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2010年6月30日 (水)

小伝馬町

時代劇では牢獄の所在地として頻繁に耳にする。近所に大伝馬町もセットで存在する。徳川時代には世界屈指の大都市だった江戸の物資流通の拠点があったとされている。大伝馬町は江戸の外との物流拠点で、小伝馬町は江戸の中の物流拠点だという。陸上輸送の主役は馬だったことを伺わせる地名だ。地下鉄日比谷線の駅名になっている。

小伝馬町駅の近所にJR総武線の馬喰町駅がある。馬喰は牛馬を扱う商人のことだ。小伝馬町の至近に馬喰町があるというのは、何だか理にかなっている。

もちろん今では当時の面影などない。諦めきれずに歩いていると驚くべき地名がある。小伝馬町の交差点から馬喰町の交差点に歩く途中だ。交差点の信号の下に「鞍掛橋」と書いてある。この交差点付近には昔本当に橋があった。今は川が埋め立てられてしまって地名だけが残ったらしい。小伝馬町と馬喰町の中間に鞍掛橋とは妙に洒落ている。

2006年9月1日から始まった小伝馬町への勤務が本日をもって終わる。朝、鞍掛橋を通ることもない。

2010年6月29日 (火)

延期の理由

ドヴォルザーク特集の開幕を一昨年2008年の9月8日にすることも可能だったが、諸般の事情により1年延期したことは、既に何度か述べてきた。2008年9月8日から2009年9月8日までの1年間に設定することも出来たが、1年延期したために、現在「ドヴォルザーク特集」の真っ只中になっている。

本年4月27日の記事「ドヴォルザークの日」はブログ「ブラームスの辞書」の記事が1841本に達したという内容だった。つまりそれはドヴォルザークの生年に因む。そして本日は没年に因む1904本目の記事だ。ドヴォルザーク特集の開幕を1年延期したことにより、1841本目と1904本目の記事が、特集期間内に収まることになる。1841本目と1904本目の記事をドヴォルザークの生年没年に因むといって取り上げるのは、ドヴォルザーク特集の会期中でこそ様になる。

実はこのことが、ドヴォルザーク特集の開幕を1年延期した直接のキッカケだった。たった2本とはいえ記事を稼げるのは、大きなメリットである。

2010年6月28日 (月)

糸杉のCD

6月10日の記事「糸杉」以来たびたび話題にしている歌曲「糸杉」のCDを発見した。弦楽四重奏版12曲については既にCDも楽譜も持っていたが、オリジナルの歌曲はなかなか入手できなかった。英国製2500円でこのほど無事ゲットである。

ドヴォルザーク25歳の作品で、アンナ夫人の実姉ヨゼフィーナへの失恋が色濃く反映しているとどんな解説書にも書いてある。全18曲からなる歌曲集だ。1887年47歳のドヴォルザークがこのうち12曲を選んで弦楽四重奏版に編曲した。とても気に入ったのでオリジナルが聴きたいと常々思っていた。ヴァイオリンソナタ第1番ト長調「雨の歌」が気に入ったから、オリジナルの歌曲も聴きたいと思うのと同じ理屈である。

聴いてみる。オリジナルの歌曲集「糸杉」とその弦楽四重奏版が1枚に収められているとは、痒いところにピタリと手が届く感じで心地よい。

歌うのはティモシー・ロビンソンというテノール歌手。弦楽四重奏版を先に聴いているから、なじみのメロディが次々と出てくる感じ。ピアノ伴奏はきわめてシンプルだ。弦楽四重奏への転写に当たり趣向を凝らしたと見るべきだ。歌曲版でサラリと仄めかされた詩的意図が、方向を変えぬまま増幅されている感じ。

弦楽四重奏側の5番と9番に見られるヴィオラ起用は、歌曲版から意表をついた感じになる。11番の第2ヴァイオリンの剽軽な音形もオリジナルには見られない。

歌曲版の楽譜がどうにも欲しくなった。

2010年6月27日 (日)

歌曲特集の収穫

昨年1月から6月まで続いた歌曲特集では、ブラームス歌曲についての記事を80本公開した。その甲斐あって公開済みの歌曲ネタは169本になった。まだ1年前なのに随分昔のような気がする。

嬉しい余禄も付いてきた。「ブラームス」と「歌曲」というキーワードでブログにたどり着く人が増えている。記事が堆積したおかげで検索エンジンで釣られ易くなっているようだ。

「ブラームス」単独での検索の場合、表示順位は10位前後をうろうろしている状態だが、「ブラームス」と「歌曲」のアンド検索だと、一気に上位に進出する。最上位に表示される場合もある。「ブラームスの歌曲」について調べ物をする場合、「ブラームス」「歌曲」と入力して検索するのはとても自然だ。だからこの順位は嬉しい。

2010年6月26日 (土)

風呂抜き

無精者の生活の事ではない。

5音音階の話だ。世界中の民俗音楽は音階の7つの音からどこか2つを除いた音階を持っていることが多い。日本ではファとシが抜かれ、「ヨナ抜き」と通称されている。「ドレミソラ」だ。この音階の特色は半音を持たないことだ。日本人には親しみ易い。

実は実はドヴォルザークの作品にはこの手の5音音階が頻繁に現れる。解説書ではしばしばそのことをもってドヴォルザークの特色であると位置づけている。ドヴォルザークのメロディーが持つ懐かしさの根源をこのあたりに求める立場である。

本日のお題「風呂抜き」は「26抜き」だ。つまり音階から2番目のレと6番目のラを抜くのだ。ピアノの白鍵を「ドミファソシド」と叩けば、これがいわゆる「沖縄音階」だと解る。「ミファ」「シド」に見られる半音階が独特な味わいの源泉だと思われる。

5音音階の魔術師ドヴォルザークは、この「風呂抜き」も使いこなしていた感じがする。アメリカの愛称で名高いヘ長調の弦楽四重奏の姉妹作、変ホ長調の弦楽五重奏曲のフィナーレは、ほんのり沖縄テイストだ。付点のリズムと「ファミファソファ」がその原因だ。

あるいは出世作モラヴィア二重唱曲op32-4「仲良く出会ったのだから」の10小節目にも26抜きが現われるような気がする。

思うだにドヴォルザークは巧妙だ。民俗的な5音音階と、ドイツ伝統の諸形式を手品のように融合して見せる。その継ぎ目の精巧さこそがブラームスを唸らせたのだと思う。

ひとまず6月26日の記事とするのが私のこだわりだ。

2010年6月25日 (金)

スラブっぽい

ドヴォルザークの創作期中期の特色にスラブ時代と呼びならわされる時期がある。スラブ風な特徴が多く現れるとされている。そうしたスラブ風の特徴の一つが「2度関係の重視」である。

調性の採用において2度関係を好む傾向のことだ。第一主題と第二主題だったり、楽章間の関係だったり、序奏と主要部の関係だったりする。たとえば名高い弦楽セレナーデの終楽章は、ホ長調の主部に嬰ヘ短調が先行して始まる。

3度6度大好きのブラームスとは縁が無いと思っていたが、アガーテとの関連ばかりが取り沙汰される弦楽六重奏曲第2番がちょっと怪しい。ト長調の終楽章が実質イ短調で始まっている。これ上記のスラブ風の取り扱いにピタリと一致する。

そのつもりで見るとこの六重奏曲には思い当たる節が多い。第3楽章中間部の拍節はフリアントそっくりだ。緩徐楽章にはドヴォルザークの弦楽六重奏そっくりの旋律が現れる。作曲年代はドヴォルザークを知る前だから、ただちに影響論には発展しにくいが、ドヴォルザークの存在とは別に、スラブの特色を取り入れていた可能性もある。

アガーテという切り口で語られ過ぎて見落としがちである。

2010年6月24日 (木)

たった一度のソロ

大学入学後ヴィオラを始めて、3年の冬にはパートチーフになった。やめずに続けていれば、初心者でもこういうことが起きる。おまけに大学4年の時には団長になった。団長は、楽器のテクとは関係がないが、パートチーフは痛い。演奏会ではトップの位置で弾くのだ。私はテクでトップの座を手繰り寄せた訳ではないから、ソロでも出て来ようものなら、そりゃあもう緊張した。パートソロならともかく、トップ奏者の独奏ともなると半端でなくやばい。

4年夏の演奏会で、ソロが出てきた。ドヴォルザークの新世界交響曲だ。第2楽章の110小節目である。コンサートマスターと、チェロのトップと私の3人で、「遠き山に日は落ちて」を弾く感じだ。ヴィオラ的にはD♭音の伸ばしだから、緊張はさほどでもないが、ヴィブラートのまずさが露呈するという副作用も付いて回った。弦楽5部の1プルト目によるアンサンブルでフラットゴロゴロの旋律を弾かされる105小節目の方が5倍はやばいことも、ソロの緊張感を弱めていたと思う。

1981年6月24日の話である。もっと味わってやればよかったと後悔するばかりである。

2010年6月23日 (水)

営業サイド

会社がある程度大きくなると、部署間で意見が食い違うということも起きてくる。たとえば「本社」「工場」「営業」「経理」で見解が異なることも少なくない。昨今の顧客至上主義の中、日ごろ顧客に接している営業部門の発言が大きな影響力を持っていることが多い。

最終的に営業部門の意見が結論として採用された場合、営業以外の部門からは「営業サイドの意向に従った」とか「営業サイドに押し切られた」などというコメントを発することになる。

記事「さすがチェコ」でドヴォルザークの「2つのヴァイオリンとチェロ、ハルモニウムのためのマリチコスチ」を収録したCDの話をした。ご機嫌な出来映えで満足している。ハルモニウム独特の音色が弦楽器によくなじむ。改めてドヴォルザークの作品表を見て驚いた。ハルモニウムの代わりにピアノでも良いということになっている。

作品を聴いた限りでは、絶対にピアノでは味わいが落ちる。ドヴォルザークはハルモニウムを所有する知人の家で、ハルモニウム現物に触れて作曲している。楽器の特性を生かした曲になっているのだ。アタックと減衰が伴いがちなピアノでは、ニュアンスが変わってしまう。

白黒の鍵盤を指で押すという演奏方法が共通するから、ピアノ演奏の素養があればハルモニウムも弾けてしまうとは思うが、感心しない。ピアノ五重奏からヴィオラを抜いた編成になってしまう。

おそらくこれは営業サイドの判断だろう。当時の欧州でハルモニウムがそこそこ普及していたことは確からしいが、楽譜の売上ということを考えると、「ピアノ代用で可能」と公式に謳っておいたほうが市場が広がるということだ。

ここで言う営業サイドとはつまりジムロックである。

2010年6月22日 (火)

記事1897本

本日のこの記事でブログ「ブラームスの辞書」は開設以来の記事の本数が1897本に達した。もちろんこの数字はブラームスの没年1897年を強く意識したものだ。今日を逃すと永遠に記事に出来ない。筋金入りのピンポイントネタと言える。

ところが浮かれている場合ではない。このところ記事のネタをさっぱり思いつかない。6月7日に1本思いついたきりパッタリと止まった。そもそも6月はもっとも仕事が忙しいという巡り合わせでここ数年ネタの出が悪かった。さらに今年はワールドカップまである。

一時は1285本を数えた備蓄が1260本にまで落ち込む勢いだ。

2010年6月21日 (月)

ヘ短調の接点

ドヴォルザークのピアノ三重奏曲と言えば「ドゥムキー」の通称で知られる4番ホ短調が名高い。評判通りの傑作なのだが、いかんせん私は天邪鬼だ。ひとつ前の3番へ短調の方が好きだと今は断言できる。

  • 第1楽章 ヘ短調
  • 第2楽章 嬰ハ短調 第1楽章の長3度下だ。
  • 第3楽章 変イ長調
  • 第4楽章 ヘ短調

こうしたオタクな調性配列が嬉しい。舞曲楽章が第1楽章の調になっていない。

第2楽章スケルツォの意表をついたリズムや、毎度毎度の可憐な緩徐楽章はもちろんなのだが、私のお気に入りの原因は何と言っても第1楽章にある。初めて聴いた時の直感はブラームスとの類似だった。

4分音符1個をアウフタクトに押しやった4分の4拍子、ヘ短調の主題がヴァイオリンとチェロのユニゾンで歌われて粛々と立ち上がる。この点ブラームスのピア五重奏曲op34と瓜二つだ。「Allegro ma non troppo」という指定まで一致する。

さらに、この曲ヘ短調でありながら、どうも嬰ハ短調に傾斜しがちである。第2楽章が嬰ハ短調になっている他にも、第1楽章と第4楽章の中に嬰ハ短調が現れる。この傾向はブラームスのピアノ五重奏曲にも観察される。全体がヘ短調の枠組みの中、第1楽章33小節目や第4楽章343小節目でシャープ4個の嬰ハ短調に転じる。調性の設計という点で、同じ方向性を感じてしまう。

「ドゥムキー」や「アメリカ四重奏」に劣らぬ傑作だと思う。

2010年6月20日 (日)

イ長調六重奏曲

弦楽六重奏曲は室内楽の分野にささやかな領域を形成している。もちろんすぐに思いつくのはブラームスだ。あとはシェーンベルク、チャイコフスキー、シュポーア、ドヴォルザークくらいか。2曲遺したのはブラームスだけだ。無名作曲家までは確認のしようがないが10曲には届くまいと思う。

室内楽の根幹は弦楽四重奏だ。この編成を基準にヴィオラとチェロを各1本ずつプラスしたもので、この点はどの作曲家でも踏襲されている。弦楽五重奏との大きな違いだ。

ドヴォルザークのはイ長調だ。1878年の作品である。チェコでの初演より先にベルリンで初演された。国外で初演された最初のケースである。そのベルリンにおける初演はヨアヒム四重奏団なのだからドヴォルザークの名声もかなりのものになっていたのだ。

ブラームスの2曲からの影響を指摘する声もある。これらの空しい影響ごっこをあざ笑うようなブラームスの感想が残っている。例によって音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第2巻の163ページ、ホイベルガーの証言だ。「大傑作だ」とある。「着想は見事だしはつらつとした雰囲気に美しい響き」と続く。まだこの曲の真価が世の中に認められていないとも述べている。楽友協会の大ホールでは響かないと嘆くありさまだ。

真価が認められていないというブラームスの嘆きは、現代においても通用する。音楽之友社刊行の作曲家別名曲ライブラリー「ドヴォルザーク」にこの六重奏曲は収録されていないのだ。

2010年6月19日 (土)

SIMロック解除

携帯電話の運用の仕組みのことらしいが、深入りは出来ない。そんなことより「SIMロック」を英文ではどう標記するのだろう。解除云々の言い回しがついて回るから「ロック」は「Rock」なのかとも思う。すると全体としては「SIMrock」になる。

英語圏の人間は「シムロック」と発音するのだろうが、ドイツ語の使い手に読ませれば「S」は濁る。つまり「ジムロック」だ。

昨年来ドヴォルザークを特集する中で、出版人フリッツ・ジムロックの話題をしばしば取り上げてきた。「ジムロック」はいかにも紛らわしい。嘆いてばかりいても仕方がないから、これを記事にしたという次第だ。

記事が1本稼げた上に、検索エンジンで釣られやすくなると期待している。

2010年6月18日 (金)

弦楽五重奏の分類

弦楽六重奏曲は弦楽四重奏の形態にヴィオラとチェロ各1本が加えられることで成立する。このことは不文律であるかのようだ。

これに対して弦楽五重奏曲は、作曲家によってばらつく。

<弦楽四重奏曲+ヴァイオリン> この編成は多分無い。パッヘルベルのカノンはどうなのだろう。

<弦楽四重奏+ヴィオラ>

  1. モーツアルト 有名なト短調など4~5曲ある。
  2. ベートーヴェン ハ長調が有名。
  3. メンデルスゾーン イ長調と変ロ長調。
  4. ブルックナー へぇという感じのヘ短調だ。
  5. ブラームス 作品88ヘ長調と作品111ト長調だ。
  6. ドヴォルザーク アメリカ時代の変ホ長調のほか、初期にイ短調がある。

<弦楽四重奏+チェロ>

  1. ボッケリーニ 相当たくさんの五重奏をこの編成で書いている。
  2. シューベルト ハ長調。いやはやなんとも傑作だ。ブラームスは楽友協会の大ホールは響かないといい、「そこではシューベルトの五重奏も台無しだと」嘆く。つまりこの曲だと思われる。
  3. ブラームス 幻のヘ短調だ。ピアノ五重奏曲へ短調はこの編成で書かれたが、ピアノ五重奏曲に改作されたという。

<弦楽四重奏+コントラバス>

ドヴォルザークのト長調だけかもしれぬ。

2010年6月17日 (木)

再びメゾピアノ

ドヴォルザークの歌曲「糸杉」の弦楽四重奏版スコアを格安で入手した話は既にした。CDを聴きながらスコアを眺めていて驚いた。「mp」がかなり目立つ。

ピアノ独奏曲における「mp」は1880年以降の作品にのみ現れた。本作は1887年だから、辻褄が合う。本作に出現する「mp」がオリジナルの歌曲「糸杉」に由来するものなのか、弦楽四重奏編曲の際に付与されたものなのか興味深い。私の仮説「mp1880年起源説」が正しければ、オリジナルの歌曲版「糸杉」には「mp」は存在しないハズだ。

弦楽四重奏版「糸杉」全12曲のうち1番、6番、8番が冒頭いきなりの「mp」だ。作品冒頭いきなりの「mp」はピアノ独奏曲では1889年詩的音画の第5曲「農民のバラード」だけに見られる。1888年の交響曲第8番の第2楽章も冒頭いきなりの「mp」だ。1895年チェロ協奏曲では第1楽章冒頭いきなり「mp」だ。

ブラームスにおける冒頭いきなりの「mp」はインテルメッツォイ短調op76-7が最初で1878年である。

2010年6月16日 (水)

ドヴォルザーク記事200本

昨日の記事「mpmf」でドヴォルザーク特集開始以来の関連記事が200本に到達した。

昨年9月に「ドヴォルザークイヤー」と銘打って「ドヴォルザーク特集」を始めてから、脳味噌にドヴォルザーク補正がかかり、やけにドヴォルザークネタを思いついた。2月14日のバレンタインデーには100本に到達した。昨年ドヴォルザークネタ200本の備蓄が出来た時、100本目をバレンターンデーにしようと密かに決意した。

そして200本への到達日に選んだ昨日は、亡き妻の誕生日だ。

2010年6月15日 (火)

mpmf

先般買い求めた「糸杉」弦楽四重奏版スコアで見つけた最大のサプライズだ。同曲集全12曲の2番目はさめざめとした感じが大のお気に入りなのだが、その冒頭に鎮座するれっきとしたダイナミクス用語だ。

「fp」は「強くただちに弱く」と解されて違和感がない。ブラームスの作品にもヤマほど出てくる。「mpmf」を同じノリで解釈すれば「やや弱くただちにやや強く」となる。微妙な用語をこね回すことにかけては人後に落ちないブラームスではあるが、「mpmf」は一度も使っていない。

そもそもブラームスは動体視力に配慮してか、ダイナミクス用語は3桁を上限にしている。つまり「fff」は存在するが「ffff」は存在しない。「fpp」や「fmp」も現れるが、必ず3桁に収まる。

この作品さめざめとした第一ヴァイオリンのソロが魅力だが、それに先立つ2小節前からヴィオラと第二ヴァイオリンが決然と3連符で刻む。ヘ短調を断固確保するための確信深い刻みだ。問題の「mpmf」はその刻みの冒頭に置かれている。CDを聴く限りではこの場所が「mpmf」になっているとはとても想像が出来なかった。

演奏者に考えることを強制する凄みがある。これほどの難題はブラームスにも滅多に現れない。

2010年6月14日 (月)

380円のスコア

行きつけの楽譜ショップで驚くべきお買い物をした。

先般話題にした「糸杉」の弦楽四重奏編曲全12曲が収載されたポケットスコアだ。何と1冊380円だ。チェコ・スプラフォン社刊行の原典版という触れ込みだ。愛らしい弦楽四重奏の小品集にはまっているから即買いだ。380ドルだったらお手上げだし、3800円でも躊躇するだろう。しかしたったの380円だ。聴くと見るとでは大違いというサプライズを期待してCDを聴く。25歳で作曲した歌曲を、47歳になって弦楽四重奏に編曲した代物。円熟期の編曲だけあって手際の良さが光る。

パンドラの箱を開けてしまった感じがする。

今までずっとドヴォルザークネタを公開してきたが、パート系の楽語については敢えて言及を封印してきた。所有している楽譜が少な過ぎて、パート系の用語については確たることが言えないと判断していた。

今回買った「糸杉」のスコアには、ブラームスの用語遣いとの比較において、興味深い出来事に満ちている。封印してきたパート系ネタに思わず言及したくなる。

一方オリジナルの歌曲「糸杉」はCDも楽譜も持っていない。これが手に入ると弦楽四重奏版との比較の中からまた記事が書けるに決まっている。弦楽四重奏への転写にあたってドヴォルザークがどうしたのか興味深い。

たった380円で、どんだけ楽しめるのだろう。底が無い感じだ。

2010年6月13日 (日)

ソナタという枠組み

ドヴォルザークの出世を考える時オーストリア国家奨学金制度の存在は大きい。最初の応募の際に提出したのは3番と4番の交響曲および若干の室内楽だった。それらがいわゆる古典派の理想とするソナタの枠組みと個性的な旋律がバランス良く両立していることを絶賛された。

管弦楽を含む三重奏以上の器楽アンサンブルの作曲にあたり、ドヴォルザークはソナタ形式を採用し続けた。だからドヴォルザークはソナタ形式の達者な使い手だ。ところが伝記や作品を眺めていると疑問も湧く。

  1. 弦楽四重奏の形態を採用した非ソナタ作品の創作。先日話題にした「糸杉」だ。
  2. ピアノのおよび二重奏ソナタの不在
  3. ソナタ楽章の無い多楽章器楽曲の頻発。弦セレ、管セレ、ピアノ三重奏曲「ドゥムキー」など。
  4. 晩年における交響詩への傾斜。
  5. 舞曲作品が多い。

「反ソナタ」とまでは言えないが、創作の本拠地はソナタではなく舞曲にあったような印象だ。ドヴォルザークが若い頃、彼の故国チェコはいわゆるドイツ語圏でもあった。そこで作曲家としての名声を得るのは、演奏面でのヴィルトゥオーゾでもない限り交響曲か標題音楽あるいはオペラで傑作を書く必要があった。ブラームスに見出されたドヴォルザークは当面「交響曲」を選び、ブラームス風な絶対音楽路線をひた走る。

本音の部分でドヴォルザークが愛したのは舞曲なのだと思う。上記のような諸現象を見ているとそう感じる。超一流の作曲家である以上ソナタ形式の取り扱いで破綻を見せることは無いが、本業ではない感じだ。

2010年6月12日 (土)

4年ごと

「4年ごと」といって真っ先に思い出すのはうるう年だ。オリンピックも忘れ難い。とは言え私にとっては断然サッカーのワールドカップだ。2年がかりの予選を勝ち抜いた32カ国が集まって世界一を決める。私は中学生だった1974年西ドイツ大会から見始めた。今回の南アフリカ大会で10回目になる。最近歳のせいかどうもワールドカップやオリンピックがすぐにやってきてしまう。

ブログ「ブラームスの辞書」の立ち上げは2005年5月30日だったから、今回のワールドカップは2回目だ。前回のワールドカップから記事が途切れずに続いたことは喜ばしいが、浮かれている場合ではない。ブログ「ブラームスの辞書」の掲げる目標2033年5月7日までの継続を考えるとワールドカップをあと5回やり過ごさねばならない。目標への到達は、2034年のワールドカップの地区予選の最中になるはずだ。

とりあえずワールドカップ南アフリカ大会開幕。

2010年6月11日 (金)

弦楽四重奏のためのインテルメッツォ

歌曲「糸杉」の弦楽四重奏編曲にはまっている。全12曲の中でどれか一つを選ばねばならぬという意地悪をされたらどうしようか考えている。

25歳で書かれた歌曲集に素材を求めてはいるのだが、編曲は46歳の時だ。1887年といえば11番が書かれてから6年が過ぎている。名高いアメリカ四重奏曲の前に位置する。早い話が全盛期の作品だ。

ホッとする美しさ。主題相互間の関係は認めにくいし、全体を貫くモチーフも無い。ソナタ形式に敢然と背を向けた姿勢がドヴォルザークらしい。

悩んだ挙げ句に5番を推す。「本に挟んだ古い手紙」変イ長調4分の4拍子だ。主役はヴィオラだ。両方のヴァイオリンが絡み合う伴奏がソプラノに置かれ、ヴィオラはD線かA線で、ゆったりと歌う。同じヴィオラ主役でもC線が主体の9番よりは、かわいらしい感じ。ヴィオララブの現れ方がブラームスとはひと味違う感じだ。

耳を疑うような旋律の美しさが売り。まさに思いつくかどうかだけが勝負なのだが、伴奏に回ったヴァイオリンとの絡みは計算ずくだと思う。「弦楽四重奏のためのインテルメッツォ」だと感じる。フラット4個の調なのだが、後半ではいくつかの音にナチュラルが付く微妙な転調が心に沁みる。

今日ばかりは無理してブラームスにこじつけてはぶち壊しだ。

2010年6月10日 (木)

糸杉

全部で18曲からなるドヴォルザーク最古の歌曲集。1865年7月に作曲された。女優ヨゼフィーナへの失恋と関連づけて語られることが多い。

1887年になってドヴォルザークは、この18曲のうち12曲を弦楽四重奏に編曲している。ピアノ伴奏部分を弦楽四重奏にしたのではなく、歌のパートもろとも弦楽四重奏に移した。緩急自在の曲想が繰り広げられる。弦楽四重奏の第1楽章以外どこにおかれても不思議ではない完成度だ。

そもそもドヴォルザークが過ごした19世紀後半は、ピアノ小品が流行した。ベートーヴェンのピアノ作品の中心はピアノソナタだったが、ロマン派の時代にはいると風向きが変わる。管弦楽の世界では脱交響曲の傾向も見えるからこれらを脱ソナタ形式と見ることが出来る。ベートーヴェンの創作の3本柱のうち交響曲とピアノソナタの両分野で、「脱ソナタ形式」の風潮が見られたということだ。3本柱の残る一角は弦楽四重奏だ。弦楽四重奏の形態を採用した小品は何故か生まれていない。管弦楽とピアノで起きたことが弦楽四重奏で起きていないのだ。

実はドヴォルザークはその例外だ。糸杉に限らず、弦楽四重奏の形態を採用した小品を数多く生み出した。自作の編曲も多いが出来映えを見るとよくなじんでいる。ピアニスト出身の作曲家が多い中、ドヴォルザークはヴィオラまたはヴァイオリンだ。ヴィルトゥオーゾではないアンサンブル奏者としての経歴が、弦楽四重奏の小品群に走らせたと見る。

おそらく家庭でのアンサンブルを考えると、正規の弦楽四重奏はいささか重いのだ。たとえばベートーヴェンの後期やプロシア王セットを気軽にと言う訳には行くまい。肩の力を抜いて楽しめる弦楽四重奏には、バカにならないニーズがあったに決まっている。さてはジムロックの入れ知恵かと思ったが、濡れ衣で出版は1921年だった。

2010年6月 9日 (水)

マリチコスチ

チェコ語で「バガテル」のことだ。ドヴォルザークにはマリチコスチがある。「2つのヴァイオリン、ヴィオラ、チェロとハルモニウムのためのマリチコスチ」op47である。6月6日の記事「さすがチェコ」で、CDを発見したとはしゃいだ。「聴いていると自然に身体が動き出すような」としか言えない健全なフォークダンス感が尊い。

ブラームスのご加護か、ドヴォルザークのお導きか、この程楽譜を入手出来た。パート譜だが、文句は言えない。ハルモニウムのパート譜には全部の楽器の動きが載っているから、事実上の総譜状態になっている。お店の人によれば総譜は出ていないそうだ。2280円を喜々として支払った。

単に聴いていた時は、楽しい舞曲としての側面が際立っていたが、楽譜を見ながら聴くと仕掛け満載で驚く。第1楽章冒頭の主題が、あちこちに埋め込まれている。特筆せねばならないのは第4楽章のカノンだ。

ドヴォルザークお得意の「舞曲羅列型」作品の中にあって、「カノン」というタイトリング自体、そもそも浮いている。第1楽章がト短調の室内楽としては、ホ長調という調性の選択も面白い。続く第5楽章がト長調でありながらイ短調で始まるスラブ風だから、そのイ短調の準備としてのホ長調かとも思う。

アンダンテ・コン・モート、8分の3拍子で第一ヴァイオリンによって開始される主題をチェロが1小節遅れて追いかけるという注文通りのカノンだ。8分音符3個分の差で進んで行くが、第2主題になると、8分音符1個分の差になってしまう。譜例無しでは説明が難儀だ。3つの弦楽器とハルモニウムの2つの手によって形成される5つの声部が、めまぐるしく役割を変える巧妙なカノンになっている。先後2声部がいつの間にか3声部に増える。中間部では、3声部が8分音符1個の差で主題を歌う。

見事だ。聴いた感じは遅めの舞曲にしか聞こえないが、ブラームスのお株を奪うような超複雑なカノンになっている。この手の聞こえと譜面づらの落差は、えらくブラームス風だ。

2010年6月 8日 (火)

第4クォーター

アメリカ4大プロスポーツのうち2つ、NFLのフットボールと、NBAのバスケットボールに共通するのが試合方式だ。前半後半がそれぞれまた2等分されている。全部で4つのパートに分かれているということだ。その一つ一つをクォーターという。一つのクォーターの時間はフットボールでは15分、バスケットボールだと12分になる。第4クォーターとは、その4つめの部分だ。試合も残り4分の1ということになる。

ブログ「ブラームスの辞書」では、昨年9月8日から年間企画「ドヴォルザーク」を展開中だ。そして3ヶ月毎に節目になる記事を公開してきた。

  1. 2009年09月8日「ドヴォルザーク
  2. 2009年12月8日「堰き止めの効果
  3. 2010年03月8日「ハーフタイム
  4. 2010年06月8日「第4クォーター」本日のこの記事

本日2010年6月8日から、ドヴォルザーク特集は第4クォーターに入る。公開される記事の本数はまちまちだが、時間の経過にしてちょうど3ヶ月毎に目印をつけたということだ。

何にもまして、私自身のモチベーションのため。

2010年6月 7日 (月)

Andante religioso

「ゆっくりと敬虔に」と書けばマルがもらえる。「ブラームスの辞書」には載っていない。つまりブラームスは一度も使っていないということだ。そもそも「religioso」が一切現れない。

昨日次女のヴァイオリンの発表会だった。次女が挑んだ「タイスの瞑想曲」の冒頭に本日話題の「Andante religioso」が鎮座している。ここから作品の解説に走る愚は犯すまい。

この度の発表会を以て、4歳から続いたヴァイオリンのレッスンを止める。次女自身が決めて、自分の言葉で先生に伝えていた。だから今回は集大成。やがて来月には部活も引退し受験に備える。先般オケの演奏会に出かけた第一志望に挑むためだ。そこでオーケストラに入り、ヴァイオリンをやるという決意を先生に伝えた。ヴァイオリンを選ぶことについて私は何のアドヴァイスもしなかった。先生も私もトロンボーンを選ぶのかと思っていたから本当に驚いた。

ここ2ヶ月彼女の練習を横で聴いているのは楽しかった。表現の幅が見る見るうちに広がってゆく感じ。課題の設定&トライのルーチンを中学生なりに盛り込んだ練習にほぼ毎日取り組んだ。練習の後に感想を言うのは5日に1度くらい。一度片づけたヴァイオリンをまた取り出して親子で議論したこともある。彼女の演奏にああだこうだ言う資格はもはやない。音楽をネタに娘と会話が出来る喜びだけが目的だった。私の道楽で始めさせたヴァイオリンを心から受け入れてくれたと判る。

そして昨日の本番。10年の歩みと決意をこめたタイスだった。また戻って来るためのタイス。恥ずかしながら今までの発表会は、楽譜通りに間違いなく弾けるかどうかがゴールの判定基準だった。今回は6度目にして初めて、そこをスタートラインにすることが出来た。今までに何度も聴いた名曲だが、これほど心が動いたことは無かった。天にも昇るような5分間に敬礼。

そしてそして敬虔な偶然がふたつ。

昨日は私の伯母の通夜だった。急死だったから驚いた。大忙しの一日になったが予定通り弾かせてやれた。もし告別式と重なっていたらキャンセルだったかもしれない。

それからもう一つ。10年を越えるレッスンの間、ピアノと合同の公式発表会でブラームスを弾いた者は、講師生徒を合わせても一人もいなかった。そんなモノかと諦めていた。ところが次女ラスト発表会の昨日、トリの一人前の女性がブラームスを2曲弾いた。作品118から1番と2番だ。何というタイミング、何という選曲。

次女と歩んだ10年がブラームスから祝福を受けたと考えねば辻褄が合わない。伯母には冥福を、高校オケへのチャレンジにはブラームスとドヴォルザークのご加護を、ただただ祈るばかりの「Andante religioso」だ。

2010年6月 6日 (日)

さすがチェコ

CDショップを徘徊する際、立ち寄る場所がこのところ増えた。ドヴォルザークの売り場だ。今回の発見もその成果である。

「Dvorak Miniatures」というタイトルのCDだ。PANOCHAカルテットのメンバーによるドヴォルザークの小品だ。弦楽四重奏またはそれに準じた編成による室内楽が集められている。最近ではワルツや歌曲集「糸杉」の弦楽四重奏編曲には、驚かないだけの準備が出来ているが、さらに上を行く発見があった。

6月2日の記事「ハルモニウム」で話題にした「2つのヴァイオリン、チェロとハルモニウムのためのマリチコスチ」op47が収録されていた。全部聴いても30分かからない小品だ。

いやはや可憐である。弦楽四重奏は古典派保守本流だが、その外にあって、かくも可憐な室内楽を連発して見せるとは、さすがにドヴォルザークだ。ハルモニウムの音色は弦楽器によく溶ける。弦楽四重奏からヴィオラを抜いてハルモニウムを入れた編成だが、全く違和感がない。困るのはあまりに溶け込みすぎてハルモニウムの入りが聴き取りにくいことだ。ピアノでは絶対に考えられない。ピアノ入りの室内楽で、ピアノの入りが聴き取れないなどということはあり得ない。気が付いたらハルモニウムが和音を入れていたという状況がちょくちょく起きる。ハルモニウムが鳴りやむ瞬間にそれに気付くという面白い効果がある。

一方ハルモニウムが旋律にありつく頻度は、通常の室内楽でヴィオラが旋律にありつく頻度より低い感じだ。発音後に音の減衰が無いという特徴を生かして、内声に和音を敷き詰めるという役割がピタリとはまる。ヴィオラよりもその点では優秀だ。

  • 第1楽章 Allegretto scherzando
  • 第2楽章 Tempo di menuetto,grazioso
  • 第3楽章  Allegretto scherzando
  • 第4楽章 Canon, Andante con moto
  • 第5楽章  Poco Allegro

一番はじめに気付くことはソナタ形式の楽章が無いと言うことだ。事実上全て舞曲だと感じる。第1楽章冒頭の哀愁溢れる旋律は、フォークダンスになりそうで非常に印象深い。第3楽章は似た旋律で立ち上がる他、第5楽章の中間部にもさらにその変形が出現する。第4楽章は「カノン」とタイトリングされている。第1ヴァイオリンとチェロがカノンを形成し、ハルモニウムがそれにからみつく。しかし、声部のからみが複雑で、楽譜を見ないと詳しいことは判らない。何と言ってもお気に入りは第5楽章だ。キビキビと動き回るチェロが特筆物である。

2100円という価格も手ごろなお宝CDは、メイド・イン・チェコだ。さすがにドヴォルザークの故郷だけのことはある。プラハあたりのCDショップに行くと、この手のお宝がとぐろをまいているのだと思う。羨ましい。

2010年6月 5日 (土)

テ・デウム

カトリック系の賛美歌の一つで「Te deum」と綴られる。本質的には感謝の歌だが、時代が下るとともに華やかな伴奏を伴って祝典的な場面でも演奏されるようになる。ブルックナーやドヴォルザークの作品が有名だ。

ブラームスは「テ・デウム」に縁が無いと思いきや、意外な接点があった。1872年11月10日楽友協会の芸術監督就任後初めての演奏会で、ヘンデルの「ゲッティンゲン・テ・デウム」を取り上げた。英国の対仏戦勝利を祝して作曲された作品だ。ドイツ帝国成立のキッカケとなった普仏戦争勝利後初めてのシーズンの幕開けを飾るという意図があったかもしれない。

一方1872年6月5日、つまり今から138年前の今日初演された「勝利の歌」op55は普仏戦争の勝利を祝した作品だ。ドイツ帝国皇帝ウイルヘルム1世に献呈されている。なんとこの作品は、友人への手紙の中で「テ・デウム」を称されているのだ。対仏戦勝利というキッカケといい、テ・デウムというタイトルといいヘンデルの「ゲッティンゲン・テ・デウム」が念頭にあったことは確実だ。

2010年6月 4日 (金)

わずかな修正

ドヴォルザークが弦楽四重奏第9番ニ短調をブラームスに捧げたことは昨日話題にした。

ブラームスに送付したスコアは、現在流布するものと違っているらしい。楽譜を受け取ったブラームスからドヴォルザークに宛てたメッセージが残っている。作品を捧げて貰ったことへの感謝を前面に押し出したものだが、慎重に言葉を選びながら一部不備も指摘している。

「いくつかの音符にシャープやフラットやナチュラルが脱落しているようです」という言い回しだ。もちろん「気を悪くしないように」と付け加えることも忘れていない。

約1年後、今度はドヴォルザークから感謝の手紙が発信されている。

「貴重なご指摘により、作品が引き締まった」旨感謝しているのだ。現在はこの引き締め後の楽譜が流布しているハズだ。

楽譜の該当箇所を示さないブラームスのやり方で、真意が通じてしまうのだから、プロ同士とは言え大した物だ。ブラームスの指摘が単なる揚げ足取りではなく、音楽的な洞察に深く立脚した愛情の賜であることを、ドヴォルザークは知り尽くしていたと感じる。出所がやや怪しい話だが勢いで公開する。

2010年6月 3日 (木)

弦楽四重奏曲第9番

ブラームスの弦楽四重奏曲は3つが知られるのみだ。だからこの話はブラームスではない。

ドヴォルザークの話だ。ドヴォルザークの弦楽四重奏と言えば、CDショップでは第12番ヘ長調「アメリカ」が群を抜いて有名だが、他にもたくさん書いている。そのうちの第9番ニ短調は、1877年に作曲されブラームスに献呈されている。ブラームスがドヴォルザークを認めた話は知られているが、この献呈の話題はブラームス側の伝記ではあまり見かけない。

1874年にドヴォルザークは「オーストリア国家奨学金」に応募して入賞した。その後数年は入賞の常連となる。ブラームスはこの奨学金制度の審査員に名を連ねていた関係で、ドヴォルザークの存在を知ったのだ。

奨学金制度の応募者が、審査員の一人に対して贈り物なんかしてもいいのだろうかと心配になる。

そのせいでブラームスが心を動かされたとも思えぬが、翌1878年には「モラヴィア二重唱」の出版をジムロック社に勧める手紙を書いている。

2010年6月 2日 (水)

ハルモニウム

ほぼ、リードオルガンと思っていい。厳密には異論もあろうが「ほぼ」足踏み式リードオルガンのイメージである。19世紀後半の欧州では、かなり普及していた。ピアノに比べて、軽い、安い、調律不要などのメリットが受けていたと思われる。パイプオルガンの代用としての用途もあったらしい。

舐めてはいけない。ドヴォルザークはハルモニウムを含む室内楽作品を残している。マリチコスチop47がそれだ。ヴァイオリン2、チェロとハルモニウムである。

さらに調べていたらお宝情報にめぐり合えた。

ブラームスのヴァイオリンソナタ第1番と2番の両方の第1楽章が、ハルモニウムとピアノの二重奏に編曲されていた。もちろんブラームス本人ではなくて、アウグスト・ラインハルトという人の編曲だ。

どこかでCDを出していないものか。

2010年6月 1日 (火)

ソナタ日照り

昨日の記事「室内楽メーカー」でドヴォルザークが19世紀後半を代表する室内楽メーカーであったという位置づけを確認した。生み出された作品の質と量から見て妥当だと感じる。

ところが一つだけ素朴な疑問がある。楽器の編成が3つ以上の場合、確かにその通りなのだが、2つの場合事情が変わる。いわゆる二重奏ソナタの品揃えが極端に薄いのだ。

現在まで伝えられているのはヘ長調のヴァイオリンソナタただ1曲だ。しかも演奏会やCDで取り上げられることは少ない。

さらにピアノソナタも1曲もない。つまり「~ソナタ」と通称される作品が極端に少ないのだ。

ブラームスは、ピアノソナタ3曲、ヴァイオリンソナタ3曲、チェロソナタ2曲、クラリネットソナタ2曲の計10曲が現在に伝えられている。ブラームスと並び称される室内楽メーカーにしては、やや偏った品揃えになっているということだ。

ピアノ三重奏曲、四重奏曲あるいは五重奏曲は素晴らしいから、ピアノ嫌いという訳ではないと思うが、編成の薄いピアノ入りは苦手だった可能性もある。

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