ゲーテの暗号
113という大き目の作品番号を背負っていながら、その成立は大きく遡って1859年~63年頃とされている。「女声合唱のための13のカノン」である。成立時期と女声合唱という形態から見て、ハンブルク女声合唱団を念頭に作曲されたと考えられる。どの作品も短いながらも本当に愛らしい。
その中の第1番に「Gottlicher Morpheus」という作品がある。調号無しながら実質ホ短調かもしれない。そのテキストを以下に記す。
Gottlichr Morpheus,umsonst 神々しいモルフォイスよ、貴方はいたずらに
bewegst du die liebchen Mohne, 愛らしい芥子の花を感動させようとしているけれど、
Bleibt das Auge doch wach, アーモルが私の目を閉じてくれなければ、
wenn mir es Amor nicht schliesst. その目は覚めたままなんですよ。
作者は御大ヨハン・ウォルフガング・フォン・ゲーテだが、日本語訳を読んでもどこか抽象的でピンと来ない。
さて芥子の開花後の未熟果から採取される液に強力な鎮痛成分が存在する。アヘンだ。この有効成分が19世紀初頭にドイツで初めて分離に成功し、「モルフィウム」(Morphium)と命名された。ギリシャ神話の夢の神モルフォイス(Morpheus)に因む。「モルヒネ」の始まりである。優秀な鎮痛剤だが、依存性という厄介な副作用もある。眠くなるという副作用も知られている。
臨床現場での実用は19世紀中盤以降だ。普仏戦争の負傷者に使用されたが、一方でモルヒネ中毒患者も生み出したらしい。シューマン夫妻の次男フェルディナンドもこの戦争に従軍し、ケガの治療の過程でモルヒネを投与されたとされている。
そこで、もう一度先のテキストを見直す。アーモルは愛の神だ。抽象的過ぎてわかりにくいと書いたが、「夢の神モルフィス」と「芥子」が目立つ。後半2段は眠りを暗示していると感じる。つまり難解に見えるこのテキストは、鎮痛剤モルヒネの由来と薬効をトレースしていはしないか。
大文豪ゲーテは、自然科学にも造詣が深いという事実がやけに重い。
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