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2011年2月 9日 (水)

声楽得意の出版社

1月29日の記事「初版刊行ランキング」の中、首位のジムロックに続く2位にリーターヴィーダーマン社がある。何かと話題のブライトコップフ社を押さえての2位だというのになかなか話題に上らない。

彼等の本拠はスイスだ。ヴィンタートゥールという街である。ブラームス作品の初版刊行を最初に引き受けたのはおそらく1861年の「アヴェマリア」op12だ。最後の作品は「8つの歌曲」op59である。

1859年1月27日、ライプチヒにおけるピアノ協奏曲第1番のさんざんな評判は、各出版社にブラームス作品の取り扱いを尻込みさせる結果となった。シューマンから直接紹介されたライプチヒのブライトコップフでさえ、「管弦楽のためのセレナーデ」op11を機に、しばしの空白になる。フリッツの父の代だったジムロックも同様だ。

そうしたドイツ系出版社の尻込みに乗じて台頭したのがリーターヴィーダーマン社だった。手がけた作品を見ると、ピアノ協奏曲第1番が最初に目につく。一連の尻込みの元になった曰く付きの作品だ。敢えて火中の栗を拾うように、ドイツ系各社を押しのけて初版刊行に踏み切ったようにも見える。その後順調に初版の刊行を引き受けるが、どうも出版の分野が声楽作品に偏っている。「シューマンの主題による変奏曲」op23と名高い「ワルツ」op39が例外だ。

そうした声楽得意路線は、やがてブラームスの出世作「ドイツレクイエム」op45初版の刊行を任されることで頂点に達する。1868年のことだ。リーターヴィーダーマン社の得意な様子が目に浮かぶ。

ジムロックはおそらくその年かその前年に、社長が交代した。ブラームスの親友フリッツが父親から経営権を引き継ぐ。ジムロックの逆襲をリーターヴィーダーマン社が予期していたか興味は尽きない。

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コメント

<田中文人様

勉強などとおっしゃらずに、お気軽にお楽しみください。

いつもながら勉強になります。

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