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2010年6月13日 (日)

ソナタという枠組み

ドヴォルザークの出世を考える時オーストリア国家奨学金制度の存在は大きい。最初の応募の際に提出したのは3番と4番の交響曲および若干の室内楽だった。それらがいわゆる古典派の理想とするソナタの枠組みと個性的な旋律がバランス良く両立していることを絶賛された。

管弦楽を含む三重奏以上の器楽アンサンブルの作曲にあたり、ドヴォルザークはソナタ形式を採用し続けた。だからドヴォルザークはソナタ形式の達者な使い手だ。ところが伝記や作品を眺めていると疑問も湧く。

  1. 弦楽四重奏の形態を採用した非ソナタ作品の創作。先日話題にした「糸杉」だ。
  2. ピアノのおよび二重奏ソナタの不在
  3. ソナタ楽章の無い多楽章器楽曲の頻発。弦セレ、管セレ、ピアノ三重奏曲「ドゥムキー」など。
  4. 晩年における交響詩への傾斜。
  5. 舞曲作品が多い。

「反ソナタ」とまでは言えないが、創作の本拠地はソナタではなく舞曲にあったような印象だ。ドヴォルザークが若い頃、彼の故国チェコはいわゆるドイツ語圏でもあった。そこで作曲家としての名声を得るのは、演奏面でのヴィルトゥオーゾでもない限り交響曲か標題音楽あるいはオペラで傑作を書く必要があった。ブラームスに見出されたドヴォルザークは当面「交響曲」を選び、ブラームス風な絶対音楽路線をひた走る。

本音の部分でドヴォルザークが愛したのは舞曲なのだと思う。上記のような諸現象を見ているとそう感じる。超一流の作曲家である以上ソナタ形式の取り扱いで破綻を見せることは無いが、本業ではない感じだ。

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