お盆のファンタジー7
地震と女子サッカーの話が一段落するとブラームスはジムロックに話を振りながら「昨年連れてこようと思ったが、ドヴォルザークと一緒では、喧嘩になるからな」とジョークの先制攻撃。
そこに入ってきた娘たちは「誰この人」という反応だ。渋過ぎる来客だ。難しいので説明は諦めた。やがてジムロックがバッグから一枚の紙を取り出した。一番末尾を指さしながら、ペンを差し出してくる。私にサインをしろということらしい。ブラームスはニヤニヤしている。文面はきれいにタイピングされたドイツ語だが、全く読めない。困っていると横からブラームスが「こいつはいつもこんなだ。地震よりビジネスばかりだよ」と口を出す。「うっかりサインなんぞしちゃいかん。これは契約書だ」
おおってなもんだ。よく見ると中程に「Brahms no jisho」と書いてある。ジムロックは私の著書「ブラームスの辞書」のドイツ語版の版権を買いたいと低い声で切り出した。ライプチヒのドイツ国立図書館で見かけたと言っている。「ホントはオレが教えたんだ」とまたまた口を出すブラームス。「こいつと駆け引きしても無駄だよ。さっさとサインしちまいな」などとさっきと逆のことをけしかける。
買い取り価格の提示を見て驚いた。10000マルクだ。目を丸くしているとまたもやブラームスが「あんたもこの辞書を書くのに一年かけたんだろ、だから奴の気が変わらぬうちにさっさとサインをするに限るさ」とウインクするお茶目なブラームスだ。
成り行きを見ていたジムロックは「ドヴォルザークさんには黙っていて下さい」とも言っている。そりゃあそうだ。交響曲第8番に1000マルクを提示して紛糾したことは有名だ。「ドイツ語への翻訳は、天国で森鴎外先生にお引き受け頂きます」と仰天の提示があった。さすがジムロックだ。手回しがいい。
ここで長女がビールの用意が出来たといって入ってきた。商談はそこで止まってしまった。
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