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2010年3月20日 (土)

出版のわきまえ

ブラームスの伝記を読んでいると随所に楽譜を出版した話が出てくる。それに関連したブラームスの意見も目にすることがある。

曰く「出しゃあいいってもんじゃない」である。

一の子分オイゼビウス・マンディチェフスキーが編集主幹となったシューベルト全集については、若書きまでが律儀に印刷されていることを嘆いている。シューベルトだって若い頃は変な作品を書いている。ベートーヴェンだって同じだという。ブラームスのこうした言葉には説得力がある。自らの作品への厳しい判断基準を我々は知っているからだ。世の中に楽譜出版が生業として認知されて行くと、出版されなければ書かなかったも同然なのだ。だから出版するしないにあたっては万全の判断をした。出版にあたらずと判断した作品の楽譜廃棄にも気を配った。

クララは夫ロベルトの若書きの出版に慎重だった。ブラームスは「あの人(クララ)はシューマンの若い頃の作品の楽譜を燃やしたンだと。立派な見識だ。なかなか出来ることではない」と述べている。

自らが世に送り出してその才能を賛美していたドヴォルザークに対しても「出せばいいとうものではない」という作品もあった。ドヴォルザークはプラハのオルガン学校を卒業してから作品が世に出るまで12年の歳月を要した。もちろんその間にも作曲は続けていた。スラブ舞曲でブレークした後、新作の注文が殺到したばかりか、初期の未出版作品にも白羽の矢が立った。ドヴォルザークには少々気の毒だが、「出しゃあいい」というノリがきっと出版社側に存在した。もしかするとジムロックの都合である。

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