葬列を辿る
音楽之友社刊行、日本ブラームス協会編「ブラームスの実像」の最終章には、1897年4月6日に執り行われたブラームスの葬儀の様子が詳しく書かれている。葬儀の翌日4月7日付けの新聞記事の和訳だ。
カールスガッセ4番地の自宅から、楽友協会を経て福音協会ABにて葬儀。さらに中央墓地へ埋葬されるまでの経路が詳しく書かれている。それを元に現在のウィーンの地図上で葬列が辿ったコースを再現してみる。
- カールスガッセ4番地 Karlsgasse 6日14時30分出発予定。事前の告知より実際の出発が遅れた可能性もある。
- テヒニカーシュトラーセ Techniker strasse
- シュヴァルツェンベルガー橋 Scwarzenberger 現存しない。
- ロートリンガーシュトラーセ Lothringer strasse
- 楽友協会 Musikverein 15時着だ。事前告知では、福音協会ABでの葬儀開始が15時とされているから、少々遅れ気味だ。
- オペラ座前 Oper
- オーペルンガッセ Opern gasse
- アルブレヒト広場 Albrecht plazz
- テゲットホフシュトラーセ Tegetthof strasse
- プランケンガッセ Planken gasse
- ドロテアガッセ Dorotheer Gasse
- 福音協会AB 葬儀
- アウグスティーナー教会前 Augustiener Kirche
- ロブコヴィッツ広場 Lobkowitz Plazz
- オーペルンガッセ Opern Gasse さっきも通った。
- リンクシュトラーセ Ring Strasse
- シュヴァルツェンベルグ橋 Scwarzenberger さっきも通った。現存しない。
- レンヴェク Rennweg
- 中央墓地 区画番号26に埋葬された。
ドヴォルザークは、上記1番カールスガッセの自宅に集まった人々の中に記載されている。そして上記19番中央墓地での埋葬にも立ち会ったとも書かれているから、上記全行程を徒歩で踏破したことは確実だ。およそ11Kmの道のりである。
ありがとうドヴォルザーク。
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