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2010年9月 8日 (水)

あんまりな誕生日

1877年9月8日だから、ドヴォルザーク36歳の誕生日のことだ。生涯最悪の誕生日になった。この日長男オタカルが急死した。天然痘とも言われている。ジェンナーの種痘法が19世紀初頭以降、欧州で急速にひろまったとされてはいるが疑問だ。長女ヨゼファを1875年に亡くし、次女ルジェナは前月8月にこの世を去った。1878年6月に三女オティーリエが生まれるまでドヴォルザーク家から子供がいなくなった。自分の誕生日が長男の命日になるなんぞあってはならない。ドヴォルザークは大変な目に遭っているのだ。

1877年から1878年といえば「モラヴィア二重唱」や「スラブ舞曲」によってブレークした時期だ。名声が世界中に広まる影で、家庭では大変な出来事が相次いだということだ。

このエピソードのことはずっと心に引っかかっていた。かといってドヴォルザーク特集の開幕の記事にする訳にも行かず、ずっと困っていた。となると必然的にフィナーレの日の記事にならざるを得ない。昨日7日に総集編を発信して最終日はどうするのだろうとご心配いただいたかもしれないが、ずっと前からラストはこのネタに決めていた。

この1年ずっとドヴォルザークに言及しながら、数えるほどしか登場しなかったアンナ夫人に捧げることにした。早世した3人を含めて9人の子供を産み、内側からドヴォルザークを支えた夫人だが、結婚以降あまり伝記の記事になっていないからせめて最後に思い切り話題にする次第である。3人の子供に先立たれるという衝撃を夫とともに乗り超えた苦労を思い遣って、1年間のドヴォルザークイヤーを締めくくりたい。

ありがとうアンナ夫人。

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コメント

<魔女見習い様

ありがとうございます。
このエピソードの扱いは、カレンダリング上の懸案でした。総集編を1日繰り上げて、ラストに持ってくるには、少し勇気が要りました。お言葉噛み締めたいと思います。

泣けてきます・・・。
それなのに心の真ん中がほっこりしているのは、
きっとアルトのパパさんのお陰。
1年間たっぷり楽しませていただき、ありがとうございます。
お疲れ様でした!

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