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2010年3月18日 (木)

ビューローの呼びかけ

ビューローとはハンス・フォン・ビューローのことだ。クララ・シューマンの父フリードリヒ・ヴィークに師事したピアニストでもあり、近代指揮法確立の立役者でもある。当初熱心なワーグナー支持者だったが、後にブラームスの支持者となる。ブラームスの第一交響曲を「第10交響曲」と呼ぶなど後世に残る言葉をいくつか吐いている。

1875年だから、既にリストの娘コジマとは別れた後だ。ブラームス支持へ乗り換えた頃と思っていい。ビューローはドヴォルザークから交響曲第5番ヘ長調の献呈を受けた。オーストリア国家奨学金への初めての応募の翌年だ。

おそらくビューローはドヴォルザークへのブラームスの惚れ込みを知っていたのだと思う。この献呈に対する返信が残されている。

「もっとも尊敬する巨匠殿」と書き出される丁寧な書状だ。ところがこの後ビューローは、ドヴォルザークを指し示して「ブラームスに次いで、今日もっとも天性に恵まれた作曲家であるあなた様」と言っている。この言い回しがドヴォルザークの逆鱗に触れたとは思えないが、余計なお世話な気がする。単に「今日もっとも天性に恵まれたあなた様」で良いではないか。「ブラームスに次いで」は余計だ。

考えてもみてほしい。この時ブラームスの第1交響曲はまだ完成していない。交響曲を受け取っておいて、まだ1曲も交響曲を書いていない「ブラームスに次いで」とはご無体な表現だ。きっとこれはむしろビューロー側の都合だ。「ブラームスに次いで」という言い方でドヴォルザークが「ワーグナー派」ではなく「ブラームス派」だということを暗に指し示しているのだと思う。ビューロー自身がつい先ほど鞍替えしたばかりのブラームス派に、頼もしい同士が現れたという無意識下の思いが反映したと感じる。

この約1年後に陽の目を見たブラームスの第1交響曲が、周知の通りの力作だったのは幸いだ。これが万が一駄作だったらドボルザークも浮かばれない。

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