ブラームス神社

  • 道中安全祈願

おみくじ

  • テンプレート改訂しました

独逸日記

  • ドイツ鉄道博物館のおみやげ
    2012年3月28日から4月4日まで、次女の高校オケのドイツ公演を長男と追いかけた珍道中の記録。厳選写真で振り返る。

ビアライゼ

  • Schlenkerla
    自分で買い求めて賞味したビールの写真。ドイツとオーストリアの製品だけを厳選して掲載する。

カテゴリー

« ロスタイム | トップページ | リナルド »

2010年8月 8日 (日)

悲劇的序曲

「Tragische Ouverture」の訳語だ。作品81を背負って1880年12月26日に初演された。場所は楽友協会大ホール。演奏はハンス・リヒター指揮のウィーンフィルだ。1880年夏にイシュルで完成したものが、その年のシーズンにさっそく初演される。しかもこの場所このメンツである。当時の音楽界におけるブラームスの磐石な位置付けが透けて見える。出版はもちろんジムロックだ。

ここから作品の解説や感想、あるいはおすすめCDネタに走らないのが、ブログ「ブラームスの辞書」の特色である。

1870年10月19日ドヴォルザークは29歳で初めてのオペラ「アルフレッド」を完成させた。ブラームスと出会う前だし、スラブ舞曲によって世に出る前だ。だから完成はさせたが、すぐに演奏はされなかった。初演はドヴォルザーク没後の1938年を待たねばならない。この作品の序曲は1912年にジムロック社から出版された。「劇的序曲」(Dramatika Ouvertura)である。ところがこのタイトルはジムロック社による操作である可能性が高い。原題は「Tragicka Ouvertura」つまり「悲劇的序曲」だったのだ。

ドヴォルザークのオペラが先に有名になり、この序曲もろとも出版されていたらと考える。序曲のタイトルは素直に「悲劇的序曲」とされただろう。そこから10年後、大学祝典序曲と一対をなす序曲をブラームスが完成させていたとしても、「悲劇的序曲」というタイトルは選ばれなかったと思う。1912年ドヴォルザークの序曲を出版する段になって困ったのはジムロック社だ。オリジナル通りのタイトルにすればブラームスの作品81と紛らわしくなる。だからドヴォルザークのほうを「劇的序曲」として出版したのだ。

1874年オーストリア国家奨学金の審査員としてドヴォルザークの存在を知ったブラームスが、ジムロックに紹介して世に出したことは有名だ。ブラームスのことだから毎年応募してくるドヴォルザーク作品を熟読していたに決まっている。けれども1870年にひっそりと完成していたドヴォルザーク最初のオペラなど、ブラームスはもちろんジムロックも見落としていたということだ。

« ロスタイム | トップページ | リナルド »

コメント

<田中文人様

肝心な部分は私の推測ですので、鵜呑み厳禁でお願いします。

へえ〜〜〜! 勉強になりました!

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 悲劇的序曲:

« ロスタイム | トップページ | リナルド »

フォト

ブラームスの辞書写真集

  • Img_0012
    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
2020年9月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      
無料ブログはココログ