2つのカビネット
昨日10月6日の記事「シュタインベルク」で没する2ヶ月前のブラームスが、ビルロート邸に招かれたエピソードに言及した。ビルロートは既に没していたから、ビルロート未亡人がブラームスをもてなしたのだ。
不審に思うことがある。そのエピソードよればブラームスは「シュタインベルク産のカビネット」がことのほかお気に入りだったとされている。ドイツ政府が定めたワインの格付け「QmP」におけるカビネットは、6等級中の最低ランクだ。少なくとも超高級ワインとは言い難い位置づけだ。欧州最高の外科医ビルロート未亡人は、亡き亭主の大親友で欧州楽壇の重鎮であるブラームスをカビネットでもてなしたのだろうか?出世をしても質素だったブラームスという解釈よいのだろうか?
ずっと不審に思っていた。
これには実に興味深いカラクリがあった。「QmP」の制定は1971年だった。それ以前「アウスレーゼ」「シュペトレーゼ」「ベーレンアウスレーゼ」等の称号は、地域や生産者で独自に付与されていた。基準も曖昧だったらしい。さらに当時「アウスレーゼ」や「シュペトレーゼ」に「カビネット」という言葉を併用する習慣もあった。「とっておき」くらいの意味だ。「アウスレーゼ」より「カビネットアウスレーゼ」のほうが高級とされたらしい。現在の格付けとしてのカビネットは「Kabinett」と綴られるが、当時のカビネットは「Cabinet」と綴る。
音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第2巻202ページにはカタカナで「カビネット」と書かれているが、これは「QmP」制定以前のカビネットつまり「Cabinet」であるべきだ。オリジナルは「Cabinet」だったに決まっている。訳出にあたっては「カビネット」のカタカナが当てられるのも自然だ。しかしこれが「QmP」等級の最下級の「Kabinett」と紛らわしい。
ビルロート未亡人は「QmP」最下級のワインでもてなしたのではない。「最高級産地シュタインベルクのとっておきワイン」でもてなしたのだ。
謎が解けた。
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<魔女見習い様
えっへん。
投稿: アルトのパパ | 2010年10月 8日 (金) 05時13分
パチパチパチ☆見事な謎解きです!
すごいなぁ、アルトのパパさん。
面白いなぁ、ブラームスの辞書。
投稿: 魔女見習い | 2010年10月 7日 (木) 23時09分