Fix oder Nix
音楽の友社刊行の作曲家◎人と作品シリーズの「ブラームス」に興味深い記述を見つけた。63ページだ。
ブラームスがハンブルグ女声合唱団を指導していた時代のエピソードである。団員の心得を記した規約をブラームスが起草したとある。起草にあたってのモットーが本日のお題「Fix oder Nix」だったとされている。「全てか無か」という訳語が添えられている。独話辞典を引くと「Nix」「Nichts」と同じ意味とある。「無」という解釈で混乱はない。一方の「Fix」を「全て」と記述した辞書は見当たらなかった。それ以前に名詞として収録されていない。「確固たる」とかいう意味の形容詞として載っていた。「oder」は英語で言うところの「or」だ。おそらくブラームスは「ix」という語尾の押韻を意識していたと思う。歌曲のテキストについての繊細な感覚を見る限り間違いのないところだ。「Fix」が少々無理目なのはそのせいかもしれぬ。
「さっさと決めてやっちまおうぜ」というノリを想定したい。
「Fix」の訳語が「全て」でいいのかどうかは棚上げするとして、若きブラームスがこのようなモットーを掲げていたこと自体が大変興味深い。どの程度マジだったのかは伺うことは出来ないが、心にもないことではあるまい。規約本文には「出席の義務」や「時間厳守」が謳われていたらしい。欠席者が多かったことや、時間が守れない人がいたことの裏返しであり、驚くには当たらないが、こうした雑務に関わっていたブラームスを思うと微笑ましい。
「全てか無か」というモットーは、満足できない作品を廃棄しまくったブラームスの行動と矛盾しない。私としては「Frei aber Froh」というモットーよりは数段納得性が高い。頭文字を並べて「FON」にした場合、音名に存在するのが「F」だけなので楽想に発展しにくいのが唯一の難点かもしれない。
後に子守歌を贈られるベルタ・ファーバーはこの女声合唱団のメンバーであった。
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