Ausdrucksvoll異聞
「Ausdrucksvoll」はドイツ語だ。「表情豊かに」と解されて音楽用語にもなっている。イタリア語「espressivo」に相当する語彙だと思われる。ベートーヴェンの後期以降、ドイツ語圏の作曲家たちが楽譜上にドイツ語を置くようになる。本日話題の「Ausdrucksvoll」もそうした流れの中で音楽用語として定着していった。ブラームスにも以下の通りの用例がある。
- Sehr langsam und ausdrucksvoll 「五月の夜」op43-2
- Langsam und ausdrucksvoll 「2つのモテット」op74-2
- Anmitig und ausdrucksvoll 「インテルメッツォ」op76-3
- Sanft bewegt und sehr ausdrucksvoll 「6つの歌とロマンス」op93a-4「さよなら」
- Einfach und ausdrucksvoll 「嘆き」op105-3
- Anmitig bewegt und ausdrucksvoll 「湖上で」op106-2
- Sehr lebhaft und ausdrucksvoll 「気位の高い女に」op107-1
さて、この文脈でワインに繋がるから驚きだ。ワインのテイスティング用語という一連の語彙群がある。ワインの味わいを言葉に変換する長きにわたる試みの中から合意が形成されてきた言葉たちだ。瓶に詰められた後も尚熟成を続けるワインの個々の熟成段階における味の特徴が言葉に置換されている。これらを順に示すことで瓶詰め後の熟成の深まりがトレース出来る仕組みだ。
- Mostig 「ジュースっぽい」 原料ブドウ果汁を「Most」ということから来る。
- Garig 「発酵臭のする」
- Unfertig 「未完成の」
- Unentwickert 「飲むにはまだ十分でない」
- Verschlossen 「まだ内に閉じこもった」
- Jung 「若い」 そろそろか。
- Frisch 「フレッシュな」
- Entwickert 「ぼちぼち飲み頃の」
- Ausgebaut 「十分に飲み頃に達した」
- Ausdrucksvoll 「最上の状態に近づいた」
- Auf der Hohe 「最頂点の」
- Reif 「完熟した」
- Abgelagert 「完熟しきった」
- Gealtert 「少し歳を取った」
- Alt 「歳をとった」
- Edelfirn 「優雅に枯れた」
- Firn 「枯れ味の」
- Stumpf 「冴えない」
- Schal 「気の抜けた」
- Mude 「疲れた」
- Matt 「疲れ果てた」
- Tot 「死んだ」
人々の嗜好は様々だから、フレッシュな味を好む人もいれば完熟を好む人もいる。概ね上記6番から17番くらいがポジティブなニュアンスを持つ。そして10番目に本日話題の「Ausdrucksvoll」がある。それも頂点の一つ手前の飲み頃の位置だ。ほぼピーク時を指すと考えてよい。
シュタインベルクのカビネットの愛好家だったブラームスがこの手のワイン用語を知っていたとして何等不思議ではない。そうした知見が「Ausdrucksvoll」の楽譜への配置に影響を与えた可能性も考えている。単に「espressivo」の対応概念と捉えるのはもったいない。
「ausdrucksvoll」の解釈に詰まったら、ひとまず高級ドイツワインで一息ついてみる価値はありそうだ。
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