静かな夜に」にも先行する。影響を受けたとすればブラームスの側だ。
この手の影響ごっこは得てして鑑賞の邪魔である。
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