poco p
音楽用語「poco p」は「ブラームスの辞書」に記載されていない。ということは、つまりブラームスが作品の楽譜上に一度も「poco p」を使用していないということを意味する。収録がされていないこと自体に大きな意味を持っている言葉である。
ダイナミクス用語「p」はブラームスの作品の楽譜上7500箇所以上にばら撒かれている。ブラームスの用いたあらゆる音楽用語の中でも最多の頻度を誇る。ブラームス節の根幹を規定するダイナミクスでさえある。一方の「poco」は、これまたブラームス節の根幹たる「微調整語」「抑制語」の筆頭格で、約750箇所に出現する。両者はダイナミクス用語、微調整語それぞれの筆頭でありながら、この2つの語の併用例「poco p」が一度も無いことは何やら象徴的である。
「poco」が「p」を修飾するケースが一度も無いことと対照的に「f」を修飾した「poco f」は約310箇所存在する。しばしば「pf」と略記されながらも、いつでもブラームス節を熱く縁取る濃い出番ばかりである。
それなのに「poco p」は一度も使用されていない。「pp」と略記するとピアニシモと紛らわしいからという苦し紛れの解釈も試みているが釈然としない。実は約2500箇所存在する「pp」の中に「poco p」の省略形が混入していないか本気で心配している。
実は「poco p」の不存在は「f」側の「molto f」の不存在と対になっている気がしてならない。下記で示した通り「p」には煽り系の「molto」が似合う一方、「f」には抑制系の「poco」が似合うという図式が想定される。
- p側 「poco p」:× 「molto p」:○
- f側 「poco f」:○ 「molto f」:×
つまり「p」を「もっと」と煽り、「f」を「程ほどに」と抑えるのがブラームスの癖と思われる。実際には「molto f」にはたった一つだけ用例があるが、マクロ的には無視しうる。
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