リピートのフェイク
ドヴォルザークの交響曲第8番の話をする。第1楽章は調号としてシャープ1個が与えられている。世間様ではト長調と呼び習わしている。ところが、冒頭いきなりチェロがト短調でコラールを放つ。ディスイズドヴォルザークな瞬間だ。聴き手の耳に強く残る。
やがて126小節目。「Un poco meno mosso」でチェロの冒頭主題が再現される。聴き手は、芳醇なト短調にさらされて冒頭に戻った気分になる。つまり125小節目の末尾にリピート記号があると思い込むのだ。ソナタ形式の提示部特有のリピート記号だ。
注意深く進むといい。143小節目までは楽章冒頭と同じ枠組みが維持される。144小節目で聡明な聴き手は気付く。冒頭ではヴァイオリンによるピアニシモのロングトーンだったト長調のドミソが、ここでは刻みに変わっているばかりか、ひそかにヴィオラが加わっている。すぐさま滑り出すフルートのソロは、頑固に冒頭そのままだ。149小節目のオーボエの合いの手に至って初めて、冒頭の枠組みからの逸脱が決定的になる。リピート記号によって主題提示部が繰り返されているかのような気にさせながら、じつは密かに展開部をひた走っているという訳だ。
提示部の末尾にリピート記号が存在しないだけなら7番も一緒だ。しかし7番では、展開部突入が、提示部に似せられてはいない。
こうしたリピートのフェイクは、ブラームスに先例がある。交響曲では第4番だ。室内楽ではピアノ四重奏曲第1番にのみ存在する。さらに、ブラームスはリピート記号のフェイクにより、展開部の冒頭で第一主題を偽装提示した場合、本当の再現部においてはキッチリとした再現を回避する。第4交響曲もピアノ四重奏曲第1番もそうだ。驚いたことにドボ8はこの点まで見習っている。特に交響曲第4番は、時期的にもドヴォルザークの8番にわずかに先行する。ドヴォルザークが見習った可能性をひそかに考えている。
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