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2011年5月24日 (火)

感謝のしるし

人は感謝のしるしとして何かと物を贈る。言葉で礼を述べるだけにとどまらず、別に贈り物をして感謝の気持ちを伝えるのだ。

ブラームスは作曲家だから、感謝のしるしとしてお世話になった人に曲を贈る。献呈という形をとったり、自筆署名入り初版印刷譜だったり形態は様々だ。作品一覧表中の献呈された人々の欄はそうした感謝のしるしが時系列的にお行儀良くならぶことになる。一見オヤというような人物に献呈されていても、よく調べると納得の理由が必ず潜んでいる。

ハンブルクでのポストに嫌われ続けたブラームスに、ハンブルク市は名誉市民の称号を贈ることで謝罪と和解の意思表示をする。わだかまりが完全に払拭された訳ではないが、ブラームスはこれを喜んで受諾する。そして時のハンブルク市長ペーターセンに「8声の合唱のための記念と祝典の格言」op109を献呈する。1889年9月9日にハンブルクで初演にこぎつける。何かの語呂か「9」が重なる。受賞の決定は5月23日だったが、授賞式は9月。この演奏会はそれに先立つ祝賀行事の一環だと思われる。

名誉市民への選定はこの市長が最終的に決裁したことは事実だが、実はもう一人功労者がいる。

ハンス・フォン・ビューローだ。彼はブラームスの友人でピアニストとしても指揮者としても成功した音楽家で、演奏会の前に聴衆にむかって演説することでも有名だった。こうと思ったら突き進む人なのだ。持ち前の行動力でハンブルク市を説得し、ブラームスへの名誉市民授与に対する障害を根気よく取り除いたという。

ブラームスは後に第3交響曲の手書き総譜をビューローに献じて、感謝の気持ちを表した。

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