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2010年7月31日 (土)

プライド

大抵「誇り」と訳される。持っていたいと思うが、高過ぎると邪魔になることもある。バランスが大切だ。ブラームスも持っていたと思う。しかも相当高かったと感じている。

ブラームスが生涯オペラを書かなかったことは有名だ。無様な作品を残して後世笑われることを断固拒否した。つまりこれがプライドの表れだと感じる。オペラに関心があったことは複数の友人が証言している。それどころか彼は名うての「劇場通い」だった。ウィーンで演じられるオペラやオペレッタはほとんど観ていたと解して良いほどだ。

オペラを書きたいと思っていたことは確実だ。それなのにとうとう一曲も書かなかった第一の原因は、気に入った脚本が見つからなかったことだという。

そしてもう一つプライドだ。

書いたとしても1曲か2曲になったに違いないオペラが、ヨハネス・ブラームスが唯一失敗したジャンルになることを恐れたのだと思う。書く以上傑作でなければならぬのだ。当時楽壇を二分した論争の、片方の当事者が相手方の主たる活動領域であるオペラを発表するとなれば、否が応でも注目される。それが乾坤一擲の大傑作が当たり前で、万が一失敗でもすれば「ほらやっぱり」の大合唱になる。オペラと交響曲の両分野で傑作を残すという偉業は魅力的だけれども、相応のリスクを伴うのだ。

交響曲や協奏曲、室内楽あるいは歌曲の業界でブラームスが獲得している名声に恥じないオペラを書くのは相当大変だと思う。

問題は脚本だ。作曲の不出来ならば100%自分の責任だが、気に入った脚本が見つかるかどうかは運試しという側面が強まる。楽壇の大御所となった後、オペラの脚本をブラームスに提供しようと試みた者は多いが、それら全てが最終的に却下された。気に入った脚本を自作するところまでエスカレートしないのはブラームスらしい。文学への素養は高いが自作のテキストに曲をつけたことは一度もない。これも音楽家であるという強烈なプライドの裏返しに見える。

良い脚本に恵まれなかったというだけならドヴォルザークと同じだ。それでも11のオペラを書いたドヴォルザークと、オペラ無しのブラームスを分かつものは、文学的素養とプライド、そしておそらく少々の臆病だと思う。

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コメント

確かに。

<田中文人様

巨匠の臆病は、それはそれで様になるものだと感じます。

最後の一言が印象に残りました。

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